第14話 完全無欠少女、招待!

「ミエリィちゃんの淹れた紅茶、本当に美味しいね」


「ああ、いい香りだ」


「ありがとう!

 ハイトはどうかしら?」


「はい、とても美味しいです」


「そう、なら良かったわ!」


 そっとティーカップを口へ運ぶ。


 お世辞ではなく、ミエリィ嬢の淹れた紅茶はとても美味しかった。


 ワイナンス公爵家で執事見習いとして生活する中で高級な紅茶を飲むことはあったが、それに引けをとらない香りと味をしていると思う。


 こんな女子に囲まれた状況でなければ素直にこのお茶を楽しむことができただろう。


 女子3人に男子1人というなんともいたたまれない空間に、自然と体を縮こまらせる。


 どうして俺はここに居るのだろうか?


 ◇


 時間は少し遡る。


「みんなでティーパーティーをしましょう!」


 明るい声が放課後の教室に響いた。


 本日の授業が全て終わり、先生が教室を出ていったタイミングで1人の女子生徒が提案した。


 言わずもがなミエリィ・マイリングである。


 彼女の言葉を聞いて教室は静まり返った。


 生徒の半数は突然の提案に対し困惑していただけだが、もう半数はミエリィ嬢の振る舞いに対する怒りを覚えていた。


 当然だ。


 貴族の産まれとはいえ所詮は小国の子爵家に過ぎない。


 より高貴な身分の者がひしめき合うこの教室においてミエリィ嬢は招待される立場でこそあれ、相手を呼びつけていい身分ではないからだ。


 平等を謳っている学院とはいえ、それはあくまで学業においてだ。


 放課後のプライベートにおいて、その言葉の効力はそれほど高くない。


 不快に思っているにも関わらず誰も彼女の言葉に文句を言わないのは、ミエリィ嬢と関わりたくないからだろう。


 この世界は武力が全てではないとはいえ、目の前で見せつけられた圧倒的な力に本能が恐怖しているのだ。


 その顔に怒りを滲ませつつも、生徒たちは無言で教室を出ていった。


 困惑していた生徒たちもミエリィ嬢を一瞥した後、先に出ていった生徒を追いかけるように教室を後にした。


 ミエリィ嬢と権力者を天秤にかけて、権力者に軍配が上がったのだろう。


 ミエリィ嬢が暴君だったなら違った結果になったかもしれないが、入学してから日が浅いとはいえ少なからず彼女が善良である姿を見ていたからこその選択だろう。


 自分に害のない強大な存在より、害する可能性のある権力者の方が恐いのは当然だ。


「あら残念。

 皆用事でもあるのかしら?

 まあいいわ、皆はまた今度誘うことにしましょう」


「ミエリィちゃんはめげないねー」


「?

 何のことかしら?」


「ううん、何でもないよ」


「そう。

 エルはこのあと予定大丈夫かしら?」


「大丈夫だよ」


「なら良かったわ!

 エリスはどうかしら?」


「ミエリィが開く茶会なら参加させてもらおう」


「それじゃあ後は……、ハイトはどうかしら?」


 教室を見回していたミエリィ嬢の視線が俺で止まった。


 しまった!


 ボーッと成り行きを見守っていたせいで、教室から脱出するのを忘れていた。


 ワイナンス公爵家に仕えるものとして、俺にとっての正解は権力者に続くことだ。


 それが最もワイナンス公爵家に迷惑をかける可能性が少ない。


「いや、俺は……」


 そこまで言葉にしたところで、ふとルヴィリアお嬢様のことを思い出した。


 このところお嬢様は顔を合わせる度にミエリィ嬢のことについて質問してくるのだ。


 とんでもない力を持つミエリィ嬢だが、彼女はその事がなくても新入生代表に選ばれる実力者だ。


 Bクラスのお嬢様は普通に授業を受けていたので、ミエリィ嬢の力のことを知るはずもないが、お嬢様も優れた魔術師だ。


 自分を差し置いて新入生代表に選ばれたミエリィ嬢に興味を持ってもおかしくない。


 お嬢様がミエリィ嬢に興味があるというのなら、ここは招きに応じることでミエリィ嬢との縁を築くのも手かもしれない。


「俺も参加していいですか」


「もちろんよ!

 歓迎するわ」


 そう言いながら俺の手を握ってくるミエリィ嬢。


「ひぃっ」


 未婚の男女の安易な接触を良しとしない貴族社会の末端で生きてきた俺にとって、同年代の女性に触れる機会などほとんどない。


 ここ数年で触れた異性といえば、身内を除けば精々お嬢様くらいだ。


 そんな俺の手をミエリィ嬢が握っているだと?!


 お嬢様にも匹敵する美貌の持ち主であるミエリィ嬢が俺の手を!


「おい、ミエリィ。

 あまり安易に異性へ触れるものではない。

 淑女のすることではないぞ」


「あら、そうなの?」


 そう言うとミエリィ嬢はエリス嬢の助言に従い俺の手を放した。


 ……ああっ、危なかった。


 危うくミエリィ嬢にときめいてしまうところだった。


 手の触れ合う至近距離で見るミエリィ嬢は、まるでこの世に舞い降りた女神の様に美しかった。


 後数秒手を離すのが遅れていたら、ミエリィ嬢の虜になっていたかもしれない。


 いやいや、気をしっかり持てハイト!


 お前にはお嬢様がいるだろう!


「じゃあハイト、後で私の部屋に来てちょうだい!」


「……わかりました」


 己と葛藤しながらなんとか返事をする。


「エリスさん、エリスさん。

 未婚の女性の部屋に男性を招き入れるのは淑女としてどうなんでしょう?」


「問題だが、まあ今回は私たちもいるし周囲に知られなければ問題ないだろう。

 ミエリィが自ら招いたのだ、彼女の意思を尊重したい」


「エリスさんはミエリィちゃんに骨抜きですねー」


 エル嬢とエリス嬢が何か話しているが、ミエリィ嬢に惑わされないようお嬢様の姿を思い描いていた俺には聞こえなかった。


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