第27話 完全無欠少女、手中?

 汚れ仕事を生業としている俺たちの仕事は多岐にわたる。


 移動中の商人を襲って積み荷を奪う盗賊業やターゲットを殺害する暗殺業。


 そして人身売買用の商品を仕入れるための人攫い。


 盗賊業や人攫いは護衛がいる場合は別だが、基本的に相手を殺すことはない。


 商人を殺してしまうと単純にターゲットが減ってしまうし、命の危機があるとなると商人が護衛を雇ったり、討伐隊が派遣されやすくなってしまうからだ。


 人攫いに関しては、殺してしまっては元も子もない。


 暗殺業については正直あまりしたことはない。


 仲間の中に潜伏能力に長けた者がいないため、街中での暗殺は困難を伴う。


 暗殺するとしたらターゲットが1人、街から街へと移動する道中を狙う場合だが、基本的にターゲットになるような人物は腕の立つ護衛を雇うため成功率が高いとはいえない。


 今回の仕事は人攫いだった。


 ただ、誰でも良いというわけではなく、貴族を拐うという難易度の高いものだ。


 普通、貴族というものは護衛を引き連れて移動する。


 そのため拐うのは容易ではないのだが、それにも抜け穴がある。


 ローランド魔術学院だ。


 学院に在籍する生徒はそのほとんどが貴族である。


 依頼人の指定は貴族であれば誰でも良いということなので、相手の身元を調べる必要が無い分難易度が下がる。


 貴族なら誰でも良いとは随分適当な気がするが、依頼人には拐った貴族の身元を調べる手段があるのだろう。


 仕入れた貴族を効果的に利用するのが依頼人の仕事というわけだ。


 そして俺たちは適当に拐って依頼人に届けるのが仕事。


 それで僅かにいる平民を引き当ててしまったら運がなかったと受け入れるだけだ。


 互いに自分の仕事だけしてくれれば後はどうでも良いというスタンスで仕事をしている。


 いざとなれば平気で相手のことを切り捨てるし、それが汚れ仕事をするということだろう。


 また、学院の生徒は演習と称して街の外に魔物を討伐しに来る。


 特に少人数で演習を行う場合があるため、そこが狙い目だ。


 それでも学院に入学できるような人物は魔術師として優れているので、俺たち程度の力では例え相手が1人でも正面から拐うのは難しいように思えるだろう。


 だが学院の生徒は確かに魔術師としては優秀かもしれないが、戦士としては素人だ。


 温室育ちで実践経験に乏しいため、不意打ちすれば俺たちでも容易く捕らえることができる。


 実際に今回拐った坊っちゃんは簡単に捕まえることが出来た。


 対人戦をしたことがないのか、発動しようとしていた魔法を途中で止めていたし、魔力障壁で攻撃を防いだ後も隙だらけだった。


 睡眠作用のある煙を嗅がせれば、優秀な魔術師でも関係ない。


 後は魔封じの手枷をはめて連れ帰るだけだ。


 坊っちゃんが戻らなければ遅かれ早かれ追跡が出るだろうから、その撹乱をすることも忘れない。


 坊っちゃんの上着を脱がしナイフでズタズタに裂いた後、獣の血を染み込ませておけば魔物に襲われたかのように偽装できる。


 少し調べればそれが坊っちゃんの血ではなく獣の血だとばれるだろうが、その少しの時間を稼げれば十分だ。


 さっさと依頼人に坊っちゃんを引き渡して、俺たちはしばらく身を潜めていれば良い。


 ◇


 いくつかある根城のうち、この辺りで活動する際に使用している洞窟まで戻ると、坊っちゃんを牢へと放り込んだ。


 拐ったことは依頼人に連絡したので、後は引き取りに来るのを待つだけだ。


「おい、貴族様が目を覚ましたみたいだぜ」


 酒を飲みながらカードで遊んでいると、坊っちゃんが目を覚ましたようだ。


 睡眠薬の効果が抜けきっていないのか、虚ろな瞳をしていた坊っちゃんだったが、状況を理解したのか食いかかってきた。


「貴様ら、これはいったいどういうつもりだ。

 俺が誰だか分かっているのか」


 魔封じの手枷をつけられて囚われているというのに元気の良いことだ。


「あん?

 あんたが誰かなんて知るかよ。

 学院の生徒なら貴族様に違いねえ。

 それだけ分かれば、俺たちは問題ないんだよ」


 仲間が言った通り坊っちゃんの身元なんてどうでも良い。


 深入りして良いことなんか1つもない。


「目的はなんだ。

 金か?」


「ああ、そうだとも。

 俺たちみたいな奴は貴族様と違って金が無いんでな。

 貴族ってのは高く売れる。

 それに学院の生徒なら魔術師としても優秀なんだろ?

