第11話 ねらわれた学園(バス)

 およそ十分後。

 トイレの個室で白骨死体が発見され、サービスエリアじゅうが大騒ぎとなった。

 刑事の二人もそちらに向かったので、これでここから脱出することができる。

 哀悼の意に包まれる中、律子先生は高速道路にバスを走らせた。

 そして白骨死体の振りをしている男子生徒が誰なのか、その回答を得ることはやめようと、クラスの総意にいたった。

 誰が犠牲になったかを知ってしまうと、みなの悲しみがより大きくなるからだ。

 それでも、どういう事件として扱われているのかが気になるところ。

 太一は律子先生にお願いし、公共放送のラジオを流してもらうことにした。

 すると――。


『天気予報の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします』


 男性アナウンサーがニュース速報を伝えはじめた。

 友部サービスエリアで白骨死体が発見。

 がぜん、ニュース内容はそのようなものだと予想される。

 何人かの生徒は生唾を飲み、車内は異様な緊迫感に支配された。

 ちなみに唾が出るわけではないが、そう聞こえるだけである。


『先ほど、茨城県笠間市、友部サービスエリアの上りで――』


 太一の予想したとおり、やはり友部サービスエリアのニュースだった。

 骨格の各パーツには、名前と番号が書かれている。

 もしかしたら、彼の名前はここで判明してしまうのか。

 それとも猟奇的な事件とみなされ、詳しい情報は伏せられてしまうのか。

 車内の誰もが身を乗り出し、今か今かとニュースの続きに耳をかたむける。

 その刹那――。


『テロリストが逮捕されました』


 と、耳を疑うような事件内容が報じられた。

 ざわめく車内。

 それはある意味、ミステリアス。

 どうして白骨死体ではなくテロリストなのか。

 白骨死体の振りをしたあの男子生徒が、テロリストになったとでもいうのか。

 そんな疑問に包まれる中、ラジオからは詳細な情報が伝えられていく。


『かねてより潜伏中だったテロリスト、手呂須瑠男容疑者ですが、捜索にあたっていた捜査員の手により、先ほど逮捕されました。ですが容疑者は友部サービスエリアに停車していた大型バスに爆弾を仕掛けたと供述しており、警察はそのバスの行方を追っています。なお、起爆の条件は、バスのスピードが30キロを下回ったときです。爆弾を仕掛けた真偽性はまだ不確かですが、現在、常磐自動車の上りを走行中の大型バスは、法定速度を維持してください。スピードが30キロを下回ると、爆弾が起爆する恐れがあります、繰り返しお伝えします――』


 よりいっそうざわめく車内。

 白骨死体など凌駕する大事件の勃発。

 刑事がなにかを捜査していた理由がここに判明した。

 テロリストの行方を追っていたのだ。

 白骨死体が発見されたあとに、容疑者の逮捕にいたったらしい。

 しかし気になることは、フラグの成立が予感めいた、『大型バス』という言葉だ。


『いま新しい情報が入りました。容疑者の供述によりますと、爆弾が仕掛けられたバスの車体は、ピンク色をしているとのことです。繰り返しお伝えします――』


 フラグは成立した。

 桃色吐息学園が所有するこのバスの車体は、ピンク色となっている。

 そんなハートフルカラーに染まった大型バスなど、このバスしかありえない。

 みんなで食事をしている隙に爆弾が仕掛けられたのだ。

 もう我慢がならない。

 太一は金魚鉢に詰め寄り怒りをぶちまける。


「おいピーちゃん! おまえいいかげんにしろよな! なんで俺たちのバスに爆弾が仕掛けられなきゃなんねーんだよ! それもバスのスピードが30キロ以下になったら爆発するとか、おもしろおかしく余計な設定付け加えてんじゃねーよ!」

