第9話 完全無欠少女、格闘!

「最後はお前だな。

 どこからでもかかってこい」


 最後に残ったのははちみつ色の髪をした女子生徒だった。


(確かこいつは新入生代表のミエリィ・マイリングだったか)


 穏やかな笑みを称えたたずんでいる姿は、いかにも戦いなんて知らない、貴族の令嬢といった様子だ。


 だが、俺の初撃を防いだ以上、それなりに闘える人間のはずだ。


「先生、1つ質問してもいいかしら?」


「どうした?」


「私まだこれのルールがよくわからないの。

 いったいどうすれば良いのかしら?」


「ルールだぁ?

 これは訓練だが、実際の戦闘にはルールなんてものはない。

 お前も見ていただろう。

 俺はお前たちよりも強い。

 遠慮はいらん、俺を倒すつもりでこい」


「倒すって、地面に寝っ転がせばいいのかしら?」


「できるものならやってみろ」


「わかったわ!」


 ドサッ


「あ?」


 目の前に空が広がっている。


 どういうことだ?


 俺は地面に倒れているのか?


「これで私の勝ちね!

 やったわ!」


 いったい何をされたんだ。


 気がついたときには転がされていた。


 おそらく衝撃なんかで吹き飛ばされたわけではない。


 倒れたときに一切痛みを感じなかった。


 強引に倒されたのなら、背中や頭を強く打っていてもおかしくない。


 ではいったい?


 自分で考えていても埒があかない。


 俺は立ち上がると大人しく本人に聞くことにした。


「今のは何をしたんだ?」


「寝っ転がせたのよ!」


「違う、そういうことじゃない!

 どうやって俺に気がつかれずに、俺を倒したのかを聞いているんだ」


「こうやってよ」


 ドサッ


 目の前に空が広がっている。


 クソッ、全く仕組みがわからん。


「マイリング、それはお前固有の魔法か何かか?」


「どうなのかしら、わからないわ」


「……そうか」


 マイリングのやつあからさまにはぐらかそうとしているな。


 あまり人に言いたくない力ということか。


 確かに一子相伝の魔法なんてものも存在している。


 今のもマイリング家秘伝の魔法か何かなのだろう。


 気にはなるが、無理に聞き出すのもよくないか。


「まあいい。

 俺は文字通りお前に倒されたわけだが、俺も教師だ。

 お前1人だけ何も教えてあげることができないというのは不公平だろう。

 何か苦手な魔法はあるか?

 攻撃魔法が苦手とか、防御魔法が苦手とか」


「そうね~、特にないわ!」


「なら接近戦はどうだ?

 格闘はできるか」


「格闘?

 やったことがないからわからないわ」


「よし、じゃあ魔法抜きでかかってこい、って言ってもやったことない奴にいきなり組手は無理か。

 マイリング、とりあえずその場で突きをしてみろ。

 正しい体の使い方を教えてやる」


「突き?

 こうかしら」


 ブォン


 ミエリィが拳を突き出した瞬間、凄まじい衝撃が身体を襲った。


 踏ん張ることすらできず、地面を転がる。


 まさかこれが拳圧だとでもいうのか!?


 そんな芸当、団長達ですらできるかどうか。


 立ち上がることも忘れて、呆然としている俺のところに顔が青ざめた1人の生徒が近づいてきた。


「せ、先生。

 あ、あれを……!」


「あん?

 どうした」


 生徒のいうがままに指差す方へと振り返る。


「……んなバカな」


 学院都市を囲む外壁。


 都市の中心にある学院からも目視できるほど巨大な外壁は、これまでどんな外敵の攻撃からも学院を守ってきた。


 その外壁の上半分がまるで何かに抉り取られたかのように消失していた。


 その消失した空間が、ミエリィの拳を突き出した直線上にあったという事実を即座に受け入れることは、この場にいた誰にもできなかった。


 ◇


 その日、学院都市は前代未聞の大混乱に陥った。


 未だかつて破られたことのない外壁が、一部とはいえ突然跡形もなく消し飛んだのだ。


 何者かの攻撃を受けたのか?


 魔族か、魔物か、はたまたどこかの国か。


 都市内にいる全兵に緊急呼集がかかり、未だに姿を見せない敵に備える。


 誰もが不安に駆られながらも、住人を守るために待機していた。


 そんなときだった。


「おい、あれ見ろ!」


 1人の兵が叫びながら指差した方へと視線を向ける。


 するとそこにはひとりでに修復している外壁があった。


「いったいどういうことだ?」


 外壁はみるみる修復されていき、ものの数秒で元通りになっていた。


 その後もしばらくの間警戒が続けられていたが、外敵が攻めてくることはなかった。


 それから外壁の崩壊についてさまざまな調査がなされたが、結局真実に至ることはできなかった。


 ◇


「ただいま~。

 先生、外壁を直してきたわ!」


「お、おう。

 そうか……、よくやった」


 ……こいつは本当に人間なのか?


 拳圧で外壁を破壊するだと?


 ここから外壁までどれだけの距離があると思っているんだ。


 そんなこと団長たちにだってできやしない。


 最強の存在といわれる魔王にだってそんな芸当できるかどうか。


 いや、もしかしてこいつの正体は魔王なんじゃないか。


 だが、だとしたら目的はなんなんだ?


 あああああっ、わからん!!


 というかこんなこと報告したところで誰も信じてくれるわけがない。


 もう一度ミエリィに殴ってもらえば証明できることではあるが、失敗したときのリスクが大きすぎる。


 下手したらこの都市が消し飛んでしまう。


 そんな力を俺の判断で使わせるわけにはいかない。


 だがお陰で俺がミエリィに教えることを見つけられた。


「マイリング、お前は手加減を覚えよう」


「わかったわ!」


 学院都市を崩壊させかけたとは思えない、屈託のない笑顔でミエリィは答えた。






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