第38話 完全無欠少女、暴走!

 ◇


 突然晩酌の相手がいなくなってしまったことを少し寂しく思いつつ、グラスを傾けていた時だった。


「魔王様、大変です!」


 1人の兵が駆け込んできた。


 普段ならこんな夜更けに誰かが訪ねてくることなどない。


 ましてやノックもなく魔王の私室に入るなど、ミエリィでもなければありえない。


「何があった?」


 グラスを置き、自身に回復魔法をかけて酔いを醒ます。


 魔王がでなければならないほどの緊急事態なのかもしれない。


 それがいったいどれ程の事態なのか魔王本人にも想像できないが、少なくとも夜番の兵たちだけでは対処不可能であるということは間違いない。


 くつろぎの時間を台無しにされたことに何も思わないわけではないが、魔族を統べる者として義務を果たさないわけにはいかない。


「それが、突然城内外に花が咲きました!」


「はあ?」


 上に君臨する者にあるまじき声が漏れる。


 だがこれは仕方のないことだろう。


(花が咲いただと?

 いったい何の話だ?

 まさかそれだけのことで呼びにきたわけでもあるまい)


 花が咲いたからといって夜中に部屋へ押し寄せてくる者など、世界中探してもあの馬鹿くらいなものだろう。


「詳しく説明しろ」


「はっ!

 見回りをしていたところ、突然城の周辺や城壁、城内の壁や床などから大量の花が咲き始めたのです。

 その花はどうやら普通の植物ではないらしく、除去しようにも手では抜けず、刃物でも斬ることができませんでした。

 城内で魔法を使うわけにもいかず、解決の目処が立たないまま花はスゴいスピードで増殖を続けています」


 いったい何が起こっているのだろうか。


 普通壁や床から花が生えたりなどしない。


 刃物で斬れない花などあるはずもない。


 そんな現実離れした植物が急速に増殖している。


 明らかに異常事態ではあるのだが、どうにも何かが引っ掛かる。


「その花に何か害はないのか。

 毒を撒き散らしたり、兵を襲ったり」


「いえ、私が確認した範囲ではそのような被害はありません」


 無害の植物か。


 いや、こうして魔王のところにまで報告がくる事態になっている以上、無害ではないのかもしれないが。


「その花はどのようなものだ?

 なんでも良いから特徴を上げよ」


「はっ!

 咲いている花は1種類ではありませんでした。

 私はあまり花に詳しくありませんので断言はできませんが、魔族領内で見かけたことのない花もあったかと。

 種類は様々ですが、どの花も総じて丈が低く、見映えの良い花というよりは可愛らしいと形容するのが正しいと思わせる見た目でした」


 いくつか思い浮かべていたものがあったが、それらはどれも魔物の類いだ。


 無害だといわれた時点で違うとは思っていたが、やはり異なるようだ。


 あれらを見て可愛らしいなどと言う奴はいないだろう。


 可愛らしい、か。


 そういえばつい最近可愛いという言葉をどこかで聞いたような……。


「!

 ……まさかあの馬鹿の仕業か?」


 いや、そうとしか考えられない。


 ミエリィはこの城を可愛くないと言った。


 だから城中に花を咲かせて、#可愛く__・__#したのだろう。


 短時間で植物の成長促進など普通はできない。


 それは魔王である自身の力を持ってしてもだ。


 だがミエリィならば、それくらいのことやってのけても不思議ではない。


 それどころか、話から察するに無から花を咲かせたのだろう。


 たかが花とはいえ、広義では我々と同じ生命体だ。


 命あるものを産み出すほどの力。


 それは神の所業。


 決して人族などにできるはずもない。


 背中に冷たいものが伝った。


 その事実に気づき、思わず苦笑する。


 魔王と呼ばれるようになって、何かに怯えたことなどあっただろうか。


 それがまさかあんな小娘に。


 いや、ただの小娘ではないか。


 絶大な力を持ちながら、酔っぱらって暴走しても、誰1人傷付けることなく花を咲かせるだけのお人好しの馬鹿。


 何度言ってもノックはしないし、勝手に押し掛けてくる自由人。


 ーーそして、大切な友人。


 友人ならば、酒の席での失態の1つくらい大目に見てやるとするか。


「我はこれから馬鹿を止めてくる。

 皆には待機しているよう伝えておいてくれ」


 魔王は手間のかかる友人を迎えに行くためにその場を後にした。


 ◇


「それから我は城門の上で寝こけているこいつを回収した後、花の撤去に追われることになった。

 厄介なことに咲き誇っている全ての花に強力な状態保存の魔法がかけられていてな。

 城内にこいつの魔法を解ける者など我しかおらぬから、1人徹夜での作業だ。

 それも城内だけならいざ知らず、最終的に魔王城を取り囲む周囲500mほどが花畑に変えられていた。

 流石の我でも魔力が枯渇するかと思ったぞ。

 そしてやっとの思いで作業を終え、城に戻ったときにはこいつの姿はなかった」


 魔王は目を細めミエリィを睨んだ。


 その視線がソリスに向けられようものなら、恐怖に竦み上がってしまうであろうことは想像に難くないが、当の本人は美味しそうにどこからか取り出したお菓子をニコニコしながら食べている。


「あらもったいない。

 そんなお花畑があったのなら私も見てみたかったわ!」


「貴様がやったのであろうが!

