第18話 ぼくらのスケルトン戦争、その果てに
機動隊と入れ替わり、二年A組のスケルトンが前線に立ったのはいいのだが――。
「クッ! あたいらだけでどうすんだよ! これじゃ勝ち目なんてねーよ!」
何人もの妖魔獣と格闘しながら里奈が弱音を吐いた。
そんな妹の頭蓋骨に、エロそうなおっさん妖魔獣がカプリとかじりついている。
もちろん、スケルトンの里奈はノーダメージだ。
クラスのみんなも牙での攻撃を受けているが、今以上に干からびることはなかった。
ここまで太一の予想どおり。
精気を吸われても大丈夫だ。
そして、その予想は、勝利をもたらす方向へズバリ的中した。
スケルトン伝染である。
二年A組の生徒にかじりついた妖魔獣らが、どんどんスケルトンと化していくのだ。
「みんな! 妖魔獣にもスケルトン伝染が有効だぞ! 奴らに直接さわって一人残らずスケルトンにしちまえ!」
太一は先陣を切って群衆の中に攻め入った。
そして、一人の女妖魔獣のパンツの中に手を突っ込み、お尻をサワサワと撫で回す。
あたりまえだが、これは痴漢ではない。
肌に直接触れるため、こうしてお尻を撫で回しているのだ。
すると案の定、呪いが伝染し、女妖魔獣は瞬く間にスケルトンへと変わり果てた。
「その手があったか! さすが兄貴だぜ!」
「太一にしては名案ね!」
「ならばみなも青島に続けーーーーーッ!」
里奈に佳織、律子先生、クラスの仲間も群衆の中に切り込んでいく。
敵の数はおよそ三千。
それに対しこちらはたったの四十。
到底、勝負になるとは思えない戦力の差でも、スケルトンの呪いは天下無双の最終兵器。
敵が百万の軍勢であったとしても、不敗神話のパンデミック旋風が吹き荒れる。
「ドーベルマンは軍用犬でもあるんじゃ! 戦闘ならわしに任せんかーい!」
ポチも闘志を剥き出し戦闘に参加した。
ただ、ワンという犬の言葉はまるっきり聞こえない。
そんな中、太一は女の妖魔獣だけに狙いを定めた。
繰り返しになるがこれは痴漢ではない。
というか、敵は人間ではなく妖魔獣、おっぱいなんかもさわりたい放題だ。
クラスのみんなも順調に呪いを拡散させている。
おまけに骸骨となった妖魔獣も呪いの効果を宿していた。
彼らはアホみたいにハイタッチをしているので、ネズミ算式にスケルトンが増えていく。
もちろんこのままでは終われない。
ここで太一は機動隊にダメ押しの援軍を呼びかける。
「機動隊のみんな! あんたらは盾や警棒を使って敵のスケルトンを粉砕してくれ!」
そう、スケルトンはもろい。
軽くてもろいのだ。
機動隊のパワーであれば、敵が動けなくなるまで骨格をバラバラにしてくれる。
とはいえ、二年A組に攻撃されてはたまったものではない。
だから太一は、服を着ているスケルトンにだけ攻撃するよう指示を出しておいた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
太一の命を受け、狂瀾怒濤の喚声を発する機動隊。
そして総勢五百名の精鋭は、盾を構えながら四方八方へとなだれ込んだ。
その土石流のようなパワーに飲み込まれる周囲の敵は、盾に押し潰され、あるいは警棒に殴打され、いともたやすく骨格の原形を失っていく。
中には頭蓋骨がパッカーンと割れる妖魔獣もいた。
二年A組のみんなも機動隊と一緒になって戦っている。
律子先生の荒ぶるラリアット、佳織の不気味な頭蓋骨でのヘッドバット、千崎美咲と年所絵花の相撲技など、各々が得意とする攻撃で敵のスケルトンを粉砕していった。
それから間もなく――。
妖魔獣との戦闘は無事に終了し、太一率いる合同部隊に勝利がもたらされた。
およそ三千の群衆の骨格はすべてバラバラとなり、やがてその大量の亡骸も砂のように風化した。
そして、渋谷スクランブル交差点は、キラキラとネオンの輝く夜の光景を取り戻した。
夜明けが近づいた。
交差点中央で炎上していたバスも鎮火し、周囲には朝もやが立ち込めている。
二年A組のスケルトンはというと、なおも交差点の中央を陣取っていた。
太一はあぐらをかき、里奈は体育座りをし、全員が輪となり座している。
機動隊の指揮官が総理に掛け合ってくれたおかげで、こうして朝を迎えることができたのだ。
そんな彼の言葉を太一は思い出す。
