第12話 ギャグから怒濤のシリアスパート! またもや妖魔獣の出現!

 パトカーに誘導される心配はなくなった。

 これからは覆面の必要はなさそうなので、太一はそれを取り払う旨をみなに伝えた。

 律子先生以外の者は頭蓋骨をさらけ出し、最終決戦に向け互いを鼓舞し合う。

 そんなとき――。


 ドスン!! 


 とバスの右側面より強い衝撃を受け、車体が大きく反対方向へ傾いた。


「きゃあ!」

「うああ!」

「いやあ!」


 バスはなんらかの衝撃を受け、右の座席に位置する生徒らが通路の方へ投げ出された。

 その衝撃は一度だけではない。

 クレーンの鉄球を叩きつけられたような激震が、何度も何度も繰り返されていく。


「なにが起きた! そこの気持ち悪い骸骨、ちょっとどけ!」


 太一は漢字だらけの頭蓋骨(佳織)を押しのけ、右座席から外を見た。

 細かくヒビの入った窓ガラスの向こうにあるものは――。

 なんとトラックである。

 それも十トンクラスはあるであろう、箱型の大型トラックだ。

 それがバスの右側面から、何度も体当たりを繰り返していた。


「兄貴! やべーよ! それ妖魔獣だぜ!」

「妖魔獣だと!? どう見てもトラックにしか見えないぞ!?」


 座席の背もたれにしがみつき、警告をうながす里奈。

 繰り返される衝撃によろけながらも、トラックを見やる太一。

 もう右側の窓ガラスはすべて砕け散り、車内には猛然と風が押し込んでくる。

 だが視界だけはクリアになったので、トラックの車体を確認することはできた。

 荷台に塗装はされておらず、錆び付いた鉄板が剥き出しになっている。

 ただ、荷台側面に浮かぶ赤錆が、血糊のような横文字を形作っていた。


『DEATH TRUCK』


 直訳すると死のトラック。

 やけに物騒な文字列である。

 そして、その文字列が後ろに流れていくようにして、トラックの運転席が視界に映り込んできた。


「え……?」


 太一は思わず小声を漏らした。

 なぜなら、運転席、助手席ともに人が乗っておらず、無人のトラックとなっている。

 それがこのバスに体当たりを繰り返していたのだ。


「だから言ったろ兄貴! あのトラックは妖魔獣なんだよ! 結界が張られたのがその証拠だ!」


 里奈の言うとおり、バス車内の色彩がややグレーがかっていた。

 フェリーのときと同様に、これは結界の中にいることを意味する。

 妖魔獣――つまりあのトラックに結界を張られたのだ。

 そして太一は里奈に教えてもらったことを思い出す。

 妖魔獣はいろいろなタイプに分かれており、その姿形は千差万別だ。

 人型タイプ、獣型タイプ、植物型タイプ、ときには車やバイクなど、なにかに生成された無機物型タイプも存在すると言っていた。

 その無機物型タイプの妖魔獣が、トラックとしてここに現れたのだ。


「おい里奈! 警察にはこれ見えてんのかよ!」

「警察どころか結界の外にいたら、誰にも見えねーよ! 妖魔獣もこのバスもな!」


 これでは警察に助けを求めることは不可能だ。

 しかもバスに爆弾が仕掛けられた状況の中、最悪の展開が訪れた。

 むろん、太一は血管ぶち切れそうな勢いで金魚鉢にがぶり寄る。


「おいピーちゃん! ふざけるのもたいがいにしろ! 俺たちはハリウッドのアクション映画撮ってるわけじゃねーんだぞ!」

「妖魔獣の出現はボクには関係がないよ」


 いつの間にかシートベルトで固定された金魚鉢。

 その中からピーちゃんはシレっと余裕をぶっこいた。


「木の化け物と爆弾とトラックの奇跡の三連発だぞ! 関係ないわけあるか! しかも爆弾とトラックは現在進行形だ!」

「本当にボクはなにもしてないよ。不運としか言いようがないね」

「なにが不運だ! 確率的にはロトシックスの一等、三連続で当たるぐらいの超絶不運だろ!」

「それは不運と言わないよ。幸運と言うんだよ」

「うっせー! このおちょぼハゲ! いいから早く俺たちに魔法少女の力を与えろ!」

「やだよ」


 ピーちゃんはおちょぼ口でプイっとそっぽを向いた。


「なんでだよ!」

「ボクにメリットがないからさ」

「妖魔獣を倒したらエナジーが手に入るだろ! おまえそれうまそうに食べてたろ!」

「ボクはエナジーを補給したばかりだからね。今はまだ補給する必要がないんだ」

「食えるときに食っとけ! 佳織なんてゲロ食おうとしてたんだぞ! なあ佳織!?」


 太一は座席で身を屈める佳織に振り向いた。

 すると彼女は耳なし芳一状態の頭蓋骨をガバっと上げ、


「あれはゲロなんかじゃないんだから! ちょっとグチャグチャになったトンカツ定食なんだから! あたしはゲロなんて絶対に食べないんだから! 太一のバカ!」


 と、がなり立て、しまいにはワンワンと泣き出してしまった。

 ブティック佐倉を営む彼女の両親は、この哀れな姿を見てなにを思うのか。

 それよりもピーちゃんだ。

 魔法少女の力がなければ妖魔獣とは戦えない。

 太一は態度をコロっと軟化、金魚鉢を優しくさすり、ピーちゃんからの回答を待つ。


「悪いけど力は貸さないよ」

「ピーちゃんのバカ! ピーちゃんなんて大っきらい!」


 彼氏にフラれた彼女のように吐き捨て、太一もおいおいと泣き崩れた。

 ここまで意地悪されるともう泣かずにはいられない。

 そんなとき――。


 ドシン!!


