第12話 完全無欠少女、観察!2

 ルヴィリアの朝は早い。


 今日からAクラスは実技の授業が始まるらしい。


 らしい、というのはAクラスにいる使用人に聞いたからである。


 私はBクラスだった。


 学院の入試においてミエリィの次に優秀な成績を修めたであろう私が、ミエリィと異なるクラスになるのは必然だったのかもしれない。


 この学院のクラス分けが各クラスの成績の均等化を基準としている以上、トップのミエリィと次点の私が同じクラスになることはありえない。


 ミエリィと異なるクラスになることの利点として、クラス対抗行事で正面から白黒着けることができることだ。


 だが欠点として、普段のミエリィを観察することが難しくなる。


 私も同時刻に別室で授業を受ける以上、仕方のないことだ。


 ワイナンス公爵家の娘として、授業をサボることなどありえない。


 しかし私は日常生活の中にこそ、彼女の優秀さの秘密が隠されているとにらんでいる。


 比較の難しい"才能"という要素は置いておくとして、小国のしかも子爵家の娘に過ぎない彼女と、大国の公爵家の娘である私ではこれまで受けてきた教育の質が圧倒的に違うはずだ。


 もちろん、私の方が上質な教育を受けてきたという意味である。


 だというのに私よりも優秀であるということは、教育以外のこと、つまり日常の中にこそその秘密があるはずだ。


 その秘密を解き明かすことができれば、私はきっと更なる高みへと到達できるはずだ。


 その為にはまず、彼女の実力を知らなければならない。


 自室での繊細な魔法行使は覗き、もとい日々の観察で目の当たりにしているわけだが、あれらは基礎的な魔法の応用であるものがほとんどだ。


 中には黒炎のような見たことのない魔法を使っていることもあるが、室内で使用している以上その正確な威力は測れない。


 そう、威力だ。


 もちろん、魔法は威力が全てだなんて言うつもりはない。


 実際、ミエリィの使用する魔法は惚れ惚れするほど自由で、独創的で、美しい。


 今の私では真似することのできない、素晴らしい技術だ。


 それだけでも十分尊敬に値することだが、威力というのも魔法において重要な指標であることに違いはない。


 魔族という人族共通の敵が存在する以上、魔術師として魔法の威力が生死を分ける瞬間も訪れるはずだ。


 ミエリィの実力を測るにあたって、私が用意したのは記録水晶だ。


 これは一定時間、周囲の風景を水晶へと記録する魔道具である。


 この記録水晶を用いれば、私が直接ミエリィを観察する必要がなくなるという寸法だ。


 更にこの水晶はただの記録水晶ではない。


 対となる水晶にその映像をリアルタイムで映し出す高級品だ。


 これで私はクラスで授業を受けながら、ミエリィの様子も確認できるわけだ。


 人気のない早朝のうちに訓練場へといくと、物陰に記録水晶を設置し私は朝食へと向かった。


 ◇


 授業開始の鐘の音と共に、私は机の上に水晶を取り出した。


 水晶に魔力を流し込むと記録水晶からの映像が映し出される。


 しばらく眺めていると1人の生徒が教員へと魔法を放った。


 教員が素手で飛来した火球を掻き消したことを皮切りに、他の生徒たちも次々と魔法を放つ。


 他の生徒の邪魔にならないよう音声はオフにしてあるので正確な流れはわからないが、生徒の表情から察するに平民出身の教員を挑発でもしたのだろう。


 私はあの教員のことを知っている。


 以前パーティーで見かけたことがあるからだ。


 確か学院へ赴任する前はリーニアス帝国の魔術師団で副団長をしていたはずだ。


 彼は平民出身ではあるが、帝国の魔術師団の副団長を務めあげた者が、入学したての生徒ごときに劣るはずもない。


 雨あられのように飛んでくる魔法を魔力障壁一つで完璧に受けきる姿は流石といえよう。


 あのような優れた教員が在籍している学院へ入学できたことを改めて嬉しく思う。


 一通りの魔法を受けきった教員は生徒へ向けて電撃の魔法を放った。


 高速の魔法は瞬く間に生徒へと直撃する。


 魔法の速度も素晴らしいが、30人の生徒へ誤射一つなく命中させる精度も見事だ。


 目にも止まらぬ攻撃に、ほとんどの生徒は倒れ伏してしまった。


 だがそれでも10人の生徒が教員の攻撃を防ぎその場に立っていた。


 ほう、ミエリィばかり注視していたが、他にも優秀な生徒がいるらしい。


 喜ばしいことだ。


 当然だがミエリィも立っている10人に含まれていた。


 そのこと自体は予想通りだが、攻撃が飛来した際、ミエリィが魔力障壁を展開した気配がなかった。


 少なくとも私の目にはミエリィに電撃が直撃していたように見える。


 だというのに彼女は立っている。


 これはいったい?


 教員の放った電撃は手加減されたものではあったが、少なくとも倒れている生徒がいる以上、それなりの威力はあったはずだ。


 それが直撃して無傷とは、どういう仕組みなのだろうか。


 制服を魔法耐性が上昇するよう改良してあるのだろうか。


 まあいい、後でじっくり考察するとしよう。


 残った10人の生徒とはそれぞれ一対一で相手をすることになったらしい。


 どの生徒もとっさに電撃の魔法を防ぐことができるだけあって優れた魔術師であるようだったが、教員には及ばなかった。


 そしてついにミエリィの番が訪れた。


 さあ、あなたの実力を見せてみなさい。


 かじりつくように水晶を見つめる。


 教員とミエリィが対峙する。


 さて、彼女はいったいどんな魔法を使うのか。


 高速の一撃か、逃げ道を塞ぐ広範囲攻撃か、それとも魔力障壁を貫く強力な魔法か。


 その一瞬を見逃すまいと固唾を飲んで見守っていると、突然教員が倒れた。


 まさか既に魔法が放たれたのか!?


 ずっと見ていたはずなのに、全くわからなかった。


 立ち上がった教員が再びミエリィと対峙するが、先程の再現映像のように次の瞬間には教員は地へと転がっていた。


 全くわからない。


 流石は私の目標にしてライバル、ミエリィ・マイリングね!


 どんな魔法を使ったかはわからなかったが、副団長クラスの人間を容易く倒すことができる程の実力があることはわかった。


 想像以上の実力に思わず歓喜の叫びをあげそうになるのを、なんとか自制する。


 彼女に追い付くのは容易ではないが、いつか必ず。


 良いものが見れたと満足していた私だったが、ふと水晶へと視線を戻すと映し出されていた光景にメモを取っていたペンが手からこぼれ落ちた。


 そこには拳を突き出したミエリィの姿と、その拳の方向、遥か遠方で抉られたように消失した都市の外壁だった。


 いや、まさか流石にそんなことは……。


 だが、水晶に映る他の者たちも一様に驚愕している様をみるとどうやら事実であるらしい。


 ミエリィ・マイリング……。


 やはり私の目に狂いはなかった!


 彼女を観察しつくして、その高みへと追いついてみせる!


 私は決意を胸に拳を突き上げた。


「ワイナンスさん、どうかしましたか?」


「いいえ、先生。

 失礼しました」


「そうですか。

 ところでその机の上の水晶は何かな?」


「これは私が魔術師として高みへと辿り着くために必要なものを映し出しています」


「そうですか、そうですか。

 後で私の研究室に来なさい!」


 その後、呼び出された私は授業中に水晶で遊ぶなとこってりと怒られた。


 解せぬ。




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