第37話 完全無欠少女、酔っぱらい?

「ソリス王子だったか、貴殿も飲んでみるが良い。

 ウィリムス王の子なのだから、酒に弱いということもあるまい」


「はあ、ではご相伴にあずからせていただきます」


 グラスに注がれた黄金色の液体を一口含む。


 舌を刺激するこの感じ、発泡酒か。


 鼻腔を通り抜けるほのかな麦の香り。


 口の中に広がる苦味はなるほど、人によって好みは分かれるであろうが、ソリスは嫌いではなかった。


 ウィリムス王国で流通している酒は、そのほとんどが果実を原料としている。


 ソリスはウィリムス王ほど酒が好きなわけではなかったが、それでも嗜む程度には飲んでいた。


 酒一つとっても我が国と魔族ではこれほどの違いがある。


 もし魔族と交易をするような関係になるとしたら、いったいどれだけの驚きが待っているのだろうか。


 今となってはそのような未来あるはずないと切り捨てることもできなくなった。


 いずれ訪れるかもしれない未来にソリスは少しの不安とともに、未知への好奇心で胸を踊らせた。


「せっかくだ、ミエリィ嬢もどうかね。

 ウィリムスの果実酒には女性でも飲みやすいものがあるから用意しよう」


 ウィリムス王がミエリィに酒を勧めようとした瞬間、陽気に笑っていた魔王の表情が白くなった。


「待て、ウィリムス王よ。

 ミエリィに酒はまずい!」


 魔王の慌てぶりは己の目を疑うほどだった。


 これほど動揺した魔王の姿など、戦場でも見た者はいないだろう。


「おや、ミエリィ嬢は酒が苦手だったかな?」


「違う、そんなレベルの話ではない。

 ミエリィが酔っぱらったが最後、この国がどうなっても知らんぞ」


「はっはっは!

 魔王よ、ミエリィ嬢が学院で優秀な魔術師であることは知っているが、いくらなんでも酔っぱらい1人で国がどうにかなるはずあるまい」


「ウィリムス王、まさかミエリィの力を知らないのか?

 知った上でその発言をしているのであれば、正気を疑うぞ」


 魔王のあまりに無礼な発言、しかしソリスもウィリムス王も魔王が真剣に言っているということはその鬼気迫る表情で理解した。


「魔王陛下、ミエリィはいったい何をしでかしたのでしょうか」


 ソリスの言葉を受けた魔王は、席にかけ直すと一口酒をあおってから口を開いた。


「あれは私が1人で晩酌をしているときだった……」


 ◇


 バンッ


「魔王、遊びに来たわ!」


 私室へ乱入してきた人物を見て魔王は溜め息をついた。


「……ノックしてから扉を開けろ。

 それに何時だと思っているんだ、ミエリィ。

 大人しく帰って寝ろ」


「あら、何を飲んでいるのかしら?」


「人の話を聞かぬか!

 ……はあ、見ての通り晩酌しているだけだ」


「う~ん!

 とっても良い香りがするわ!

 私も飲んでみても良いかしら?」


 いつも1人で酒を飲んでいた魔王にとって、ミエリィの提案は驚きの者だった。


 巷では仲の良いもの同士で酒を酌み交わしながら、語らいをするという。


 仮にもこの我の友を名乗るのだ、ミエリィは晩酌の相手として申し分ないのでは?


 普段の魔王であればこのような判断はしないであろう。


 しかしながら、酒によって気分が高揚していた状態で、誰かと酒を飲むという心の隅で憧れていたことを実現できるという誘惑に魔王の理性は勝てなかった。


「ふん、貴様でも晩酌の相手くらいにはなろう。

 そこに座るが良い」


 魔王は向かいの席に腰かけたミエリィに、酒を注いだグラスを差し出した。


「ありがとう!

 早速頂くわ!」


 魔王からグラスを受け取ったミエリィは、ゴクゴクと瞬く間に飲み干してしまった。


「そんなに慌てなくてもおかわりはまだある。

 一気に飲むと体に良くないぞ」


 まあ、この常人離れしたミエリィが酒で体を壊す姿など想像できないが。


「……いわ」


「ん?

 何か言ったか?」


「……可愛く、……ないわ」


「可愛い?

 何の話だ?」


 バンッ!


 突然机を叩いて立ち上がるミエリィ。


(こいつ、何かおかしくないか?)


「おいミエリィ、どうかしたのか」


「このお城、ぜんっぜん可愛くないわ!」


 そういって魔王を見つめるミエリィの頬は真っ赤に色づいていた。


「貴様、まさかもう酔っぱらったのか?」


 魔王の攻撃を食らってもなお無傷でいられるミエリィが、酒ごときで酔うなどとてもではないが信じられなかった。


「決めたわ!

 私がこのお城を可愛くしてみせる!」


「おい、ちょっと待て。

 貴様、いったい何を……」


 最後まで言葉を紡ぐ暇もなく、ミエリィは転移魔法を使用して姿を消した。


 ◇


「微笑ましいエピソードではないか」


「微笑ましいわけあるものか!」


 暢気に笑うウィリムス王と、そのときのことを思い出して辟易している魔王。


 同級生として時を共にしてきたソリスにはわかる。


 ミエリィがどれ程厄介な存在なのかということが。


 ミエリィを知らぬ者が聞けばウィリムス王の言うように微笑ましい話だが、なぜだろう、ソリスの背中には冷たいものが伝っていった。


 チラッとミエリィのほうを見ると、「そんなことあったかしら?」と腕を組んで考え込んでいた。


 その姿はたいへん可愛らしいものであったが、ソリスは騙されない。


「魔王陛下、それでミエリィは何をしたのでしょうか」







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