 バス後方部より激しい衝撃を受け、リアガラスのすべてが砕け散った。

 リアガラスを覆っていたカーテンはハタハタと車外になびき、そこから不気味な運転席が見え隠れしている。

 トラックが後ろから体当たりを仕掛けてきたのだ。


「兄貴! 泣いてる場合じゃねーよ! このままじゃバスが破壊されちまう!」


 里奈の言うとおりだ。

 今はピーちゃんのイジメに屈し泣いている場合ではなかった。

 バスのタイヤ回りが破壊されると、30キロ以上のスピードを維持できない。

 このままでは爆弾が爆発してしまい、みんなで仲良く地縛霊と化す。

 ともなれば、トラックに追いつかれないスピードで走るほかはない。

 それを可能とするのはただ一人。

 律子先生である。


「先生! いま何キロで走ってる!」

「100ちょっとだ!」

「もっとスピード出せないのかよ!」

「バカを言うな青島! 車内にこれだけ風が入り込んでいるのだぞ! これ以上加速するとバスが横転しかねない!」


 右側の窓ガラス、およびリアガラスの全壊。

 車内はまるで嵐のように風圧が入り乱れている。

 なにかにつかまっていなければ、立っていることすらむずかしい。

 ほとんどの生徒は座席の下にうずくまり、風圧から身を避けていた。

 この状況での加速は不可能だと、運転の経験がない太一でも理解にいたった。


「くッ! ハンドルがとられる!」


 律子先生のステアリング操作も危ういものとなってきた。

 バスの車体が追い越し車線の方へどんどん流されていく。

 右側の窓ガラスがすべて損壊したため、車体が風に吸い寄せられているのだ。

 それに伴い、走行車線にスペースが生じた。

 そこを狙い澄ましたかのようにトラックが加速、バスの左手からガシガシと体当たりを繰り返す。

 フロント以外の窓ガラスはもう全壊だ。

 窓枠もひしゃげ、崖から転がり落ちたような状態となっている。

 だがかろうじて、足回りはまだ生きていた。

 そこが破壊される前に、なんとか手を打つ必要がある。

 しかし、魔法少女の力が使えない以上、太一には打開策が思い浮かばなかった。

 そんなとき――。


「わッ!」


 トラックの体当たりの反動で、里奈が通路に投げ出されてしまった。

 そして妹は前傾姿勢のまま、座席の肘かけに頭蓋骨を打ちつけた。

 その衝撃でカポっと頭蓋骨が外れ、後部座席の方へコロコロと転がっていく。


「――はッ!」


 それを見て太一に奇策がひらめいた。

 しかし、それを実行に移すためには、バスのスピードが速すぎる。

 それにトラックが真後ろにいるのがベストだ。


「先生! もっとスピードを落としてくれ!」

「スピードを落としてどうするというのだ! トラックに狙い撃ちされてしまうぞ!」

「それをいま説明してる暇はねー! とりあえずスピードを落としてくれ!」

「どれぐらいまで落とせばいいのだ!」

「30キロを下回らないようにだ!」

「青島! なにか作戦があるというのだな! ならわかった!」


 律子先生は減速し、高速道路でノロノロ運転をはじめた。

 しかしここは結界の中であり、ほかの車両に追突される心配はない。

 いわばトラックとバスとのバトルフィールドだ。


「やったぞ青島! 前を走るトラックとの距離がはなれていくぞ!」

「先生! 相手は妖魔獣だ! このまま俺たちを見逃すわけねーだろ! ほら、あそこ見てみろよ!」


 およそ百メートル前方でトラックは停車した。

 バスが追いつくのを待ち構えているのだ。

 だからといって、こちらは止まることができない。

 それどころか、あと数キロ速度を落とせば爆弾が起爆する。

 ひとまずこのスピードを維持し、向こうの出方を待つ。


 五十メートル。

 三十メートル。

 十メートル。


 トラックとの車間距離がどんどん縮まっていく。

 敵はブオンブオンとエンジンを空吹かし、走行車線で停車したままだ。