『君たちをふくめ、世の中には不思議なことがあるものだ。しかし、君たちが我々を、国家を救ってくれてことに間違いはない。我々機動隊の全員が、それをしっかりとこの目で見届けた。人間に戻れるというのなら、朝まで頑張りたまえ』
なんともありがたいお言葉だ。
その他の機動隊員たちも周囲から見守ってくれている。
みな切に願うような眼差しを浮かべ、二年A組が人間に戻るその時を待っている。
そんなところに――。
「兄貴! 戻っていく! あたいの体が人間に戻っていく!」
歓喜の声色を発し、里奈が自身の両手を見やり立ち上がる。
内蔵、筋肉、皮膚、と内部から順に、妹の肉体が形成されていく。
クリクリしたつぶらな瞳も取り戻された。
頭にアホ毛が飛び出た、栗色のセミロングの髪が、風に送られフワリと跳ね上がる。
「おい、里奈。おまえ全裸だってことを忘れてねーか」
「いけね、そうだった!」
太一が隣から注意すると、里奈はペロリと舌を出して体育座りした。
その縮こまった姿勢からでも胸の谷間が強調されている。
おっぱいは大きなままであるらしい。
「ようやく人間に戻ることができたんだ……太一、あたし嬉しい……」
里奈と反対側の隣で膝を抱える佳織。
人間に戻った彼女も、溢れる涙を浮かべて太一の方を向く。
少し癖っ毛のあるショートヘアに、栄養失調気味のほっそりとした体。
本来、パッチリしたその瞳は、アメーバーのようにぐにゃぐにゃに歪んでいた。
「ここにゲートはひらかれた! 私の言うゲートとは、人間に戻ることだったのだ!」
太一の斜め後ろ。
胸と股間を両腕で隠して立ち上がり、律子先生は勝ち気に吠えた。
そんな彼女の腰まで伸びた黒髪が、差し込んだ朝日を受け美麗に輝いた。
律子先生に関しては、のちに精神的なケアが必要かと思われる。
「ワン! ワン! ワン!」
ドーベルマンの姿を取り戻したポチは、尻尾を振って機動隊の元へ駆けていく。
なんだか主人をすぐ裏切りそうな犬である。
「わたくし人間に戻れましてよ!」
「わたくしたちは勝ったのですわ!」
千崎美咲と年所絵花も人間に戻ることができた。
だが後ろにいるのでよく見えない。
二人とも金髪クルクルロンゲだと太一は記憶する。
「ち、しゃーねーな。人間に戻った以上、これからはサイコパス封印してやんよ」
「音無、オラと付き合ってくれねえだか! オラは音無のことが好きだっぺよ!」
「ごめんだね」
人間に戻った音無静香とバスケ部男子。
そしてバスケ部男子は見事に玉砕した。
その後、本物学級委員長や偽物学級委員長も元の姿を取り戻した。
佐々木や山田、鈴木に佐藤など、ほかの生徒も次々に喜びの声を上げていく。
そんな中――。
「あれ……どうなってんだ……」
太一だけが人間に戻ることができなかった。
立ち上がり骨格の隅々を調べるが、元に戻る気配はまったくない。
ここにきて、ピーちゃんに自分だけが裏切られてしまった。
あれだけ意地悪をしておきながら、最後の最後でこの仕打ち。
当の本人に呼びかけてみても応答はない。
「なるほどな……結末はこういうことだったのかよ……」
そう落胆する太一だが、どこか清々しさを覚えたのも事実だ。
仲間が人間に戻ることができたのなら、もう思い残すことはない。
「里奈、佳織、先生、みんな、これで本当にお別れだ。俺はスケルトン星に行くぜ」
人間に戻ったクラスメイトに視線を巡らせ、太一はカタリと笑みを漏らした。
「兄貴、なに言ってんだよ! 冗談はやめてくれよ!」
「太一、これはなにかの間違いよ! 希望は捨てないで!」
涙で顔をくしゃくしゃにして、そう叫ぶ里奈と佳織。
二人は胸と股間を両腕で隠し、すがるように近づいてくる。
だが、太一は首を左右に振って彼女たちを制止した。
この骨格に少しでも触れてしまうと、取り返しのつかないことになる。
「青島! あきらめるのはまだ早いぞ! 新たなるゲートに望みをかけるのだ!」
「どうして運命はこう残酷なのでして!」
「でして!」
「スケルトン星になんか行くことねえだっぺ! 旭山動物園に引き取ってもらえばいいんだべさ!」
「ぼくは学級委員長として対策を練るよ! だから太一君、行っちゃダメだよ!」
「ぼくは学級委員長じゃないけどぼくも対策を練るよ! だから太一君、行かないで!」
「青島君! 行くならあたしの包丁も持っていって!」
