8

「危ない!」


 赤信号なのに横断歩道を渡ろうとした女の子の手を、かろうじて俺は掴む。


 キョトンとした顔で振り向き、女の子は俺の顔を見上げる。俺はしゃがんで彼女に目線を合わせる。小学校の低学年くらいだろうか。


「まだ信号が赤だから、渡ったらだめだよ。信号が青になっても、右見て左見て、注意しながら渡るんだよ。いいね。ほら、青になったよ」


 俺は歩行者用信号を指さす。だが……女の子は動こうとしない。そして、その顔がみるみる歪み、泣き顔に変わる。


「うわああああん!」


 え、ちょっと待ってよ、俺、なんか悪いこと言った?


「ママー! うわあああん!」


 まずい。この子のママに見つかったら、まるで俺がいじめて泣かせたみたいじゃないか。


 だが、彼女のママらしき人は、どこにも見当たらない。


「ママ―! どこー? ママ―!」


 ……もしかして、これは、迷子という奴か?


 ううむ。どうしたものだろう。


 だけど、よく考えたら、なかけいさつ(金沢中警察署)がすぐそこだ。そこに連れていけばいい。


「それじゃ、一緒にママを見つけに行こうね」


「うわあああん!」


 女の子の号泣は止まらない。俺は彼女の手を引いて、中けいさつに向かう。


 ---


 受付の人に女の子を引き渡す。名前を聞かれたので、「神谷内 章です」と名乗る。女の子は既に泣き止んでいて、ぽかん、とした顔で俺を見ていた。婦警さんが名前を聞くと、「ひかる……」と小さな声で答えた。


 彼女のママが見つかったら連絡するか? と聞かれたが、断った。そもそも、その時俺は塾をサボって兼六園に花見に来ていたのだ。家に連絡されたらそれがバレてしまう。


 そして俺は解放された。俺は女の子に手を振って別れを告げた。


「それじゃあね、ひかるちゃん」


「おにいちゃん、バイバーイ」


 彼女はニコニコして、俺に手を振り返した。


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