第39話 完全無欠少女、二人!

「いやちょっと待ってくれ!」


 ソリスの制止も虚しく、視界に映る風景が応接室から寝室へと移り変わった。


 背中に馴染みのある柔らかな感触がある。


 条件反射とでもいうべきか、普段ならこの柔らかさに包まれた途端すぅっと目蓋が重くなるのだが、今は身体にのしかかる重さが気になり眠れそうもない。


「ソリス、ソリスゥ~!」


 いつもより間延びした、甘ったるい声が胸元から聞こえる。


 この声を聞いていると、何か精神操作系の魔法でもかけられたのではと錯覚するほど高揚してしまう。


 脳を溶かされるような、それでいて本能を刺激するような。


 ありったけの理性をかき集めないと、思わずミエリィの背中へと腕を回してしまいそうになる。


 このまま流れに身を任せてしまえば良いのではないか。


 今この場に邪魔をするものなどいないのだから。


 王子の寝室に許可無く誰かが入ることなど無い。


 魔王とミエリィがどれほど親しい間柄なのかは知らないが、少なくともこの状況に追い込んだ張本人だ。


 ミエリィと何があろうとすぐに殺されることはないだろう。


 ウィリムス王も先の話し合いで娶るよう言ってきたくらいなのだから問題ないはずだ。


 ミエリィ本人だって流石に子をなしてしまえば、ソリスとの関係を受け入れざるをえないだろう。


 つまり、だ。


 ソリスが例えこのまま本能に従おうとも、自身に一切の不利益は生まれない。


 むしろ念願のミエリィを手に入れることができる最大のチャンスですらある。


「ミエリィ」


 ソリスはミエリィの肩を押していた腕から力を抜くと、そっとミエリィの両頬に手を添え引き寄せた。


「何ぃ、ソリス~?」


 トロンとした、エメラルド色の瞳と視線が重なる。


 いつもとは違う、艶やかな笑みが心をざわつかせる。


 ハラリとはちみつ色の髪がソリスの頬を撫でる。


 手の平に滑らかで柔らかなミエリィを感じる。


 まさに夢のような状況だが、身体にかかる柔らかな重みが現実だと教えてくれる。


 今この瞬間、ソリスが、ソリスだけがミエリィを感じている。


 鼓動が高鳴る。


 そっと親指でミエリィの唇を撫でる。


 瑞々しい、薄紅色のそれに己の物を重ね合わせたらどのような感じなのだろうか。


 壊れ物を扱うように、優しく何度も何度も指を滑らせる。


 心なしかミエリィの頬に差した赤みが強くなっている。


 潤んだ瞳を向けていたミエリィが、そっと目を閉じた。


 これから自身が何をされるのかわかっているかのように。


 唇を撫でていた指を離し、頬に手を添え直す。


 そしてーーーー。


らりするろ、そりすなにするの、ソリス?」


 ミエリィの頬を思い切り引っ張った。


「ミエリィ、自分に回復魔法をかけろ」


ろうひてどうして?」


「良いから早く」


 頬を引っ張る手に更に力を込める。


「……わかっはわわかったわ


 ミエリィの魔力を感じる。


 ちゃんと回復魔法を使ったようだ。


 先ほどまで潤んでいた瞳にはいつもの輝きを取り戻している。


 再びミエリィと視線が重なる。


 すると酔っていた時を凌ぐ勢いで、頬どころか顔中真っ赤になったミエリィがそこにはいた。


 頬を引っ張っていた手を離す。


「ソ、ソリス、えっとこれはね、その……」


「正気に戻ったなら退いてくれないか」


「そ、そうね!

 ごめんなさい」


 跳ねるようにミエリィがその身をどかした。


 漸く解放されたソリスはゆっくりと上体を起こした。


 俯き小さくなっているミエリィの姿が目に入る。


「ミエリィ」


「な、何かしら?」


「貴様、酔っぱらってはいたようだが、自意識もしっかりあっただろう?」


「な、何のことかしら?

 さっぱりわからないわ」


 それで隠しているつもりなのかと思うが、追求はすまい。


「まあ、貴様がそう言うのならそういうことにしておくが。

 いきなり退室してしまったからな、すぐに応接室へと戻るぞ」


「そうね……」


 そっとベッドの上から降りる。


 転移で直接来たため靴は履いたままだ。


 ソリスは1つ伸びをしてから、俯いたままのミエリィと向かい合う。


「いつまでそうしている、顔を上げないか」


「……ええ。

 っ!」


 額を押さえて固まるミエリィ。


 その顔は火球のように真っ赤になっている。


「今はそれで許してくれ。

 ほら、行くぞ。

 今後の人族と魔族の関係を決める重要な話し合いだ。

 ここまできて蚊帳の外では納得がいかないからな」


「ええ、そうね!」


 足早に応接室へと向かうソリスの耳が敗けず劣らず赤くなっていることを、ミエリィはしっかり確認して微笑んだ。





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