 バスはその横をチンタラ通り過ぎ、トラックとのポジションが入れ替わった。

 その抜きざまに太一は見た。

 トラックの運転席の窓ガラスがすべて砕け散っている。

 あれだけ攻撃を繰り返しただけに、敵も無傷では済まないということだ。

 だからこそ、太一の奇策は実行可能なものとなる。

 そこへトラックが、待ってましたと言わんばかりに、キキキィィィ! とタイヤ音を響かせた。


「青島! トラックが追いかけてきたぞ! どうすればいいのだ!」

「先生はこのスピードのままで走ってくれ!」

「それでは追突されてしまうではないか!」

「それは覚悟の上だ!」


 そこで太一は運転席の隣から後部座席を見渡した。


「おい! バスケ部の奴どこにいる!」

「オラならここにいるだっぺ!」


 バスケ部の男子生徒がえらく訛った声で手をあげた。

 南三陸あたり出身のバスケ部男子。

 そんな彼の名前など今はどうでもいい。


「俺の頭蓋骨をあのトラックの運転席に放り投げてくれ!」

「おい太一! おめえさんなに考えてるだべさ! ただでさえスッカスカの脳ミソにボケた虫でも湧いたんでねえのか!」

「俺がトラックのブレーキを押すんだよ! 俺の頭蓋骨を使ってな!」


 里奈の頭蓋骨が転がったときにひらめいた。

 頭蓋骨だけの状態でも顎の骨を動かすことはできる。

 その顎の力を利用し、オデコでブレーキペダルを押し込んでやればいい。

 そうすればトラックは走行ができないので、バスは逃げ切ることができるのだ。


「バカ言うんでねえ! そったらことしたらおめえさんの頭蓋骨だけおいてけぼりになるだっぺ!」

「それはわかってる! でもこのままじゃ全滅だ! 俺がやるしかねーんだよ!」


 できることなら五体満足でトラックの運転席へ飛び込みたい。

 しかし一歩間違えば、トラックに轢かれて骨格は粉々となる。

 大型トラックのタイヤの破壊力はバツグンだ。

 異世界転生のテンプレになるぐらい、その死亡率は極めて高い。

 だからこそ頭蓋骨だけで敵陣に乗り込み、ブレーキペダルを押す必要があるのだ。


「兄貴、そんな無謀な作戦があるかよ! 仮にあたいらが助かったとしても、兄貴はどうなるかわからないんだぞ!」

「里奈ちゃんの言うとおりよ! 太一、あんたバカなことはやめなさいよね!」


 床に転がった頭蓋骨だけの里奈が必死に訴える。

 佳織は太一の鎖骨を何度も揺すり、この作戦をやめるよう大叫した。

 しかしもう覚悟はできている。

 太一の心は揺るがない。


「おまえら心配するな! 俺は必ずおまえらの元へ戻ってくる!」


 戻れる確証などはない。

 だがそうでも言わないと作戦を実行に移せない。

 妖魔獣の魔の手から逃れるためには、もうこの作戦しか残っていないのだ。

 太一は自身の頭蓋骨をカポッと外し、それをバスケ部男子に手渡した。

 そしてトラックが体当たりする直前に放り込むよう指示を出した。


「わかっただべさ太一! そこまで言うならオラに任せておくだ! その代わり絶対に戻ってくるだっぺよ!」


 バスケ部男子は後部座席の前に立ち、迫りくるトラックに向けてフォームをとった。

 スリーポイントのときの構え、ワンハンドセットシュートのスタイルだ。

 ただでさえ市内最弱を誇る桃色吐息学園男子バスケ部。

 しかもレギュラーメンバー五人に対し、補欠はわずか一人のみ。

 その補欠が彼だ。

 ぶっちゃけこいつに任せて本当に大丈夫なのか、と太一の懸念は拭えない。

 だがこのクラスにバスケ部は彼しかいない。

 そんな彼の腕を信じ、太一は仲間を助けることだけに集中力を高めた。

 そして――。

 素人丸出しのセットフォームから、太一の頭蓋骨がゴール目がけて放たれた。

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