第13話 完全無欠少女、引きこもり!

 私、エリスはあまり魔法が得意ではない。


 ローランド魔術学院に入学しておいてどういうことだと思うかもしれないが、正確に言うと魔法を飛ばすことができないのだ。


 手元で氷の剣や火球、魔力障壁なんかをを産み出すことはできるが、それらを放とうとすると魔力に戻り霧散してしまう。


 私に魔法を教えに来ていた魔術師たちにも何が原因なのかわからず、私自身も努力はしているが結果は実っていない。


 諦めたわけではないが遠距離攻撃が使えないのは事実なので、その欠点を埋めるために私は近接戦の訓練も始めた。


 家の騎士に剣の訓練をつけてもらい、それを魔法と組み合わせられるよう試行錯誤した。


 そしてたどり着いたのは剣を魔法で作り出すという戦い方だ。


 この戦い方の利点は普通と違って魔法で武器を作っているため、間合いを戦闘中に自由に変化できることだ。


 また、たとえ武器を取り落としてもすぐに新たな武器を生み出せるので、戦闘における復帰が早い。


 だがそれは相手と近接戦を行う場合のメリットであって、間合いの外から攻撃をしてくる魔術師相手ではメリット足り得ない。


 そこで自身の間合いに入るまで相手に近づけるよう、魔力障壁の強度や展開速度の強化にも取り組んだ。


 そのかいあってか、殲滅力こそ低いものの魔術師として他の者に引けをとらない実力を身につけることができたと思う。


 そう思っていたのだが、世間は広かった。


 ロイス先生は一般的な遠距離主体の魔術師であるが、その先生相手に私の得意な近接戦を挑んでなお一太刀も浴びせることができなかった。


 流れるような体さばきと、そこから息をするように自然に繰り出される魔法。


 そのどれもが私の師である家の騎士や魔術師を越えていた。


 こんなすごい人がこの学院にはいるのか!


 ここで学んでいけば、私は更に成長することができる。


 遠距離攻撃がなくても皆に劣らない、立派な魔術師になれる。


 そう思っていた、ミエリィ・マイリングの力を見るまでは。


 彼女がロイス先生を不思議な魔法で倒したときは驚きこそしたが、すごい級友に恵まれたくらいにしか思わなかった。


 だが、流石にその次の光景はそう易々と受け入れることができなかった。


 拳を振るっただけで遠方の外壁を破壊するだと!?


 私が見る限り、彼女が魔法を使った様子はなかった。


 つまり純粋に拳圧のみであの堅牢な壁を壊したということだ。


 正直なところ彼女を尊敬するだとか、いつか彼女に勝ってみせるなんてことは微塵も思わなかった。


 ただただ恐かった。


 魔族を倒し、強大な魔王の首を討ち取らんとしている魔術師として情けないことだが、ミエリィという絶対的な存在を前に己の矮小さを知ってしまった。


 私なんかがいくら努力してもあの領域に足を踏み入れることはないと確信を持ってしまった。


 私の自信は簡単に壊れてしまった。


 こうして私は入学早々引きこもりになった。


 ◇


 笑顔で学院へと送り出してくれた家族には申し訳ないが、ミエリィという存在と机を並べて勉学に励む自分が惨めに思えてしまい、教室へと足を運ぶことができなかった。


 引きこもりになって一週間。


 今まで真面目に生きてきた私にとって無意味にサボるという行為は良心を刺激し、そのせいもあってか引きこもっている部屋でしていることといったら、結局習慣になっている魔法の鍛練だった。


 素早く氷で剣を作っては消し、作っては消しを繰り返す。


 タイムラグなしに己の思った魔法を発動させるには、イメージや魔力循環などに時間をとられないようひたすら反復練習することが重要である。


 何万回と繰り返し作った氷の剣。


 その刀身には流麗な模様が刻まれており、柄には薔薇の花の装飾があしらわれている。


 使い捨ての剣に装飾など無駄なのかもしれない。


 普通に剣を作るよりも繊細な魔力操作やイメージ力が必要となり、戦闘においてその作業はむしろ邪魔といえるだろう。


 だが今の魔法の剣を使う戦闘スタイルにしてから、剣というものに興味を持ち、家にあるいくつもの優美な剣を見ながら自分だけの剣を欲しいと思ってしまった。


 そうして試行錯誤を繰り返し、自分だけの剣が完成した。


 初めは装飾された剣を生み出すのに、普通の剣の何倍もの集中力と時間を要していたが、今では息をするように作ることができるようになった。


 手元に作り出した氷の剣を見る。


 私の努力の結晶であり、私の費やしてきた時間。


 私にとってかけがえのないものだが、こんなもの彼女の前では―――――。


「あら、とっても綺麗な剣ね!」


 突然背後からした声に思わず体が硬直する。


 サッと振り替えるとそこには、キラキラとした瞳で私の剣を見つめる少女の姿があった。


「ミエリィ・マイリング……」


 いったいどうやってこの部屋へ?