「ボクに八つ当たりされても困るよ」


 ピーちゃんは胸ビレを外に広げ、口をへの字に頭を大きくかたむけた。

 まるでアメリカ人がとるような大げさな仕草だ。

 それを見て太一の怒りのボルテージがMAXとなる。


「なにが八つ当たりだ! おまえテロリストの一味なんじゃねーのかよ!」

「そんなことがあるわけないだろ。ボクは爆弾事件に、いっさい関わりはないよ」

「嘘つけ! このクソ金魚! フェリーでの妖魔獣とか、このバスに爆弾とか、立て続けに大事件がそう起こるかよ! ぜってー、おまえの仕業だろ!」

「本当にボクはなにもしてないよ。このバスに爆弾が仕掛けられたのは事実だけどね。左右の前輪後輪、すべての車軸にC4爆弾がセットされてるよ」


 C4爆弾なら太一も知っている。

 映画によく登場するプラスチックタイプの爆弾だ。

 箱ティッシュほどの大きさであれば、乗用車が吹っ飛ぶほどの威力を持っている。

 そんなものがすべての車軸にセットされているらしい。

 もし起爆してしまうと、バスが大爆発大炎上は避けられない。

 むろん、乗車しているすべての者は、木っ端みじんの骨と化す。


「つーか、なんで黙って見てたんだ! 事前に犯行を阻止しろよ!」

「ボクには関係ないことだしね」

「関係大ありだ! おまえもバスに乗ってるんだぞ!」

「ボクはいつでも転移できるし問題はないよ。それより問題は君たちのほうだ。爆弾が爆発すれば、スケルトンとはいえ死んじゃうよ? もうあきらめてスケルトン星に転移したほうがいいんじゃないのかな」

「うっせーハゲ! それは最終手段だ! 最後の最後まで俺はあきらめねーからな!」


 金魚鉢に唾を吐き捨てる態度を見せ、太一はひとまず座席に着いた。

 そしてこの大ピンチをどう乗り切るかを考える。

 まず起爆の条件は、バスのスピードが30キロを下回ったときだ。

 その直前に全員が窓から飛び出せば、助かる道は残されている。

 その飛び出す場所とは――。

 もちろん、渋谷スクランブル交差点しか考えられない。

 ようは最終決戦場まで、爆弾が爆発せずたどり着けるかどうかが鍵となる。

 立ちはだかる最大の障壁は、赤信号でもなければ一般車両でもない。

 このバスを追いかけてくる警察だ。

 彼らは一般車両を規制し、バスの進行を妨げないよう協力に動くはず。

 その協力が障壁なのである。

 被害を最小限にとどめるため、間違いなくこのバスはどこかへ誘導される。

 自衛隊の敷地内、もしくは町からはなれた建物のない広場。

 そんなところへ誘導されたらこの戦いは終了となる。

 このバスは、渋谷スクランブル交差点へ行かなくてはならないのだ。

 そんなとき――。


「おい太一! パトカーが追いかけてくるぞ! それも何台ものパトカーだ!」


 後部座席から、緊張をはらんだ男子生徒の声が飛ぶ。

 早くもこのバスが見つかった。

 もう見つけてくれと言わんばかりのピンク色。

 すでに日も落ち薄暗いが、このピンクの塗装はビカビカに目立つにちがいない。

 後方からはサイレンが鳴り響き、上空からはプロペラ音が轟いている。

 最終決戦上に着く前に、日本全国注目の的。

 各社マスコミは、こぞって緊急特番を放送しているはずだ。

 ここでラジオからの続報が流れはじめた。


『新しい情報が入りました。爆弾が仕掛けられたバスは、北海道に所在する、桃色吐息学園のバスとのことです。そしてそのバスには、二年A組の生徒が乗車していると思われます。勉強合宿に出かけた彼らが、なぜ北海道をはなれ、茨城県の常磐自動車道にいるのかまではわかりません。繰り返しお伝えします――』


 とうとう身元まで発覚してしまった。

 警察はナンバープレートから足取りを追い、学園長から合宿のことも聞いたのだ。

 所在地を飛び越えたという新たな謎もここに加わった。

 爆弾事件はよりスペクタクルな様相を呈し、二段構えで脚光を浴びることになる。

 車内のあちこちでは、スマホの着信音が鳴りはじめた。

 もちろん、保護者からの電話であることが容易に予想される。

 だから太一はスマホの電源を切るよう指示を出した。

 ここからはノンストップで最終決戦に乗り込まなければならない。


「青島! どうするのだ! パトカーに横づけされてしまったぞ!」


 およそ80キロのスピードを保ち、ハンドルを握る律子先生。

 彼女は右と前方を交互に見やり、緊迫した様子で判断を仰ぐ。

 パトカーからは車載の拡声器で、そのままのスピードで走るよう指示が出ている。

 誘導するからついてくるようにとも言われた。

 このままでは目的地にたどり着くことはできない。

 ならば律子先生にひと役買ってもらうまでだ。


「先生! これをパトカーに投げつけてくれ!」


 太一は覆面の下に手を突っ込み、喉元からゲロ袋を取り出した。

 トンカツ定食の成れの果てが詰まったゲロ袋だ。

 本来、中身はトイレに流し、これはゴミ箱に捨ててくるはずだった。

 だが太一は慌ててバスに戻ったので、捨てるのを怠っていたのだ。

 そのゲロ袋が、今なら秘策を打つための武器となる。


「なんだと!? これをパトカーに投げつけるだと!?」


 律子先生はつまむようにしてゲロ袋を手に取った。


「そのとおりだ! それを投げつけて、パトカーにこう言ってくれ! 『異世界のゲートは渋谷スクランブル交差点にひらかれる! 我々はそのゲートから異世界に旅立つのだ!』ってな!」

