第3章 高速道路

第9話 スケルトンの集団、サービスエリアで飯を食う

 大洗から渋谷までは、高速道路を利用することになる。

 人の目、自動車事故、その他のリスクを考えれば、一般道は極力避けたほうがいい。

 大洗から渋谷までのルートとしてはこうだ。


 水戸大洗→水戸南(東水戸道路)5.4㎞

 水戸南→友部JCT(北関東自動車道)14.3㎞

 友部JCT→三郷JCT(常磐自動車道)73.9㎞

 三郷JCT→小菅JCT(首都高速6号三郷線)10.4㎞

 小菅JCT→堀切JCT(首都高速中央環状線)1.2㎞

 堀切JCT→江戸橋JCT(首都高速6号向島線)10㎞

 江戸橋JCT→谷町JCT(首都高速都心環状線)6.3㎞

 谷町JCT→渋谷(首都高速3号渋谷線)3.8㎞

 総距離、125.3㎞

 ※JCT|(ジャンクション)高速道路を結ぶ分岐点


 以上が修羅の道である。

 ちなみにルートは律子先生が事前にスマホで調べてくれた。

 太一も渋谷スクランブル交差点の地図は、偏差値三十以下の頭にインプットした。

 そして現在、バスは常盤自動車道を走り十数分ほどが経つ。

 車窓の景色に都会らしさはまだ見られなく、山間の風景や田畑が広がっている。

 とはいえ窓のカーテンは閉じているので、車窓もなにもあったものではない。

 引きこもりのごとく少しだけカーテンを覗き、生徒たちは外の景色を眺めていた。

 ほどなくして茨城県に位置する、友部サービスエリアが見えてきた。

 このサービスエリアはガソリンスタンドが設備されているので、バスは燃料補給のために立ち寄った。

 そして燃料を補給したのち、駐車場で少々の休憩をとる運びとなった。


「はぁ……お腹へったなぁ……」


 運転席の真後ろを一人で陣取る佳織。

 彼女はチラリとカーテンをめくり、飢えた野良犬のように独白をこぼした。

 サービスエリアともなれば、地元の旨い処を味わえる、ちょっとした複合施設だ。

 なにか食べたくなるもの無理はない。

 しかし太一には解せないことがある。


「おい、佳織。おまえバカかよ。スケルトンが腹なんてへるかよ」

「しかたないでしょ。へったものはへったんだから」

「それはな、おまえがいかにたるんでいるかという証拠――」


 と言いかけたとき、太一の腹がギュウっと鳴る。

 それに伴い、カツ丼をかっ食らいたくなるような空腹感も覚えた。

 佳織の言うとおり、スケルトンでも腹がへるらしい。

 ほかの生徒たちも、なにか飲み食いをしたいと騒ぎはじめた。

 これは大問題だ。

 太一は真後ろの席に回り込み、金魚鉢に向け問う。


「おい、ピーちゃん」

「なんだい?」


 そう答えるピーちゃんは、玉砂利を口先で突っつき目も合わせない。 

 その目玉にワサビ醤油を点眼してやりたいところだが、腹を立てている場合ではなかった。


「俺たちはスケルトンなのに、なんで腹がへるんだよ。おかしいだろ」

「おかしくはないよ。スケルトンも食事をとる必要があるんだ」

「食べたものをどうやって消化すんだよ。俺たちは胃袋なんてねーんだぞ」

「消化はされないけど、口から普通に食べればいいのさ。それで食欲を満たすことができるんだ」

「食わなかったらどうなるんだ? もしかして死んじまうのか?」

「スケルトンはそう簡単には死なないよ」

「なら、問題ないだろ」

「でもお腹がへった状態で、君たちは戦えるのかい? それでもいいなら、それでどうぞ。ボクには関係のないことだしね」


 そっけなく答えると、ピーちゃんはグースカと眠りに落ちた。

 諸悪の根源のくせに、このクソ金魚は悠々自適な生活を送っている。

 この様子なら、軽井沢に別荘を所有していてもおかしくはない。

 ともあれ、腹がへっては戦ができないし、空腹を満たすことが急がれた。

 だがこのサービスエリアはそこらのコンビニとはわけがちがう。

 施設は大型スーパーほどの規模があり、駐車場には数百台の車が見受けられた。

 飯時を外れた午後三時でも、家族連れやカップルなどたくさんの人が訪れている。