 部屋の入り口には鍵をかけていたはずだ。


 それに声をかけられるまで一切気配を感じなかった。


 私が背後をとられて気がつかないなんてことありえない。


 ……いや、彼女ならそれくらいのことできてもおかしくはないのだろう。


 私とは違うのだから。


「何か用か?」


「最近あなたがクラスに顔を出さないから、何をしているのか気になって見に来たの」


「そんなことのためにわざわざ来たのか。

 私とお前は赤の他人だろう」


「そんなことないわ。

 だって私、入学式の日にこの学院の人皆と友達になるって決めもの」


「友達だと?

 ふざけたことを抜かすな。

 私とお前では友達になどなれん」


「どうしてかしら?

 私はあなたと友達になりたいと思っているわ」


「どうして、か。

 私とお前では格が違いすぎる。

 住む世界が違うんだ。

 ……正直、私はお前が恐い。

 今だって体が震えるのを必死に我慢している。

 私のことは放っておいてくれ」


 それだけ言うと私はミエリィから顔をそらした。


 彼女の怒りを買ってしまったのではないか、あの拳を振るわれるのではないかという考えが頭をよぎり背筋が冷たくなる。


 だが今さらどうでもいいかと体の力を抜いた。


 私はもう折れてしまったのだ。


 折れる原因になった彼女に殺されるというならそれもまた一興だろう。


 全てを諦め、そっと目を閉じる。


 そのとき、柔らかいものが私を包み込んだ。


 鼻腔を甘い香りがくすぐる。


 少しして背後からミエリィが抱き締めているのだと気がついた。


「いったい何を……」


「あなたの言う格が何かはわからないわ。

 でも私たちは同じ世界にいるわよ。

 だってほら、こうやって触れあうことができるんだもの」


 何なんだ、何を言っているんだこいつは。


「……離れてくれ」


「いいえ、放さないわ。

 だってあなた今とっても悲しそうな顔をしているんだもの」


 悲しそうな顔だと。


 私がいったいなぜ。


「悲しい気持ちになったときはこうやって誰かに抱き締めて貰うと楽になるのよ。

 私もシアの作ってくれたアップルパイを落としてしまったときなんかは、お母様にこうやって抱き締めてもらいながら頭を撫でてもらったの」


 そういうとミエリィは私の頭を優しく撫で始めた。


 私の葛藤などミエリィにとってはアップルパイと同じなのか。


 あれほど落ち込んでいたというのに、なんだがつまらないことで悩んでいた気がしてくる。


 引きこもりの原因になった相手だというのに、不思議と荒れていた心が穏やかになっていくのを感じる。


 いい匂いだ。


「……どうしてお前は私にそこまでしてくれるんだ?」


「言ったでしょ。

 私はあなたと友達になりたいもの。

 それに、泣きそうな人がいたら放っておけないわ。

 私は皆の笑顔が好きなの。

 そのためなら何だってするわ」


 もう一度振り替えると、そこには穏やかな微笑みを浮かべたミエリィの顔があった。


 抱き締められているせいで顔が近い。


 綺麗な顔だ。


 睫毛は長いし、肌も白く透き通っている。


 それにやっぱりいい匂いだ。


「……私の剣は綺麗か?」


「ええ、とっても!」


「そうか。

 ……またこうして私のことを抱き締めてくれるか?」


「ええ、いつだって大歓迎よ!」


「……私と友達になってくれるか?」


「もちろんよ!

 お友達になりましょう!」


 その言葉を聞いてつうっと私の頬に涙が伝った。


 それを見たミエリィがそのスラッとした指で涙を拭う。


「泣いたらダメよ。

 泣いていいのは目にゴミが入ったときだけだってお母様が言っていたわ」


「ハハッ、なんだそれ」


 私は久しぶりに笑った。


 ◇


「ミエリィちゃん、エリスさんと仲良くなったんだね」


「ええ!

 昨日お友だちになったの」


「そうなんだ、よかったね。

 ところでエリスさんはどうしてミエリィちゃんに抱きついているの?」


「エリスは抱き締めたり抱き締められたりするのが好きみたいなの」


「そうなんだ、スキンシップは大切だよね。

 じゃあエリスさんがミエリィちゃんの髪に顔を埋めて、ハアハアしているのはどうしてなのかな?」


「エリスは私の匂いが好きみたいなの」


「……ミエリィちゃんがそれで良いならいいけど」


 こうして引きこもりは変態へとジョブチェンジした。






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