第26話 完全無欠少女、人攫い!

「ん……」


 なんだか頭がボーッとする。


 ソリスが重い瞼をゆっくり開けると、岩壁が目に入った。


 どうやら俺は横になっているらしい。


 どこだ、ここは?


 俺はいったい何をして……


 靄がかかったかのようにハッキリとしない思考を無理やりは働かせて自分の置かれた状況を考える。


 確か演習で魔物を倒しに森に来て……、敵の気配を感じた俺は単独で倒しに向かって、それで……


 っ!


 あの男たちはどこだ?


 地面に転がされていた体を起こそうとして違和感に気がついた。


 どうやら後ろ手に拘束されているらしい。


 しかもご丁寧に魔封じの手枷が使われているようだ。


 魔法を発動させようとしても、魔力が何かに塞き止められている感じがして上手く発動できない。


「おい、貴族様が目を覚ましたみたいだぜ」


 声のする方へと視線を向けると、そこには5人の男たちがいた。


「貴様ら、これはいったいどういうつもりだ。

 俺が誰だか分かっているのか」


 一国の王子を拐っているのだ。


 その事実が知られれば、国や学院を挙げての捜索が行われることは間違いないだろう。


 人攫いの目的が何かは知らないが、金銭目的ならあまりにリスクと釣り合わない。


「あん?

 あんたが誰かなんて知るかよ。

 学院の生徒なら貴族様に違いねえ。

 それだけ分かれば、俺たちは問題ないんだよ」


 やはり俺が目的ではなかったか。


 まあ、貴族だと分かって拐っている時点で高いリスクがあることは折り込み済みなのかもしれないが。


「目的はなんだ。

 金か?」


「ああ、そうだとも。

 俺たちみたいな奴は貴族様と違って金が無いんでな。

 貴族ってのは高く売れる。

 それに学院の生徒なら魔術師としても優秀なんだろ?

 そんな良い商品がこんなに簡単に手にはいるんだから、楽でいいぜ」


 ギャハハハと品のない声で笑う男たち。


 こんな奴らに拐われたのだと思うと屈辱的だが、今は少しでも情報が必要だ。


 助けを待ってもいいが、自力で脱出できるのならそれに越したことはない。


「貴族を売るだと?

 そんなことができるわけないだろう」


「ふん、これだから温室育ちのガキは。

 いいか、どこの世界にも需要と供給、そしてそれを仲介する奴はいるんだよ。

 詳しくは知らないが、貴族なんてものを買うのは大抵貴族なんだよ。

 大方、国同士の交渉材料にでも使うんだろう。

 まあ、俺たちは金さえ貰えれば後のことはどうでもいいがな」


 他に人身売買を仲介する者がいるのか。


 目の前の奴らに貴族を相手に商売をできるほどの知性は感じられないから、そうだとは思ったが。


 こいつらを処罰するのは当然だが、後で人身売買の販路を調べる必要がありそうだな。


 いや、国の間で貴族の身柄のやり取りが行われているのなら、陛下や兄上たちがその事実を把握していないとは思えない。


 もしかしたら、ウィリムス王国が主導して行っている可能性だってないとはいえない。


 俺だって王子だ。


 国の運営が綺麗事だけではできない事くらいわかっている。


 これは慎重に調査する必要がありそうだ。


「面倒なことをするのね。

 そんなことしなくても普通に会って話し合えば良いのに」


「魔族がいるから争ってこそいないが、国は対等ではないんだ。

 より上等な交渉材料を持つ国が、有利に話を進められる。

 誰も彼もが貴様のように暢気な思考をしている訳ではない」


「そういうものなのね。

 でも、私は人を拐って売買するより、その人と仲良くなった方がずっと素敵だと思うわ!」


「貴様は強いからそういう思考になるのかもしれないが、それではいつか必ず騙されて痛い目をみることになる……ぞ?」


 俺はいったい誰と話しているんだ?


 いや、まさかそんなはず。


 慌てて声のした方へ振り返ると、そこにはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべたミエリィの姿があった。


「おい、貴様!

 いったいどこから入りやがった!」


 俺が呆然としていると、男の1人がミエリィに向かって怒鳴り声を上げた。


「ソリスが迷子になったみたいだったから探しに来たの!」


 ミエリィが俺を探しに来てくれたというのか!


 その事実に嬉しさが込み上げるが、今はそんな場合ではない。


「ミエリィ、感謝する。

 貴様がいるのなら脱出くらい容易いだろう。

 早くここから出してく、れ?

 ……おいちょっと待て、なぜ貴様は牢の中にいる?

 それになぜ魔封じの手枷をしているのだ?

 まさか貴様も捕まったのか?」


「いいえ、違うわ。

 ソリスを探していたら牢の中にいたから私も入ってみたの。

 それに私、前に教えてもらったことがあるの。

 牢に入るときはこれをつけるのが決まりなんでしょ?」


 手枷のついた腕を私に見せてくる姿は、まるでお気に入りのおもちゃを自慢してくる子供のようで微笑ましかった。


 だが、どう考えてもミエリィが来てくれたことで状況が悪化したようにしか思えない。


 いくらミエリィが優れた魔術師でも、魔封じの手枷をされてしまえば非力な娘に過ぎない。


 それにミエリィも貴族であり、魔術師だ。


 男たちの言う良い商品に違いない。


 そしてミエリィの容姿は目が眩んでしまいそうになるほどに美しい。


 そんな娘が動きを封じられた状態で品のない男たちの前に放り出されたらいったいどうなるか。


「よくわからないが、商品が自分からやって来てくれるなんてついてるぜ」


「それによく見ろ。

 こんな別嬪、なかなかお目にかかれるようなもんじゃねえ」


「確かにそうだな。

 元々今回の商品は貴族の坊っちゃん1人の予定だったんだ。

 それならこいつは売らずに俺たちが使っても良いんじゃないか?」


「はは、そりゃ良いぜ。

 このところ女日照りだったからな、丁度良い」


 欲望に染まった男たちの視線がミエリィを嘗め回す。


「貴様ら、ミエリィに指一本触れてみろ。

 俺が灰も残さず消してやる!」


 ミエリィを男たちの視線から遮るように背中に隠す。


「おうおう、ガキがいっちょ前に格好つけやがって。

 魔封じの手枷をつけられた魔術師がどうやって女を守るのか見物だな、おい」


「ほどほどにしておけよ。

 その坊っちゃんは商品なんだから、間違って殺したりしたら売れなくなっちまう」


「分かってるって、殺しゃしないよ。

 ちょっと遊んでやるだけだ。

 おいガキ、今からお前だけ牢から出してやる。

 もし、俺からこの鍵を奪うことができたら、そっちの嬢ちゃんと一緒に逃げても良いぜ」


 男は俺に鍵束を見せた。


 恐らくあの中に牢の鍵と手枷の鍵があるのだろう。


 どうしてこうなった。


 確かに脱出するつもりはあったが、それは隙をついて行う予定であり、決して正面から男たちを倒そうだなんて考えてなかった。


 魔法を使わない、多少の護身術は身に付けているが、どれもこれも手を使うものばかりだ。


 手枷を着けた状態で闘えるほど、俺は強くない。


 だがしかし、ここでやらなければミエリィは目の前の男たちの慰み者となってしまうだろう。


 そのようなこと王子として、否、男として容認するわけにはいかない。


 惚れた女1人守れずして何が男だ。


「今の話、違えるなよ」


 俺は嫌らしい笑みを浮かべた男たちを睨み付けた。





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