 これでは外に出ることすら不可能だ。


「はぁ……このサービスエリアでなにか食べたいなぁ……」


 窓の外を覗き込み、未練タラタラでつぶやく佳織。

 そのように執着する理由は太一もよく知っている。

 佳織は貧乏なため、北海道をはなれて旅行などしたことはない。

 飛行機にすら乗ったことはない。

 貧乏たる由縁は、両親がいつ潰れるかもわからない服屋を営んでいるからだ。

 その屋号、ブティック佐倉。

 十歳は老け込んで見える服ばかりを販売する、とてもアンニュイな店である。

 先月ようやく売れたのは、えんじ色の唐草模様のモンペが一着のみ。

 先々月にいたっては、絆創膏色の下着が三着売れただけ。

 それでもなんとか生活できるのは、母親のチャットレディの副収入があるからだ。

 幼馴染みだからこそ太一は事細かに知っている。

 たまに出かける家族旅行といえば、イオンを散策し半額弁当を買う日帰りコース。

 この格安プランはJTBでもまずお目にかかれない。

 そんな家庭に生まれ育った佳織が、はじめて本州という魅惑の大地を踏んだのだ。

 だからこそ食わせてやりたい。

 このサービスエリアで、美味しい料理を食わせてやりたい。

 それにもし、ぼくらのスケルトン戦争が失敗に終わるとすれば、ここでの食事が地球最後の晩餐となる。

 ならば佳織だけではなく、みんなにも満足のできる食事をとってもらいたい。

 しかし立ちはだかる障壁は、ここにいる全員がスケルトンということである。

 律子先生のように変装をしなければ、バスを出ることなど土台無理な話。

 前もって準備しなかったことが悔やまれるが、それを言ってもはじまらない。

 ならばどうしたものかと思案していたところ、太一はあることに気がついた。


「ん? これ使えるんじゃね?」


 各座席には、頭をもたれる位置にシートカバーがかけられている、

 白い布製のそれは、首から上をすっぽりと覆い隠せそうな大きさだ。

 試しに自分の座席のシートカバーを外し、頭からかぶってみる。

 すると首から上を覆い隠すことはできた。

 あとは目と口の穴を空ければいいのだが、太一は刃物を持ち合わせてはいない。

 ゆえに誰かからそれを借り受けることにした。


「おい、里奈。カッターかハサミ持ってないか?」

「あたいが持ってるわけねーじゃん」

「それもそうだよな」


 里奈の骨がバラバラとなり、人体骨格模型を参考にするため学校に出向いたのだ。

 その妹が刃物などを持ち合わせているわけがなかった。


「先生、解剖用のメスとか持ってないか?」

「いくら私が理科の教師でも、そのような物を持っているわけがなかろう」

「ならしかたねーか」


 太一はそう納得したものの、授業中に居眠りをすれば解剖用のメスが飛んでくる。

 でも今日に限って凶器は持ち合わせてはいないようだ。


「おい佳織、おまえんち服屋だろ。ハサミとか持ってないか?」

「あたしの家が服屋だからって、あたしがハサミを持ってるわけないでしょ」

「でもおまえ床屋代ケチっていつも自分で髪切ってるだろ。工作バサミ使ってさ」

「髪は家でしか切らないわよ」

「それもそうだよな」


 考えてみれば佳織がハサミを持っているわけがなかった。

 もし持っているのなら、彼女のオデコに漢字を書いたときに刺されている。

 そこで太一は名案を思いつき、後ろの座席を覗き込んだ。


「おいピーちゃん、おまえ武器とか具現化できるだろ。なにか切れるもの貸してくれ」

「やだよ」

「……………………………………」


 太一は頭の中でこのクソ金魚を三枚におろし、黒焦げになるまで七輪で炙り続けた。

 それはさておき、これではシートカバーで覆面はつくれない。

 どうしたものかと困っていたところ――。


「だーかーらー、合宿中だって言ってんだろが! いちいち電話してくんじゃねーよ! あぁ? いつ家に帰るだぁ? んなことまだわかんねーよ! 決まったらこっちから電話すっから、もうかけてくんじゃねーぞ! わかったか、このスルメババア!」