 そんな良い商品がこんなに簡単に手にはいるんだから、楽でいいぜ」


 腹を抱えて笑う俺たち。


 こんなにペラペラしゃべりやがって大丈夫か?と僅かに残っている冷静な部分が警告してくるが、俺を含めみんな酒の回りが良いのか、すっかり出来上がっていた。


 一度滑り出した舌は止まりそうもない。


「貴族を売るだと?

 そんなことができるわけないだろう」


「ふん、これだから温室育ちのガキは。

 いいか、どこの世界にも需要と供給、そしてそれを仲介する奴はいるんだよ。

 詳しくは知らないが、貴族なんてものを買うのは大抵貴族なんだよ。

 大方、国同士の交渉材料にでも使うんだろう。

 まあ、俺たちは金さえ貰えれば後のことはどうでもいいがな」


 その時、俺たちの前に信じられない光景が起こった。


「面倒なことをするのね。

 そんなことしなくても普通に会って話し合えば良いのに」


「魔族がいるから争ってこそいないが、国は対等ではないんだ。

 より上等な交渉材料を持つ国が、有利に話を進められる。

 誰も彼もが貴様のように暢気な思考をしている訳ではない」


「そういうものなのね。

 でも、私は人を拐って売買するより、その人と仲良くなった方がずっと素敵だと思うわ!」


「貴様は強いからそういう思考になるのかもしれないが、それではいつか必ず騙されて痛い目をみることになる……ぞ?」


 牢の中に知らない女がいる。


 いつだ、いつからいた?


 さっきまでは確かに坊っちゃんしか牢の中にいなかったはずだ。


 そう広い牢じゃない。


 もちろん隠れる場所なんか無いから見落とすはずもない。


「おい、貴様!

 いったいどこから入りやがった!」


 突然現れた女に俺たちの警戒レベルは跳ね上がる。


 それぞれ手近にあった武器を取り構える。


「ソリスが迷子になったみたいだったから探しに来たの!」


 女は日溜まりのような笑顔で答えた。


「ミエリィ、感謝する。

 貴様がいるのなら脱出くらい容易いだろう。

 早くここから出してく、れ?

 ……おいちょっと待て、なぜ貴様は牢の中にいる?

 それになぜ魔封じの手枷をしているのだ?

 まさか貴様も捕まったのか?」


 確かに坊っちゃんの言う通り女は魔封じの手枷をしているようだった。


 それに坊っちゃんとのやり取りを見る限り、知り合いではあるが坊っちゃんが手引きしたわけではなさそうだ。


 いったいどういうことだ?


「いいえ、違うわ。

 ソリスを探していたら牢の中にいたから私も入ってみたの。

 それに私、前に教えてもらったことがあるの。

 牢に入るときはこれをつけるのが決まりなんでしょ?」


 武器を向けられているというのに緊張感の無い声で話す女。


「よくわからないが、商品が自分からやって来てくれるなんてついてるぜ」


 仲間の1人が笑みを浮かべながら言った。


「それによく見ろ。

 こんな別嬪、なかなかお目にかかれるようなもんじゃねえ」


「確かにそうだな。

 元々今回の商品は貴族の坊っちゃん1人の予定だったんだ。

 それならこいつは売らずに俺たちが使っても良いんじゃないか?」


 こんな生活だ、街への出入りは避けたいので娼館へ行く機会も滅多に無い。


 この好機を逃す手はない。


「はは、そりゃ良いぜ。

 このところ女日照りだったからな、丁度良い」


 欲望に染まった俺たちの視線が女を嘗め回す。


「貴様ら、ミエリィに指一本触れてみろ。

 俺が灰も残さず消してやる!」


「おうおう、ガキがいっちょ前に格好つけやがって。

 魔封じの手枷をつけられた魔術師がどうやって女を守るのか見物だな、おい」


「ほどほどにしておけよ。

 その坊っちゃんは商品なんだから、間違って殺したりしたら売れなくなっちまう」


「分かってるって、殺しゃしないよ。

 ちょっと遊んでやるだけだ。

 おいガキ、今からお前だけ牢から出してやる。

 もし、俺からこの鍵を奪うことができたら、そっちの嬢ちゃんと一緒に逃げても良いぜ」


 得体の知れない女が俺たちに気がつかれることなく侵入してきているというのに、あまりに危機感の無い会話。


 心のどこかでは理解しているのに、止めることができない。


「今の話、違えるなよ」


 坊っちゃんが鋭い視線で睨み付けてくる。


 こういう目をしたやつがしぶといことは経験から知っている。


 だが魔封じの手枷をした魔術師に俺たちが負けるようなことはありえない。


 どこかふわふわした思考の中で、俺は手の中に転がり込んできた女をどうしてやろうか想像していた。


 手の中にいるのはどちらなのか気がつきもせずに。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る