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松島さんはすぐに営業課の人気者となった。課内の独身男たちがこぞって彼女にモーションをかけていた。しかしかなりガードは固いようだ。彼女は明るい性格で、なぜか女性陣にも好かれていた。
そして彼女は、営業担当としてもかなりの逸材だった。彼女はうちの主力製品のスペックとセールスポイントをあっという間に覚えた。早速俺は彼女を外回りに連れ出した。
思った通り、先方の反応が明らかに違った。ちょっと難しい、と思われた商談も、彼女が「お願いします……」などと目を潤ませながら言うと、通ってしまったりする。もちろん相手が男性の場合は。
そうなってくると俺はさらに彼女を育てたくなった。そして俺は一大決心を下した。
可能な限り、彼女のフラグを折らない。
彼女が俺に好意を抱いているのは明白だ。他の女なら冷たくあしらうのだが、俺は彼女に対しては、柔らかく受け止める、くらいの対応にした。そうすると彼女は俺の言うことは何でも聞いてくれる。それは彼女を教育する立場とすれば、かなり有利なことなのだ。
しかしそれは、彼女の思慕の念を利用することでもある。俺の良心は少し痛んだが、彼女を育てるのは俺の至上命令だ。そのために利用できるものは、何でも利用すべきだろう。課長の思惑通りなのが若干気に入らないところだが。
そして、今日はある量販店の
予想通り、彼女は最初からかなりの売上を叩き出した。まあ、PC周辺機器なんて買うのはほとんど男だし、彼女の男受け抜群のルックスからすれば、さもありなん、という感じだ。
だが。
中には困った客というのも存在する。特に今日は日曜日。客足そのものが多いので、そういう客とエンカウントする確率も高い。そして、とうとう彼女もそんな客の一人にロックオンされてしまった。
ネチネチと同じことを何度も聞き返し、嘗め回すように彼女を見つめる、頭のてっぺんが寂しい感じの推定五十代の男性客。腕を不自然に動かし、さりげなく彼女の体に軽く当たるようにしているのが見え見えだ。さすがに彼女の営業スマイルも曇り始めた。
とうとう彼女がこちらを向いた。目が"助けて"と訴えていた。フラグが立ちそうだけど、さすがにこれは無視できない。仕方ない。
「お客様、申し訳ございません。こちらの松島はまだ新人なものでして……説明にわかりにくい点が多々あったかと存じますので、上司の私、神谷内が改めてご説明させていただきます」
俺がそう言って彼女と客の間に割って入ると、彼女は心底ほっとしたような顔になる。俺はバックヤードの方に顎をしゃくる。即座に俺の意図を察した彼女は、小さく会釈してバックヤードに向かって歩いていく。
俺が説明を始めた瞬間、その客は風のように去っていった。
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