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「そうだったのか……君があの時の……」
「覚えててくださったんですね……私、今でも横断歩道を渡るとき、右見て左見て、ってやってるんですよ」
あの時の女の子の十五年後の姿が、俺の目の前で微笑んでいた。松島さんは続ける。
「私、"カミヤチ"って名前だけはずっと憶えてました。命の恩人だし、私の……初恋の人だったから。一目惚れだったんです」
そう言って、彼女は恥ずかしそうにうつむく。
「……!」
今、俺の胸に、何かが、突き刺さったような……
「その後、中学に上がってから私、SNSで調べたんですよ。そしたらすぐに見つかりました。"カミヤチ アキラ" さん。大学生。彼女がいて、幸せそうでした。ちょっと……がっくりしました」
「……」
「それからは、月一くらいのペースで、神谷内さんのSNS見てました。卒業して、就職して、結婚したのも知ってたし、奥さんが妊娠したのも……だけど、それからすぐ、更新がずっと途絶えて……しばらくしたら、もう家族のことは全然出てこなくなって、ビジネス関係のことしか書かれなくなってました。どうしたんだろう、って思ってました。転職したことも書かれてましたね」
「……」
「私、神谷内さんに会いたくて、今の会社受けたんです。営業を希望したのも、神谷内さんがいるから……あ、でも、なんか、自分で言うのもなんだけど、ストーカーみたい……ていうか、ストーカーそのものですよね、私。気持ち悪い……ですよね」
「……別に、何か俺に実害があったわけじゃないけどな」
「私は、神谷内さんのお役に立てれば、それだけで良かったんです。恩返しになれば、って……だけど、いざこうしてお
「そんなことはねえよ」俺はあえてぶっきらぼうに言う。「俺は、こよなく愛してたはずの妻を……地獄に叩き落とした、冷酷な人間だ」
「それは……奥さんが神谷内さんを裏切ったからですよね? 当然の報いだと思いますよ。私も……高校の頃、友達に好きな人取られたことがありましたから……少しは神谷内さんの気持ち、わかるつもりです」
「それだけじゃない。俺は君が俺を慕う気持ちを利用したんだ。君の気を引いておけば、君は俺の言うことを聞くようになる。そうすれば、教育しやすくなるからな」
「それの何が悪いのか、私にはわかりません。どちらにしても、神谷内さんは私を育ててくださいました。それについて感謝はしても、悪く思ったりするはずがありません」
「……」
ヤバい。
「やっぱり神谷内さんは、私にとっては、今も昔も変わらない、スーパーヒーローなんです」
松島さんの、優しい笑顔。
もう限界だ。俺は席を立つ。
「ごめん、ちょっと、トイレ」
言い捨てて、俺はトイレへと駆け込んだ。個室に閉じこもる。
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