第6話 完全無欠少女、入学!

 暖かな陽射しが降り注ぐ。


 髪を揺らすそよ風は、若々しい緑の香りを運んだ。


 その日、ローランド魔術学院の入学式が行われた。


 学院の入学式は盛大だ。


 世界中から来賓が訪れ、才能ある者たちの入学を祝う。


 だが目的はそれだけではない。


 どのような人物が入学してきたのか、将来の進路は決まっているのか、自国へ招き入れることは可能か等様々な情報を交換する最初の場でもある。


 政治的に不可侵とされている学院だが、各国の支援によって運営が成り立っているのも事実。


 生徒の卒業後までは感知しないというのが暗黙の了解となっている。


 そのため、優秀な人材を少しでも多く自国へと引き入れようと、各国の来賓は眼を光らせているのだ。


 とはいえ高位貴族の者を他国が引き抜くということはない。


 流石にそのようなことをすれば場合によっては、相手国の基盤を崩しかねないからだ。


 魔族という人族共通の敵がいる現状、人族国間で不必要に荒波をたてるのは愚策というものだろう。


 つまり何が言いたいかというと、大国であるリーニアス帝国の公爵家に籍を置く私、ルヴィリア・ワイナンスにとっては、関係のない話だということだ。


 学院を卒業後は、国同士の結束のために家の指示に従いどこかの王族か高位貴族に嫁ぐのだろう。


 その事についてこれといって思うこともない。


 幼少よりそのように教育されてきたし、私自身それが貴族の義務だと納得している。


 この学院に入学したのも箔付けのために過ぎない。


 だが、だからといって魔法に対して手を抜いたりはしない。


 人生を決められている私にとって、魔法は自由そのものだからだ。


 魔法と一括りに言ってはいるが、その形は無数にあり、使用者の思い通りに姿を変える。


 それはとても美しく、狂おしいほどに私を魅了した。


 私は施される英才教育の中でも、魔法に関するものは特に力をいれて学んだ。


 運が良いことに私には優れた魔法の才能があった。


 教えられることを次々と吸収し、自分の中で昇華していった。


 今では自国はもちろん、他の大国の同世代の高位貴族の者たちにだって魔法においては引けをとらない、否、勝っているという自負もある。


 だからこそ、新入生で最も優秀な者が務める新入生代表挨拶は私がするものだと思っていた。


「新入生代表挨拶。

 新入生代表、ミエリィ・マイリング」


「はい」


 だが、司会に呼ばれたのは私ではなかった。


 公爵令嬢として各国の王族や高位貴族と面識を持つ機会はあったが、ミエリィ・マイリング―――彼女の事は記憶にない。


 いったい何者なのか?


 名前を呼ばれたミエリィはスキップをしながら新入生の列を抜けると、見事な前方宙返り5回ひねりを決めて、壇上に着地した。


「皆さんはじめまして、私はミエリィ・マイリング。

 気軽にミエリィって呼んでね。

 ここに来ればすごい魔法使いがたくさんいるってミアに聞いて来たの。

 それはスゴく素敵で心踊ることだわ!

 きっとお友達が沢山の楽しい生活になると思うの。

 いいえ、違うわね。

 皆、私とお友達になりましょう!

 皆とお出かけするために馬車を持ってきたのよ。

 一緒に遊びにいったら、スゴく楽しいと思うわ。

 あ、あと私の好きなお菓子も沢山持ってきたの!

 そうだわ、今度皆でティーパーティーをするなんてどうかしら。

 私、紅茶を淹れるのには自信があるの!

 お母様にだって褒められたのよ。

 それからね……」


「ミエリィ・マイリングさん、ありがとうございました。

 では次に……」


「あら、もう終わりなの?

 もっと話したかったのに残念ね」


 司会者に止められ、渋々と言った様子で降壇するミエリィ。


 当然のように後方宙返り5回ひねりで、だ。


 脇に控える教師陣は一様に頭を抱えている。


 何故か学院長だけは愉快そうに微笑んでいたが。


 ……私はあれに負けたのか?


 確かに魔法使いとしての実力と人前で挨拶をする能力は関係ないのかもしれない。


 だがしかし、あれはないだろう!


 あいつには常識というものがないのか。


 どこの世界に宙返りしながら登壇する奴がいるというんだ?


 それになんだ。


 お出かけ?ティーパーティー?


 私だって学友と良好な関係を築くこと自体は必要だと思う。


 そこは認める。


 だがそれは互いに切磋琢磨したり、家同士のパイプを築いたりするための手段であって、目的ではない。


 私達は才能ある者として優秀な魔法使いとなるためにここに来たのだ。


 遊ぶためなどでは決してない。


 どれ程の腕なのか知らないが、入試でトップだったからといって馬鹿にしているのか。


(今に見ていろよ、ミエリィ・マイリング。

 その鼻を明かしてくれる!)


 ルヴィリアは静かに拳を握った。


 敵を倒すにはまずは情報をを集めることが重要だ。


 あんなふざけた奴とはいえ、新入生代表に選ばれている以上、優秀な魔法使いであるのは確かなのだろう。


 勉強法や使用している教材、師事している相手から普段の振る舞いや食生活に至るまで、いったい何が奴を優秀足らしめているのか徹底的に見極めてやる。


 そしてそれを特定した上で自分のものとして昇華する。


 そうすればいずれは奴の実力に追い付き、そして追い越せるはずだ。


 こうして入学早々ミエリィに、友達ではなく高度なストーカーができた。

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