 想像してみろ。

 魔族の王たる我の居城が花畑にあっては威厳がなくなるであろう」


 ソリスは辺り一面に広がる可愛らしい花畑で魔王が軍を指揮する姿を想像して、思わずにやけそうになるのを必死にこらえる。


「そうかしら?

 とっても素敵だと思うわ!」


「……貴様に同意を求めた我が馬鹿だった。

 とにかくだ、こいつに酒を飲ませるとどう暴走するか皆目見当がつかん。

 我の場合は花を咲かせるくらいのことで済んだが、もしこいつが『ここ、汚れているわね。そうだわ!掃除をしましょう!』などといって辺り一面更地にでもした日には目も当てられないぞ」


 魔王の言葉を聞き、ソリスは思わず身震いした。


 まさかミエリィがそのようなことするとは思わないが、酔っぱらって理性を失えばその限りではないかもしれない。


 遠方の外壁を拳圧で破壊できるのだ。


 魔法を併用すれば辺り一帯を更地にすることなどわけないだろう。


「ミエリィ、酒は絶対に飲むなよ」


 ソリスは真剣な眼差しでミエリィに訴えた。


 その忠告が既に手遅れであるとも知らずに。


「ふぅ……。

 ん、そうね~」


 なぜだろう。


 ミエリィの目がトロンとして、頬がほのかに染まっているように見える。


「……おい、ミエリィ。

 その手に持っているものは何だ?」


「え~、これ~?

 これはねー、甘くて苦くて不思議な味がしたの~!」


「飲んだのか!」


 いったいいつの間に。


「……ねえ、ソリス」


 ユラリと席を立つミエリィ。


 ソリスは思わず身構える。


「落ち着け、ミエリィ。

 酔いが醒めるまで寝たらどうだ。

 部屋を用意させよう」


「……ソリスゥ」


 うわ言のようにソリスの名前を口にしながら、フラフラと近づいてくる。


 足元が覚束ないようで見ていて危なっかしいが、それどころではない。


「危ないぞ、ミエリィ。

 席につこう、な」


「ソリスゥ~~!」


「うわぁっ!」


 突然飛び付いてきたミエリィに押し倒される形で床に転がる。


 毛足の長い絨毯が敷き詰められているので痛みはなかったが、認識が状況に追いつかない。


「ソリス、ソリス、ソリス~♪」


 ミエリィはソリスの胸に埋めた顔をスリスリと擦り付けた。


 身体にのしかかる柔らかな感触に、思わず本能に負けそうになるが、歯を食いしばってどうにか耐える。


 どうにか引き剥がそうと肩を掴んで押してみるが、びくともしない。


 身動きができない割りに押さえつけられている感覚がないので、力ずくで押し倒されているのではなく、魔法で床に固定されているのかもしれない。


「ミエリィ、退いてくれ!」


「嫌よ!

 だって私、ソリスが大好きだもの♪」


 衝撃的な台詞に僅かな理性さえも崩れてしまいそうになる。


(落ち着け。

 こいつは今酔っぱらっているんだ。

 それにミエリィだぞ。

 どうせ友人として好きとかそういった意味に違いない!)


 もがけばもがくほどミエリィと密着しているという事実を認識する羽目になる。


 どうにかこの状況を抜け出さなければならない。


 これが2人だけの空間ならば、ミエリィの好きにさせるという手もあるのだが、残念ながらそうではない。


 ウィリムス王の前で戯れるなど不敬が過ぎる。


 それ以上に実の親の前でこの痴態は恥ずかしすぎる。


 その時、この状況を脱する為の神の一声が聞こえた。


「ミエリィよ、床に押し倒してはソリス王子も痛いであろう。

 戯れるなら彼の寝室にでも行ってからにしたらどうだ」


 ……いや、聞き間違えだった。


 神などではなく悪魔、否、魔王だった。


(その提案はいくらなんでもまずいだろう!)


 ソリスの心の叫びは、しかしなが魔王には届かない。


「確かにそうね~!

 それじゃあ、ソリスの部屋に行きましょう!」


「いやちょっと待……」


 ソリスの訴えも虚しく、応接室から2人の姿が消えた。


「……魔王よ、大丈夫なのか?」


「心配あるまい。

 先は少し脅かしたが、ミエリィが誰かを傷付けることなどあるまい。

 それにソリス王子なら尚更だ。

 なんといっても彼はミエリィのお気に入りだからな。

 まあ、ウィリムス王が心配するとしたら孫ができることくらいだろうな」


「何を他人事のように。

 魔王が仕向けたのではないか」


「こんなところで若人たちに営みを始められても困るだろう?

 アイツの子ならば比類なき才能の持ち主が産まれるに違いない。

 良かったな、これでこの国は安泰だ」


「だと良いのだがな。

 ソリスはミエリィ嬢の意見を尊重するなどといって、仮に結ばれてもこの国に留まるか怪しいのだ」


 やれやれといった様子で肩をすくめるウィリムス王。


「賢明な判断だと思うぞ。

 ミエリィを縛り付けることなど不可能だろうからな。

 むしろ自由にさせていた方が、大人しくしているかもしれない。

 まあ、その話は今は良い。

 長くなったが本題に入るとしよう。

 魔族と人族の停戦について、な」







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