第10話 完全無欠少女、君臨!

 俺がローランド魔術学院に入学して数日が過ぎた。


 最初は距離感を図りかねていたクラスメイトたちも、固定のメンバーでいることが多くなった。


 学院では身分に関係なく平等ということになっているが、実際はそういうわけにもいかない。


 それはグループ分けを見れば明らかだった。


 自国の王族の取り巻きになる者、他国の同爵位の者で集まって家同士の結束を強めようとする者。


 そして俺のように取り巻きにすらなれず、肩身の狭い思いをしている者。


 平民に過ぎない俺、ハイトとしては王族、貴族と机を並べているという事実すら未だに受け入れられないでいる。


 やはり今まで生きてきた中で染み付いた身の程というものがあるわけで、いきなりクラスメイトです、平等ですと言われてもはいそうですかとはいかない。


 それならば同じ身分の者、平民とつるめば良いと思うかもしれないが、残念ながらこのAクラスで平民は俺ともう1人だけだった。


 それはまあ、仕方のないことだろう。


 俺だって平民の身で魔法を学ぶことができたのはただの偶然だ。


 俺の実家は代々リーニアス帝国のワイナンス公爵家で執事をしている。


 俺も見習いとして公爵家の屋敷に出入りしていたのだが、その中で教育係の者と知己を得る機会があった。


 そして、俺に魔法の才能を見いだしたその人の好意で、仕事の空き時間に稽古をつけてもらうことができた。


 そういう意味では俺も恵まれた環境に産まれたということなんだと思う。


 俺は息を潜めるように、教室を眺める。


 入学できたことは素直に嬉しいが、ここでの生活は息が詰まりそうだ。


 貴族というものは全員がそうだという訳ではないが、平民を見下している者がいるのも事実だ。


 同じ教室に平民がいるというだけで目をつけられてもおかしくない。


 馴れ馴れしく近づこうものなら、いったいどんな仕打ちを受けることになるか。


 一番嫌なのはそのことが原因で、公爵家に迷惑をかけることだ。


 当主様はお優しい方なので、使用人の子にすぎない俺のこともかばってくれるだろう。


 だがこのクラスにはリーニアス帝国以外の貴族や、王族がいる。


 俺が目をつけられたせいで公爵家に被害が及ぶことだって十分にありえるのだ。


 そんなことになるくらいなら肩身の狭さくらい我慢して、大人しく3年間過ごすのがベストな選択だろう。


「おはよう、みんな!」


 元気な挨拶と共に1人の女子生徒が教室へと入ってきた。


 はちみつ色の髪を揺らしながら、自分の席へと歩いていく。


 俺は初めてマイリング嬢を見たとき、これほどまでに美しい女性がいるのかと驚いたものだ。


 今までこの世で最も美しいのは家のお嬢様だと思っていたが、まさかそれに比肩しうる人物がいようとは。


 彼女の容姿に目を奪われたのは俺だけではないはず。


 彼女自身は小国の子爵家の出身ということで、このクラスでは俺の次くらいに身分が低いといっても過言ではないだろう。


 しかし彼女はそんなもの関係ないと示すように新入生代表に選ばれ、王族も平民も関係なく友達になろうと宣言したのだ。


 戸惑った者も多いだろう。


 だが俺たちAクラスの者は彼女の大胆さだけでなく、実力も知っている。


 いや、知ってしまった。


 拳を振るっただけであの堅牢な外壁を消し飛ばす存在とはいったいなんなのか。


 それにこの学院に入学し、新入生代表に選ばれたということは魔術師としても優れているということだ。


 実際にクラスで唯一ロイス先生を倒し、その際に攻撃魔法は苦手ではないと答えたのをしっかり覚えている。


 初めてやった突きで外壁を消し飛ばすような奴だ。


 苦手ではない攻撃魔法を使われでもしたら、この都市は跡形もなく消滅するに違いない。


 マイリング嬢の身分は決して高くないし、誰かを直接脅したりしたわけでもないが、確実にこのクラスの頂点に君臨している。


 そんな化け物みたいな存在を前に強気に出ることができるものは普通いない。


 平等をうたっているとはいえ、身分の低いマイリング嬢にあんなフランクな挨拶をされて誰1人文句を言い出さないのが、その証拠だ。


 ただ1人の例外を除いて。


「おはよう、ミエリィちゃん」


「おはよう、エル!

 今日もいい天気ね」


 皆が扱いに困っているマイリング嬢に唯一、正面から接することのできる人物。


 それはこのAクラスで俺を除く唯一の平民であるエル嬢である。


 見た目は普通の街娘だが、マイリング嬢を相手に平然と接することができるその胆力は常人のそれではない。


「あら?

 おかしいわね、教科書が入っていないわ」


「えぇ~、ミエリィちゃんまた教科書忘れたの?」


「そうみたいね、うっかりしていたわ」


「まったくもう。

 ミエリィちゃんの頭が良いことは知ってるけど、忘れ物をしちゃダメだよ」


「そうね、次こそ忘れないよう気をつけるわ」


 教科書を忘れたマイリング嬢を叱るエル嬢。


 何気ない会話だが、何がマイリング嬢の怒りに触れるかわからない俺としては、エル嬢の遠慮のない態度は心臓に悪い。


 頼むからマイリング嬢を怒らせるようなことだけはしないでくれよ。


 こんなところで死ぬのはごめんだ。


 それは今この瞬間において、王族も平民も関係なくクラス皆の願いだった。


 このクラスで本当に注意しなければならないのは、王族でもマイリング嬢でもなく、エル嬢なのかもしれない。


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