律子先生やクラスのみんなも泣き叫ぶ。
それでも太一の覚悟は揺るがない。
ここまで辿り着いたことが奇跡なのだ。
奇跡は奇跡だからこそ、二度と起こり得ることはない。
「里奈、俺みたいないい男と結婚するんだぞ。佳織、おまえは金持ちと結婚しろ。律子先生は心療内科に行ってくれ。ほかのみんなも元気でな」
太一は自身の嘆きを心の奥にしまい込み、爽やかな声色で別れの言葉を口にした。
最後ぐらいはかっこをつけて旅立ちたい。
そして、『私をスケルトン星に連れてって』と、魔法の言葉を唱えようとしたところ――。
「兄貴ィーーーーーッ!! ちょっと待ったァーーーーー!!」
里奈がおっぱい丸出しの勢いでそれを制止した。
「どうした里奈? スケルトン星の土産におっぱいツンツンさせてくれるのか? その気持ちは嬉しいけどさ、それをしたらおまえがまたスケルトンになっちゃうだろ」
「ちげーよ、このバカ兄貴! あれ見てみろよ!」
里奈は片腕でエッチな部分を隠し、バスの鉄屑近くに指を差す。
するとそこには一本のあばら骨が落ちていた。
それを拾い上げると、『青島太一』と名前が書いてある。
陣頭指揮のために太一がぶっこ抜いたあばら骨だ。
念のため自分の肋骨を確かめたところ、やはり一本欠けている。
「もしかして……骨不足が原因で人間に戻れなかったのか……?」
太一は神に祈る気持ちであばら骨を元の位置へカチャリと装着。
里奈やほかの仲間も固唾を呑み、神様おねがいポーズでそれを見守った。
すると――。
体の内部から肉体が復元されていく。
手足、胴体、眼球、頭髪、それらすべてが人間のものとして完全に復活を遂げた。
「やった……やったぞ……俺も人間に戻れたぞ……。俺たちはぼくらのスケルトン戦争に勝利したんだ……うっ、ううっ……」
太一は泣いた。
ガチで泣いた。
内股でチンコを両手で隠しつつ、リアルに鼻水を垂らして嗚咽を漏らした。
クラスのみんなもしくしくと感涙を浮かべていた。
周りにいる機動隊ももらい泣き、彼らのすべてから暖かい拍手が送られる。
そんなとき――。
「とうとう成し遂げたみたいだね」
太一の眼前の空中。
そこにピーちゃんがテレポートするように現れた。
「おいおいピーちゃんさんよ、まさか今ごろラスボスの登場ってわけじゃないだろうな」
太一は嫌みを込めて問いただす。
「ボクはラスボスなんかじゃないよ」
「じゃあ、なにしに来たんだよ」
「君たちを祝福して、とっておきのプレゼントをあげようかと思ってね」
「なにがプレゼントだ。はした金ならいらねーぞ」
「ひとつだけ願い事を叶えてあげるよ。それがボクからのプレゼントさ」
「裏はないだろうな」
「ないよ。たまにはボクを信じてよ」
「なら、これまでの事件をなかったことにしてくれ。俺たちがスケルトンになったこととか、妖魔獣が出現したこととか、世界の記憶から全部消してくれ」
ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、もう普通の生活は送れない。
政府による身体検査、マスコミによる執拗な質問攻め、さらには小学校の卒業文集まで世界中に晒されてしまうのだ。
ゆえに太一は、平穏な日常を取り戻すことを望んだ。
「わかったよ。世界の記憶の再編だね。ちょっと時間がかかりそうだけど、君たちが北海道に戻るころには完了してると思うよ。願い事は本当にそれでいいんだね?」
「ああ、それでいい。それでおまえはこれからどうするんだ? 里奈のように、また犠牲者を増やすのか?」
「それはないよ。ボクはこれからスケルトン星に帰る。そして人類がスケルトンにならないような、エナジーの補給方法を模索することにするよ。今回の一件で、共存共栄がベストだと思い知ったしね」
「よし、なら即刻帰れ。もう二度と俺の前にその金魚ヅラ見せるんじゃねーぞ」
「君って、相変わらず冷たいね」
ピーちゃんは愛らしくクスリと笑みを漏らした。
これまで決して見せることのなかった、純朴で温もりのある笑みだ。
そして金魚の姿をしたスケルトン生命体は、
「バイバイ、太一君」
と、魚の目でウインクし、眩しい朝陽に紛れてテレポートした。
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