第13話 DEATH TRUCK(※妖魔獣視点)
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妖魔獣である大型トラック、その名も『デストラック』には、意識体というものがある。
性別があるわけではないが、あえて言うなら男性であり、そこそこのおっさんであるとも自覚している。
そんなデストラックが車を襲う理由は、自身が存続していくための手段にほかならない。
体当たり攻撃を繰り返して獲物(くるま)を破壊し、その鉄クズを養分とするのである。
荷台の中から取り込まれた養分は、己の車体を修復し、動力となる燃料をも生成することができた。
ゆえに狙うのであれば、大量の鉄クズを得られる大型車が必然的となる。
だからこそ、あのピンク色をした大型バスに狙いをつけた。
すでにバスはボロボロだ。
足回りが壊れたのか低速走行をはじめたが、後ろに回ったのでもう逃がさない。
デストラックはアクセルペダルを意識で操作し、己の車体を一気に加速させた。
眼前に迫りくるバスに対し、加速で上乗せされた攻撃を叩き込む瞬間――。
コロン。
と、バスのリアの窓枠より、なにかが運転席に投げ込まれた。
いったん減速してその異物を確かめる。
アクセルペダルのあたりに転がる異物、それは――。
頭蓋骨である。
これにはデストラックも驚いた。
生首が飛んでくることはあっても、頭蓋骨などはじめての経験だ。
あのバスには白骨死体でも積んであったのか。
そう憶測するも、さらなる驚愕が待ち受けていた。
「止まれーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
頭蓋骨が言葉を発し、フットペダルをオデコで押し込みはじめた。
人あらぬデストラックですら、その意識体に戦慄が駆け抜けた。
小便のごとくエンジンオイルをチビらせた。
頭蓋骨だ。
頭蓋骨が叫び声を上げ、頭蓋骨だけでフットペダルを操作している。
「止まれーーーーーーーーッ!! 止まってくれーーーーーーーーッ!!」
しかもおかしなことに、止まれと叫びつつアクセルペダルを押し込んでいる。
声色からするに十六、七の少年。
その若さにして早くもアクセルとブレーキを間違えている。
それはさておき、これはひじょうにまずい。
トラックはどんどん加速し、スピードが80キロを超えてしまった。
このままでは前方を走るバスに激突し、最悪、バスは横転大炎上だ。
向こうに何名乗車しているのか知らないが、多数の死傷者が出ることが予想された。
おそらく損害賠償は億単位。
こちらは任意保険も未加入なので、そんな交通事故の加害者だけはまっぴらだ。
避けられるか――。
デストラックは横転しない角度でハンドルを右に切った。
すると車体同士がこすれるも、ギリギリでバスをかわすことに成功した。
ふう、と肝を冷やすデストラックだが、よくよく考えれば避ける必要はなかった。
自分はあのバスの破壊を目的とする妖魔獣なのだ。
頭蓋骨のせいであまりにも動転してしまい、損害賠償のことまで考えてしまった。
「止まれーーーーーーーーッ!! 早く止まってくれーーーーーーーーッ!!」
なおもアクセルペダルを押し込む頭蓋骨。
もしこの頭蓋骨に免許が取得可能だとしても、絶対に取得させてはならない。
アクセルとブレーキを間違えて、暴走列車の勢いで町を破壊する。
もうパニック映画のレベルだ。
そんなデストラックの心配をよそに、車体のスピードはさらに加速し、メーター表示の限界速度、140キロにまで達してしまった。
デストラックは大慌てでブレーキペダルを操作、法定速度の80キロにスピードを落としたところ――。
ここでよもやの異変が訪れた。
フェード現象である。
簡単に説明するとこうだ。
ブレーキディスクとブレーキパッドが接し続け、許容範囲を超える熱が発生した。
それにより摩擦係数が著しく低下し、ブレーキの作用が失われてしまったのである。
下り坂などでブレーキを使い続けると、このような現象を引き起こす。
ブレーキが利かないことにより、速度はまたしても140キロに到達。
それどころか、このトラックにはリミッターそのものがない。
実際には、メーター表示を上回るスピードが出ていてもおかしくはなかった。
「俺はみんなを守るんだーーーーッ!! みんなを人間に戻してやるんだーーーーッ!! ピーちゃんになんかに負けないぞーーーーッ!! だから止まってくれーーーーッ!!」
などと意味不明なことを叫び、ベタ踏みでアクセルを押し込む頭蓋骨。
そこはブレーキじゃなくてアクセルだ!
おまえはアホか!
そう口にしたいところだが、デストラックは声を出すことができない。
この頭蓋骨にツッコミを入れることができないのだ。
しかしこれは困ったことになった。
性能限界を超えた速度領域のため、ハンドルが小刻みに揺れ動いている。
つまり、ハンドル操作に直結する前輪のタイヤがブレているということだ。
そんな状態で走り続けると交通事故は避けられない。
だからといって、ギアを落とすことはできなかった。
ニュートラルチェンジに入れることもできなかった。
もちろん、パーキングブレーキをかけることも無理だ。
アクセルをベタ踏みされているので、エンジンがオーバーヒートを引き起こす。
エンジンが壊れるということは、心臓が止まるのと同じことであり、死んでこの世から消え去ってしまうのだ。
エンジンを切ることも、デストラックの死を意味した。
そうこうしているうちに、緩やかな左カーブに差しかかる。
デストラックはガクブルしながらハンドルを少し左に切った。
自身では経験のない超高速域でのハンドル操作、それだけに、エンジン(心臓)がバックンバックン言っている。
しかし――。
無情にも車体は左側へと傾いていく。
ハンドルのブレが操作ミスに繋がり、右側の車輪が浮き上がったのだ。
その傾斜角は45度を大幅に超え、車体を立て直すことは不可能となっていた。
「な、なんだ!? なんか車が斜めになってるぞ!」
頭蓋骨も異変に気づき、アクセルペダルからオデコを離した。
だがもう遅い。
トラックはすでに死の片輪走行をはじめてしまっているのだ。
次の瞬間――。
激しい衝撃音とともに車体が横転。
火花をまき散らしながら路面を滑り、速度が衰えたところで中央分離帯に激突した。
「ウッヒョーーーーーーーーーーッ!」
頭蓋骨はその衝撃で、運転席の窓枠からピンポン玉のようにすっ飛んでいく。
奴の知能指数は限りなく低いが、生命力だけは地球最強を誇るのではないか。
デストラックはある意味で感服の念を抱き、そしてはじめての敗北を悟った。
横転した車体はもう元には戻せないし、エンジンも燃料漏れを起こしている。
やがてこのトラックは炎上するだろう。
そうなる前にできることは、自らエンジンを切ることである。
自ら心臓を停止することである。
頭蓋骨さんよ、完敗だ――。
じゃあな、あばよ――。
デストラックのそんな思いを最後に、エンジン音がはかなく静かに鳴り止んだ。
タービンからも命の灯が消え去った。
そして、デストラックの体を成すその車体は、空気に溶け込みながら無へ帰した。
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