 座席の中ほどで、誰かが昭和のイカれたヤンキーのような暴言を吐いた。

 どうやら母親から電話がかかってきたらしい。

 よく見るとそれは音無静香という女子生徒だ。

 普段はおとなしく真面目で、クラスでは常にトップの成績を誇っている。

 フェリーに乗る直前、親への言い訳で二面性をさらけ出した、あの女子生徒だ。

 そんな彼女であれば刃物を持っていてもおかしくはないだろう。


「おい、音無……カッターとか切れるもの持ってないか……?」


 太一は恐る恐る訊いてみる。

 一歩間違えばマジで殺される。


「カッターは持ってないよ」


 電話での暴れぶりは一変。

 音無静香はスズムシのようなか弱い声で答えた。

 これがいつもの口調だけに、よりいっそうサイコパス感が増している。


「そうだよな……。今どき鉛筆削るためにカッター持ってる奴なんていないよな……。ましてや学校カバンに包丁を隠し持ったイカれた女子高生なんているわけないしさ……」

「包丁なら持ってるけど」


 音無静香は学校カバンから文化包丁を取り出した。

 よくお手入れしているのかビカビカに光っている。

 そして彼女はすっと座席を立ち、刃先を向けながら太一の方へ近づいてきた。


「青島君、これ貸してあげる」

「おまえさ……いつも学校に包丁持ってきてるのか……?」

「うん」

「そ、そっか……鉛筆削るのに包丁は必要だもんな……」


 包丁で鉛筆を削るバカはこの世にいないが、太一はあえて踏み込まないようにした。

 へたに立ち入ると音無静香のブラックリストに自分の名前が載りかねない。

 そして太一は包丁を受け取ると、カタカタと震えながら覆面製作に取りかかった。




 およそ一時間後。

 変装をした律子先生を除き、全員分の覆面が完成した。

 制服のシャツは長袖なので、手首から先は靴下で覆い隠した。

 男子生徒はズボンをはいているし、これで骨が見えることはない。

 女子生徒は骸骨のくせに、パンツが見えそうなほど短いスカートをはいている。

 しかし、彼女たちはスカートの丈を膝下あたりまで伸ばすことができた。

 腰の位置で生地を折り畳み、スカートを短くしているからだ。

 制服の抜き打ちチェックがあるので、そのために丈の長さを確保している。

 それでも彼女たちのすねの骨は隠すことができなかった。

 不安要素を残すことになるが、そこは勢いで乗り切るほかはないだろう。

 そして二年A組の一同はバスを降り、サービスエリア施設の正面で列をなす。

 太一を先頭にして、縦五列に並んだ陣形だ。

 食事をする前に、やらなければいけないことがある。


「みなさーーーん! 俺たちは怪しい者じゃありませーーーん! ただのパフォーマンス集団でーーーす! だから警察に通報するのはやめてくださーーーい!」


 奇異の眼差しを向ける大衆に対し、太一は大声でそう呼びかけた。

 覆面で顔を隠した怪しい集団だけに、そのまま飯を食うなど言語道断。

 交番のお巡りさんどころか、機動隊がわんさか集結してしまう。

 だからこそ、こうしてパフォーマンスの集団を装う必要がある。

 ここで披露するのは北海道でおなじみ、YOSAKOIソーラン。

 千年戦争が終結したのち、より親睦を深めるため二年A組はその練習に取り組んだ。

 初夏に開催される本大会出場を目指し、クラス一丸となって演舞に励み続けた。

 ゆえにYOSAKOIソーランを踊ることができるのだ。


「ヤ~~~~レン、ソ~~ラン、ソ~~~ラン、ソ~~~ラン、ソ~~~ラン!!」


 準備が整ったのち、集団の前方から律子先生のアカペラが流れる。

 彼女は練習をちょくちょく見にきていた。

 だからこそ演舞に合わせてソーラン節を歌うことができるのだ。

 しかしながら、この担任はとんでもない疫病神でもあった。

 大会前日、体育館で練習していたところ悲劇が起きた。

 律子先生が作った差し入れのおにぎりを食べ、クラスの全員が食中毒になったのだ。

 もう大会へ出場するどころではない。

 三日三晩、嘔吐と下痢を繰り返し、クラスは生死の境目をさまよった。

 その無念を晴らすためにもここで演舞を披露する。


『ハイ!! ハイ!!』


 第一フレーズの直後、全員でガニ股となり股間部で両腕を二回突き上げる。

 一糸乱れぬ見事なコマネチだ。


「ニシン来たかとカモメに問えば~~~~~」


 続いて、律子先生はやや音痴な声で第二フレーズを奏でた。

 そのリズムに合わせ、演者は右に左にボルトポーズを同調させた。

 ボルトポーズ。

 これはウサインなんとかの十八番、弓を引くようなポーズだ。

 この太一が考えた振りつけを主軸とし、演舞の流れが進められていく。

 

