第3話 ゆりかごの守護天使・後段

 迷路のような路地の中で、ミカの歩く後をついていくと、何度目かの交差点と曲がり角の先に、一軒の料理店が見えてくる。灰色のビル街の一角にポツンと現れたそれは、周囲の雰囲気からはひどく浮いたもののように思えた。

「あのお店? お洒落な感じで良いわね」

「でしょ? 最初見た時からもう一目惚れってカンジ。さ、入ろう。予約は取ってあるから」

 前を行くミカが扉を開ける。すると、カランカランと言う来客用のベルの音が店内へと足を踏み入れた二人を導き、同時に洋食の香りが優しく迎えた。

 イクスが店内を見回すと、ゆったりと設けられたカウンター席や、自然な仕切りの施されたテーブル席に座る多数の客が、料理に舌鼓を打っている様子が飛び込んでくる。その何れもが笑顔か、或いは一心に食べていることから、ここを初めて訪れた彼女に、店で提供される料理の味の良さを想像させた。

「いらっしゃいませ」

 そんな二人を待っていたように、ウェイターの青年が柔和な笑顔で応対した。

「この時間に、二名で予約していたミカ・セラヴィーです」

「ご予約のミカ・セラヴィー様ですね。少々お待ちください」

 ミカが自分の事を伝えると、青年ウェイターは、会計用の台に置かれた名簿を確認する。

「はい、確認いたしました。ご案内します。どうぞこちらへ」

 青年ウェイターの案内に従い、ミカ達は店の奥側へと歩いていく。カウンター席とテーブル席をそれぞれ左右に見ながら移動していくと、個室の並ぶ静かな場所へと辿り着いた。

 そして、青年はその内の一つで足を止め、扉を開ける。

「こちらのお部屋となります。御用命の際には、テーブルに備えてあります呼び鈴をお使いください」

「有難う」

 案内に礼を述べたミカは、イクスと共に個室へと入った。中は空調が利いているのか、快適な室温が保たれている。

 その内装は、古風でお洒落な洋食店の雰囲気に合致する、基本的な調度品が揃えられており、最近出来たばかりとは思えない、積み上げられた歴史の深さのようなものを感じさせた。

「へぇ、綺麗な部屋ね。内装も、雰囲気に合っていて良い感じ」

「このお店の周囲と比較すると、この洒落た洋装が、微妙に浮いて見えるんだけどねー」

 二人は席に着くと、早速メニュー表を開く。

「色々あるけど、まずは飲み物かしら」

「そうだねー。あ、お酒なら、お勧めはワイン系だね。ここのワインはどれも美味しかったし」

「ふぅん? ならスパークリングワインを頼もうかな。ミカも飲む?」

「当然。やっぱりお祝いだし、グラスでの乾杯はしたいじゃない?」

「あ、そう言えばそうだったわね。すっかり忘れていたわ」

「ま、私らは、一般的な人とは比べられないくらい超長生きだから、たまに忘れそうになるのも頷けるんだけどねー。私だってたまに、他の人に言われるまで忘れてたことあるし」

「不老不死も良し悪しよね。取り敢えず、最初の飲み物はスパークリングワインとして」

 二人は、話しながらも、手元に置かれていた注文をメモするための用紙を手に取ると、頼む予定のものを書き込んでいく。

 彼女たちが生きている今では、あらゆるものは指先一つで注文できる時代だったが、このレトロな様式が滅びる気配も無かった。

「料理は……。よし、今日は魚料理ー。ここは、肉も魚も美味しいから、どっちもオススメ」

「そっか。それは悩むなぁ。でも今日はどっちかと言うと、お肉の気分なんだよね。うん、鶏肉のソテーにしよう」

 そのような話を交わしながら、二人は少し迷いつつも、注文する飲み物と料理とを決めていく。

 そして、その全ての内容をメモ用紙に書き込み、呼び鈴へと手を伸ばした。


 それから一時間後。宴もたけなわとなった頃。

「ふぅ。結構食べたねー」

 何度目か空になったグラスと、脇に除けられた空の料理皿を見ながら、ミカは笑う。

「そうね。久しぶりにここまで食べた気がするわ」

 その様子を見たイクスが、空になったお互いのグラスにワインを注ぐ。

 注がれた液体によって満たされたグラスが、部屋の照明に淡く輝いた。

「改めて、誕生日おめでとう、イクス。もう何度目の誕生日かは忘れたけど」

「有難う、ミカ。こうやって、貴方に感謝するのも何度目かしらね?」

「ふふふ。ま、何度目だろうとお祝いするし、おめでとうって言うわ。私」

「なら、今度のミカの誕生日には、今日に負けないくらいのものを用意させてもらうわね」

「おー、楽しみにしとく。なら、それまでしっかり生きてないとね。では、私達のこれからに、かんぱーい」

「ついでに、今日と言う日を迎えられたことにも乾杯」

 そう言って、持ち上げたグラスをコツンと軽く接触させた。


 街を守護するために奮闘する二人は、こうしてまた一日をつつがなく終えていくのだった。

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