「異世界のゲートだと!? 青島! それはどういうことだ!」

「俺たちは異世界のゲートを目指す設定にするんだよ! それなら警察の誘導を無視して、渋谷スクランブル交差点まで行くことができるんだ!」

「だからといって、なぜゲロ袋を投げつける必要があるのだ!」

「はたから見れば、俺たちはイカれた集団だ! そのほうが効果的なんだよ!」

「わ、わかった! なんとかやってみる!」


 律子先生は窓を開け、パトカーにゲロ袋を投げつけた。

 しかし――。

 次の言葉が彼女の口から出てこない。


「先生、どうしたんだよ!」

「す、すまん! ゲロ袋がパトカーに命中しなかった!」

「なにやってんだ! 命中しないと意味ねーじゃねーか!」

「青島! 異世界どうたらは、ただ叫んだだけではダメなのか!」

「ダメに決まってるだろ! それじゃ真の異世界狂信者になれねーじゃねーか!」


 いまや太一のロジックにゲロ袋は欠かせない。

 どうしてもそれを命中させる必要があるのだ。

 その必須アイテムが失われてしまった。

 ほかの生徒はゲロ袋の中身をトイレに流し、その袋はゴミ箱に捨てたはず。

 ゆえにもう弾がない。

 これでは敗戦もやむなし、と太一があきらめかけたそのとき――。


「太一……これ……使って……」


 佳織が覆面の下からゲロ袋を取り出した。

 ここで一筋の光明が差す。

 最後の弾が残されていた。

 しかし、太一には解せないことがある。


「おい佳織。なんでおまえ、そのゲロ袋を捨てなかったんだよ」

「す、捨てるのを忘れてただけよ……」

「嘘つけ。おまえそれまた食うつもりだったんだろ。怒らないから正直に言ってみろ」


 すると佳織は弁明とばかりに、気持ちの悪い剥き出しの歯をガバッとひらいた。


「だ、だって! 唾が出たわけじゃなから汚くないし! トンカツ定食がちょっと混ざっただけだし! 食べようと思えば、まだぜんぜん食べれるし!」

「あのな、佳織。ゲロを食うヒロインがいたとしたら、もうこの世の終わりだ」


 太一は冷めた口調でゲロ袋を受け取った。

 そして、しくしくと泣きだす佳織を背に、ゲロ袋を律子先生に手渡す。


「先生、今度はしっかり命中させてくれよ。それは佳織がまた食おうとしていた大切なゲロなんだ。だから絶対にそのゲロを無駄にしないでくれ」

「うむ……わかった……」


 前方に注意を払いながら、律子先生はパトカーにゲロ袋を投げつけた。

 それはフロントガラスに見事命中し、中身が馬糞のごとくぶちまけられた。

 成功だ。

 ここで狂信者の言葉が世に放たれる。


「異世界のゲートは渋谷スクランブル交差点にひらかれる! 我々はそのゲートから異世界に旅立つのだ! 剣と魔法の世界に旅立つのだ!」


 最後にアドリブが入ったが、律子先生はひらき直ったように役をこなした。

 これで目的地までたどり着くことができる。

 バスに爆弾が仕掛けられ、しかも停車すると起爆する以上、警察も進路を阻めない。

 一般車両を規制し、赤信号でもバスを進ませてくれるはずだ。

 すると――。


「運転手さん! あなたはなにを言っているのですか!」


 困惑した男性の声色で、パトカーからそんな言葉が発せられた。

 ちゃんと伝わらなければ意味がない。

 太一は律子先生の肩を叩き、同じことを言うよう合図を出した。

 いま一度、狂信者の言葉が世に放たれる。


「異世界のゲートは渋谷スクランブル交差点にひらかれる! 我々はそのゲートから異世界に旅立つのだ! 剣と魔法の世界に旅立つのだ! 冒険者ギルドに登録してガッポガッポお金を稼ぎ、いずれは魔王を倒して伝説の勇者となるのだ!」


 また余計なアドリブが入ったが、律子先生は狂信者を演じ切った。

 というかこの担任は、異世界系ネット小説でも書いているのではなかろうか。

 そんな疑念が頭によぎるも、太一はひとまずパトカーの動向をうかがった。

 すると警察官からの返答はない。

 パトカーも減速して後方にポジションを戻していく。

 上司に報告し、これから対策でも練るのだろう。

 しかしその対策もむなしく、このバスは渋谷スクランブル交差点で爆破する。

 それどころか、爆弾事件など比にならない、世界レベルの大事件が起こるのだ。

 太一は内心ニタニタとほくそ笑み、のちのハリウッドデビューも意識した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る