「ドッコイショーーー!! ドッコイショーーー!!」


 律子先生の隣では、里奈がかけ声を上げて大漁旗を振っている。

 演舞を盛り上げるための大切な役割だ。

 妹は踊りの流れを知らないが、ドッコイショードッコイショー言うだけなので、ぶっつけ本番でも問題はない。

 ちなみに大漁旗は里奈のあばら骨を引っこ抜いてこしらえた。

 その先端に、旗になるようシートカバーが結ばれている。


「ヤ~~~~レン、ソ~~ラン、ソ~~~ラン、ソ~~~ラン、ソ~~~ラン!!」

『ハイ!! ハイ!!』


 演舞は中盤に差しかかる。

 合いの手でコマネチを決めるところ、太一は勢い余ってアドリブに出た。

 覆面ごと頭蓋骨を両手でカポっと外し、上下に二回揺すったのだ。

 列の先頭にいるだけに、やり過ぎ感は否めない。

 周囲には、百はいるであろう大衆が演舞を見守っている。

 しかし、幸いなことに騒ぎになることはなかった。

 むしろ大衆からは拍手が送られ、チビッコたちも笑い声を上げている。

 手品のたぐいと思っているにちがいない。


「ドスコイドスコイ!! ドスコイドスコイ!!」

「ドスコイドスコイ!! ドスコイドスコイ!!」


 演舞は終盤に差しかかり、クライマックスが訪れる。

 連なるように声を上げ、相撲の突っ張りをしながら二人の女子生徒が先頭に出た。

 かつての二大派閥のリーダー、千崎美咲と年所絵花である。

 ここで披露するのは女相撲。

 勝敗の行方にシナリオはない。

 どちらが勝つのかは、そのときになってみないとわからない。

 律子先生のソーラン節が続く中、二人はガップリヨツで組み合った。

 太一をふくめ、ほかの演者はボルトポーズを右に左に女相撲を盛り上げる。


「わたくしは負けませんことよ!」

「わたくしも負けませんことよ!」


 同じお嬢さま口調、さらには覆面をしているので、二人の区別がまったくつかない。

 スケルトンの集団において、絶対にあってはならない、まさかのキャラかぶり。

 しかし、どちらがどちらなのかは、本人同士がわかっていればいいこと。

 派閥の争いに遺恨はなくとも、負けられない女の闘いがここにある。

 勝つのは千崎美咲か。

 それとも年所絵花か。

 両者引けを取らないガチの相撲に、大衆からも歓喜が湧き起こる。

 もちろん、二人のすねの骨は見えている。


「わたくしの勝ちですわよ!」

「わたくしの負けですわよ!」


 決まり手。

 ジャーマンスープレックス。

 千崎美咲、年所絵花、そのどちらかが勝った。

 勝者は敗者を支え起こし、互いに健闘を称え合っている。

 技が炸裂したとき、敗者の頭部が外れてしまったが、それでも大衆は大いに湧いた。

 そして二人はドスコイドスコイと突っ張りをしながら列の中へ引っ込んだ。

 ここで演舞のシメとなる。


「ヤ~~~~レン、ソ~~ラン、ソ~~~ラン、ソ~~~ラン、ソ~~~ラン!!」

『ハイ!! ハイ!!』


 全員で腰をクイクイ二回突き上げ、躍動感みなぎる渾身のコマネチが炸裂。

 律子先生はもちろんのこと、里奈も流れを読んで同じポーズを披露した。

 しばしの余韻を残し、大衆からは割れんばかりの拍手が送られた。

 まるで祭りのメインステージで演舞したかのような、大喝采が降り注ぐ。

 桃色吐息学園、二年A組、チーム名、『千年戦争』

