第7話 完全無欠少女、観察!
ルヴィリアの朝は早い。
まだ日が昇る前に寝床を出ると手早く身だしなみを整える。
といっても公爵令嬢の名に恥じぬよう手は抜かない。
艶やかな紅の髪は私の自慢だ。
傷まないよう丁寧に櫛を通す。
制服に着替え身支度を終えると食堂へ行き、朝食を頂く。
ローランド魔術学院の食堂は24時間年中無休で開いている。
学生が時間に縛られず自由に魔術を学べるようにという、学院の方針があるからだ。
世界中から集められている生徒が自国の料理を食べられるようにとメニューは非常に豊富で、貴族として様々な国の料理を頂いてきたルヴィリアでさえ食べたことのない品もあるほどだ。
ルヴィリアは食道楽ではないが、それでも毎日の食事が充実しているというのは嬉しい。
「おはようございます」
「おう、ルヴィリアの嬢ちゃん。
今日も早起きで偉いね!」
「ありがとうございます」
この学院には様々な身分の者が通っている。
学院創設当時は身分の違いが勉学の妨げに繋がる事例がいくつも見られた。
その事を受け現在は学院都市内において、不必要に身分を振りかざすことは禁止されている。
基本的に生徒は皆平等であり、生徒は師を敬い、師は生徒を導くというスタンスだ。
権力は振りかざすものではなく、民を守るために使用するものだと考えるルヴィリアにとって、この規則は歓迎できるものだ。
一部、平民と同じ扱いをされることに納得していない者もいるようだが、大国を含めた各国がこの規則を容認している以上、大きな声で逆らうことはできない。
「お待ちどうさん。
今日もこんな時間から魔法の勉強をするのかい?」
「はい。
目標がありますから」
「真面目だねぇ。
よし、これはサービスだ!
あまり無理しすぎるんじゃないよ」
「わかりました、ありがとうございます」
席につくとマナーを乱さないギリギリのスピードで黙々と食べる。
サービスしてもらったフルーツも美味しく頂く。
朝食後は自室へと戻り魔法の勉強の準備をする。
ノートとペンを用意するとベッドの上に立ち、天井の一角を押し上げる。
ここは事前に天井を切り取ってあるのだ。
切断面をできるだけ滑らかにし、土魔法で固定すれば少し見ただけでは天井が外れるとは思わないだろう。
天井裏へと上がると、目的の場所を目指す。
そう、ミエリィの部屋だ。
なんの巡り合わせが、ルヴィリアとミエリィは隣室だったのだ。
学院に通う学生は基本的に寮生活をすることとなっている。
一人一部屋ずつ割り振られ日々を過ごす。
学年ごと使用する部屋がまとまっているとはいえ、まさか観察対象がすぐ側にいるというのは絶好のチャンスだ。
ルヴィリアは入寮初日から自室の天井を切り抜くくらいには浮かれていた。
ミエリィが寝ている寝室の上まで来ると、あらかじめ開けておいた覗き穴の栓を外す。
各部屋とも間取りが同じであることを確認し、丁度照明の影になるよう孔を開けてあるので、ミエリィに気がつかれることはまずないはずだ。
孔から室内を覗くが、まだ室内は暗い。
あらかじめ購入しておいた暗視用のメガネ型魔道具を取り出し装着する。
どうやらミエリィはまだ寝ているようだ。
彼女は寝るときにナイトキャップを被るタイプらしい。
今日は水色か。
そういえば以前聞いたことがある。
魔力の高い人はそうでない人と比較して、体の老化がゆっくりになると。
事実関係が証明されているわけではないが、統計的には一定の結果を示している。
ヒトより魔力が多く、魔法に精通しているエルフが長寿であることにも関係しているのかもしれない。
はっ!
もしや、優れた魔法使いは体が老化しにくいというのがこの世の理なのだとしたら、そこへ逆からのアプローチも可能なのでは!
彼女はナイトキャップを着用することで自身の髪を保護している。
つまり、体のケアをすることで逆説的に魔力を高めているのではないのだろうか。
なんと恐ろしい奴だ……。
そのような方法で自身の魔力を高めるなど聞いたことがない。
なるほど、この方法なら寝ながらにして鍛えることができる。
やはり、彼女からは得るものがありそうだ。
おっと、忘れないうちにメモメモ。
「ふぁ~」
ミエリィの目が覚めたようだ。
まだ寝ぼけ眼のミエリィはベッドから抜け出すとおもむろに黒い炎を産み出し、自らに放った。
黒炎は瞬く間にミエリィを包み込み燃やしていく。
初めてこの光景を見たときは流石に焦った。
寝ぼけて魔法が暴発したのかと思った。
隠れて観察していることも忘れて飛び出そうかと思ったが、次の瞬間には炎は掻き消え、一糸纏わぬ姿のミエリィが立っていたのだ。
何度か観ているうちに推測したことだが、彼女は脱衣の際にあの炎を使用しているようだった。
いや、灰も残さず燃やし尽くしているので、脱衣というより焼衣とでもいうべきだろうか。
とにかく、あの炎に包まれた後のミエリィは必ず全裸になっているということだ。
ミエリィの裸体は同性の私から見ても美しかった。
透き通るように白くくもりのない肌。
豊かな胸に見事な曲線を描くくびれ、そして肉付きの良い尻からなる見事なプロポーション。
まるで女神のような完成された肉体は、思わず見とれてしまうほどだ。
普段は破天荒な振る舞いのせいであまり意識が向かないが、容姿も非常に優れている。
ミエリィという少女は間違いなく傾国の美女と呼ばれる存在に成りえるだろう。
裸になったミエリィは魔法で水を生み出すと全身を包み込んだ。
よく見ると水は流れを形成しており、いつの間にか水流の中に紛れていたタオルで体を擦っているようだった。
寮には各部屋に小さいが浴室が完備されており、また共用の大浴場も存在する。
ミエリィが毎日夜に大浴場を利用していることは把握しているので、態々朝から全身を洗う必要はないと思う。
だが、様子から察するに、彼女はこれを人が朝顔を洗うのと同等のこととしていると思われる。
きれい好きということなのだろうか。
……いや、違う。
これもさっきと同じだ。
身体を清潔に保つことは病から身を守ることに繋がる。
病気にならないということは、体の衰弱を防止しているということで、つまりこれも逆説的に魔力を鍛えているということか!
しかも魔法を使って体を洗うなんていう芸当を、まるで息を吸うように自然に行っている。
あそこまで繊細な魔法の制御は悔しいが、今の私にはできない。
だがいつかその技術を身に付けたその日には、必ずや自身の体を魔法で洗ってみせようではないか。
メモメモ。
体を洗い終わったミエリィは当然のように風魔法で身体を乾かし、魔法で宙へと浮かせた櫛を髪に通している。
この繊細な魔法の連続技を、彼女は二度寝しながら行っているように見えるのは気のせいだろうか。
いや、いくら彼女が魔法を得意としていても、流石にそれはないだろう。
身体が乾いたかと思うと、彼女はいつの間にか制服を身に纏っている。
いつもその瞬間を見逃さないように目を凝らしているのだが、突然制服が現れたようにしか見えない。
まるで魔法で創り出しているかのような。
魔法で生み出せるのは基本属性である火や水などとその派生したものだけだ。
衣服のような緻密なものは、決して派生という括りにいれて良いようなものではない。
謎だ。
制服へと着替えたミエリィはこの後食堂へ向かい、朝食を摂る。
部屋を出ていくミエリィを見送りながら、ルヴィリアは覗き孔に栓をした。
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