第7話 修行
さて、これからどうしよう。
取りあえずは連絡待ちだろうなぁ。
いきなり状況が変化する可能性も考えて、やはり危険な事は避けた方がいいよな。
一番安全なのは家で大人しくしている事だろうけど、
そんなの暇だし、緊急事態が起こった時は、やはり近くに誰かに居てほしい。
こういう時、サリューが居てくれればなー。
そう言えば、毎日のようにログインしていたはずなのに、
サリューは、昨日も今日も見かけない。
ログインの欄に、サリューの名は相変わらず活性化していないけど、
取り合えず家に行ってみるかな。
俺は那津のアバター、サリューの家へ行ってみる事にした。
「おーいサリュー、いるかー。」
俺はサリューの家のノッカーをゴンゴンと叩いた。
「やっぱりいないのか…。」
もう一度画面を開いて、那津がログインしてるかを確認したけど、
やはりサリューの名は活性化していなかった。
「変なの。
いつもなら絶対ログインしている時間なのに、
何で昨日も今日も来てないんだよ。」
いつもは鬱陶しいくらい構って来るくせに……、
こんな時だからこそ頼りたいのに、何でいないんだよ…。
やばい、泣きそうになってきた。
「こんな事しててもしょうがないや、
目途が付くまで何かしよう。
危険がない暇つぶし……何かあったかな?」
しばらく考え、俺は町外れにいる、
魔法の師匠であるカミリアさんの所に向かう事にした。
たまには真面目に魔法のレベル上げもいいだろう。
そして今、俺は紫色のド派手なドアの前に立ち、
ドアの上の束ねた鈴から垂らされた紐を大きく振った。
ジャラジャラと凄い音で鳴る鈴の音。
もう少し他の呼び鈴にすればいいのに。
「すいませーん。カミリアさーん。」
しばらくすると、バンと勢いよくドアが開かれた。
「うるさい。」
はい、そう言われるの分かってました。
怒鳴るんだったら、もう少し違う呼び鈴にしてよ。
「おや紗月、どうしたんだい?」
「カミリアさんから、真面目に魔法を習いたくて来ました。」
「何言ってるんだか。
あたしがいくら言っても、いつものらりくらりと逃げるくせに。
大方あたしの所に来るしかないほど、暇だったんだろう?」
あはははは……。
まあ、普段が普段だからそう読まれても仕方ありませんね。
「まあいい、入りな。」
俺はいつもの、広い講習場兼練習場兼居間的な不思議な空間に通された。
「さて、望んだのは紗月だからね、この際だから徹底的に叩き込んでやるから。
覚悟しておきな。」
その一言で、すでに後悔してます。
「まったく教えたものを、全て中途半端にして逃げ出しおって……。」
カミリアさんがぶつぶつ呟いている。
ごめんなさい。謝りますからお手柔らかに。
そして俺はその日、一から色々な魔法を叩き直された。
「だからその単語が違うんだよ。
オオイナルミズヲミタセだ!
オオイナルスミヲウミダセって何だ!
水じゃなく墨を生み出してどうする!阿呆!」
俺は今、空のコップを片手に全身に真っ黒な墨をかぶって床に突っ伏していた。
「あーあ、床もこんなに汚して、さっさと起きて、これを何とかしな!」
「はい!」
叱咤された俺はすぐさま起き上がり、自分が被った墨を含め、全てを一まとめにし、石のように固めた。
「…黒石にしたのか。」
「軟石にしてみました。
だからほんの少しの水に浸して擦ると元の墨になるんです。」
ほら、と俺は手に持っていたコップに少量の水を満たし黒石を浸した。
「なるほど、こうすればペンで文字を書く時も便利だな。」
「ですねー。」
「というか紗月、お前は無詠唱の方が、まともな魔法が使えるんじゃないのか?
その水の加減と言い。」
そう言って俺の持っている墨を解いたコップを指さした。
「あ……。みたいな……?」
そう気が付いた俺達は、その後いろいろな魔法を無詠唱で練習しまくった。
「…ちょっと来い。」
最後に俺はカミリアさんに台所に呼ばれた。
何の魔法の指導だろうと思っていたら、
無詠唱で野菜を一定の大きさにカットしろとか、
鍋の中に一定量の熱湯を出せとか、
質量違う素材を湯の中でいっきに火の通った状態にしろとか。
つまりは魔法を駆使してシチューを作らされたんだよ。
「いちいち呪文を構築しなくていいから、紗月の魔法は便利で楽だなぁ。」
「…カミリアさん。これだったら今度は手作りで作りますよ。」
なんか魔法で作ったほうが疲れる気がする。
食事後、俺はカミリアさんにお茶を入れながら、自分の今の状態を説明した。
アバターでもあるカミリアさんは、このゲームの重鎮で、
かなり初期からのゲーマーだという噂だ。
「成程な、そんな例は今まで一度も聞いた事が無いな。
だが、お前は間違いなく紗月だ。
これは何としても、原因を解明しなければならないな。」
「今、運営が調査してくれているんですが、
とにかく早くしてもらわないと、夏休みが終わっちゃうんですよ。
勉強が好きって訳じゃないけど………。
いや待てよ。
このままなら、俺、ゲームやりたい放題じゃん。」
「馬鹿が。」
カミリアさんが、そう言いながら俺の頭の上に、大きな空の鍋を落とす。
「いって~!
酷い、カミリアさん。」
「酷いのはお前だろう。
今頃お前の身近な人が、どう思っているのか考えて見ろ。」
身近な人、父さんとか、母さんとか、じいちゃん……。
きっと心配してるんだろうな。
そうだ、那津も傍にいたっけ。
あいつがログインして来ないのは俺のせいかな?
俺がゲームの中にいるって事は、リアルの俺はきっと抜け殻状態なんだろう。
それを考えれば、申し訳なくて、早くあちらに帰らなくちゃって思う。
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