 食中毒でYOSAKOI辞退という無念は、今ここに晴らすことができた。


「やっぱ踊りのあとは腹がへるもんだな! さあみんな! 飯でも食いに行こうぜ!」


 太一は観客に対しシレっと口実をつけ、仲間を連れて施設の中へ赴いた。

 秘策は見事に成功だ。

 店内に入ってからも不審者と疑われることはなかった。

 パフォーマンス集団ということが口づてに広がったのだろう。

 そしてこのサービスエリアでは、地元特産のメニューが提供されていた。

 茨城の銘柄豚、『つくば美豚』を使用したトンカツ定食。

 大洗から直送された干物の定食や、地粉を使用したラーメンやソバ。

 各ブースで注文し、だだっ広いテーブル席で食すスタイルとなっている。

 太一は里奈と佳織の三人で、トンカツ定食を食べることにした。

 喉の下にはゲロ袋を装着しているので、飲食物が床に飛散する心配もない。

 そのゲロ袋に関しては、バスに常備されていたものを使用した。


「太一、このトンカツとってもおいしいね……うっ、ううっ……」


 隣でトンカツを食べる佳織は泣いていた。

 半額弁当のしおれたトンカツとはわけがちがう。

 衣はサクサク、肉はジューシーで、ご飯が何杯でもいけそうな美味しさだ。

 ブティック佐倉の業を背負う彼女にとって、このトンカツはまさに神の領域。

 本来、手を伸ばしても決して届かぬ、神トンカツである。

 佳織が感極まって泣いてしまうのも無理はない。

 ちなみに律子先生が、大盤振る舞いで全員分の金を支払った。

 彼女なりに思うところ(食中毒)があったのかもわからない。

 そんな中、向かいの席で食事を終えた里奈が、カタリと口をひらいた。


「兄貴、あたい決めた。もし人間に戻ることができたら、来年、あたいも桃学に入学する」

 桃学とは、桃色吐息学園の略称だ。

 そして市内屈指の底辺高校、それが桃色吐息学園である。


「でも里奈、おまえ頭いいだろ。桃学なんかでいいのかよ? チンパンジーも入学できるって有名なんだぞ?」

「桃学じゃなきゃダメなんだ。兄貴たちを見て、あたいはそう思った」

「学園長と保健の田畑先生がダブル不倫してる学校なんだぞ。それでもいいのかよ?」

「そこは関係ねーよ。あたいは兄貴の選んだ高校に入学したいんだから」

「て、照れるじゃねーか……」


 太一はキュンと胸を打たれた。

 犬のクソのごとく避けられていた妹から、慕いの眼差しを向けられているのだ。

 なんだか世界で一番かわいい妹に思えてきた。

 そんな里奈の願いを叶えてやりたい。

 だからこそ、ぼくらのスケルトン戦争に勝利し、人間の体を取り戻す必要がある。

 太一がそう気骨を抱いていたところ――。


「大変だよ! 太一君!」


 ドタバタと慌てた様子で、一人の男子生徒がこちらのテーブルに駆け寄ってきた。

 学級委員長のような気もするが、太一には彼が誰だかわからない。


「どうした? なんかあったのか? てか、おまえ誰だっけ?」

「ぼくが誰かなんてどうでもいいよ! それより刑事が来てるんだよ! 刑事が!」


 一難去ってまた一難。

 食堂で余裕をぶっこく二年A組の生徒らはピタッと談笑を中止。

 そして各々の覆面の下に、ただならぬ緊張感が走り抜けた。

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