第5話 完全無欠少女、投獄!
浮遊の魔法が使えて、どこからともなく馬車を出した少女。
使える魔法がこれだけということはないだろう。
自分1人でこの子を牢へ入れることなんてできるのだろうか。
エリックは己に課された命令の困難さに絶望していたが、その不安とは裏腹に事は容易に進んだ。
頭の弱そうなこの子ならと、一縷の望みにかけて牢へ入るよう頼んでみたところ、「分かったわ!」とスキップしながら入ってくれた。
しかも魔封じの手枷をつけてくれるサービス付だ。
この子に危機感という概念はないのだろうか?
いや、何も悪いことをしたわけではないので、危機感を覚える必要はないのかもしれないが、魔法使いが魔法を封じられて牢へと入れられるのだ。
取調べをしていたときまでと違い、今は自由に魔法が使えない。
仮にギルが魔の手を伸ばしたとしても抵抗すらできない状況だというのに、このミエリィという少女は興味深そうに牢の中をうろうろしている。
自分がどういう立ち位置にいるのかも理解できないほど残念な子なのか?
わからない。
「すみませんが、しばらくここにいてください。
少しすれば学院から迎えが来ると思いますので」
「そうなのね、分かったわ。
私、牢に入るのは初めてだから、スゴくワクワクしているの。
貴重な体験をさせてくれてありがとう!」
何故自分は牢に入れた相手から感謝されているのだろう。
わからない……。
◇
日が傾き今日も1日が平和に終わろうとしていたときだった。
学院都市を囲む外壁の検問所から連絡が入った。
ミエリィという学院の生徒らしき少女がいるので、本人確認をして欲しいとのことだった。
本人確認をしてくれという連絡は、新入生が訪れるこの時期にはままあることだ。
世界中から優秀な人材を募っている弊害ともいうべきか、自国との文化の違いから検問所で不審ととられる行動を行う者が時々現れる。
外壁の兵も慣れたもので、この辺りの連絡はスムーズに行われるため、大きな問題に発展することはない。
少々手間がかかるだけだ。
取調べを受けているのは、ベーリス王国出身のミエリィという少女だという。
「ほう、小国の出身とは珍しい」
才能を見逃さないよう世界中で受験ができるようにしているローランド魔術学院だが、合格率は圧倒的に大国出身の者が多い。
受験者が多いというのもあるだろうが、最大の要因は教育環境の違いだろう。
大国の、それも身分が高い者ほど、魔術師教育のノウハウを蓄積している。
合格定員が180人という制限がある以上、受験資格を得る15歳までにどれだけ充実した環境下で過ごせるかというのが、学院へ入学するための必須条件となりつつある。
小国で産まれた才能を拾いきれないというのは残念ではあるが、仕方のないこととして割りきるしかないのかもしれない。
私は今年入学予定者のリストを手に取ると、その中からミエリィの名を探した。
「確かにうちの入学予定者のようだな。
成績は……、ほうこれは……。
小国出身でこれほどまでとは。
傑出した才能の持ち主なのか、良き師に恵まれたのか。
なかなか面白そうな子だ。
よし、私が迎えに行くか」
いつもなら手の空いている教員に任せるところだが、幸い今は急ぎの仕事もない。
それに私とて教育者である前に魔術師の端くれだ、優れた魔術師には興味がある。
いったいどんな子だろうか。
柔らかな笑みを浮かべながら彼女―――ローランド魔術学院学院長、シリウス・ローランドは静かに腰を上げた。
◇
夜の帳が下りる頃、牢にいる少女の本人確認をするための人員が学院から来た。
だが、まさか学院長自ら来るとは思わなかった。
今までも何度かこういうことがあったが、いずれも来るのは学院の教員だった。
しかし今回に限ってこの街のこの学院都市の中心人物の1人である学院長が来るとは。
まさか、あの少女は俺が思っている以上に重要な人物なのか?
そんな人をいきなり牢にぶちこんだりして大丈夫だったのか?
エリックの背中に冷たいものが走った。
「こ、こちらです」
学院長を案内し、牢のある部屋の扉を開ける。
ああどうか、俺のせいではないと弁護してくれよ。
俺は命令されただけなんだ。
牢へ入ったのは全部ギルのせいだと言ってくれ……!
責を問われてすらいないのに、エリックの頭の中ではどうすれば無罪をわかってもらえるか必死に考えを巡らせていた。
部屋を進み、ミエリィの入れられた牢の前で足を止めたエリックは、祈るように中を見て絶句した。
「あら、来たのかしら」
そこには椅子に座り、優雅に紅茶を飲むミエリィの姿があった。
それだけではない。
菓子の盛られた皿やティーポット、花の飾られた花瓶。
それらが置かれたテーブルや柔らかそうな絨毯の敷かれた床。
壁には絵画が飾られ、女神を象った石像も置かれている。
「ほう、牢へ入れられたと聞いていましたが、随分もてなされているようですね。
最近は皆このような扱いなのですか?」
「い、いえ。
これはその……」
俺が聞きたいわ!
元々牢の中には簡易なベッドと用を足すための壺があるだけだ。
紅茶や菓子はもちろん、椅子やテーブル、絵画に絨毯に石像などあるはずがない。
いったい何故?
そこまで考えたところで先程の光景を思い出した。
そうか、この子が馬車のようにどこかから取り出したに違いない。
それはそれで理解不能だが、魔法の力ならそういうこともできるだろう。
一応の納得をしかけたところで、新たな疑問が浮かぶ。
魔封じの手枷はどうした?
あれはつけたものの魔法を封じる魔道具だ。
見たことのない魔法とはいえ、この子も魔法を使うのなら例外ではないはず。
そう思いミエリィの手首を見るとそこには魔封じの手枷ではなく、黄色のブレスレットがはまっていた。
「手首のそれはいったい……?」
「これ?
可愛いでしょう!
似合っているかしら?」
見やすいように腕を伸ばしてくるミエリィ。
いったいなんなんだ。
理解の及ばないことが立て続けに起こったせいで、どっと疲れた気がする。
はあ。
視線を落とすと、牢の隅に魔封じの手枷が転がっていた。
自分でははずせないから手枷の筈なんだけどなあ。
ポケットに入っている魔封じの手枷用の鍵を撫でながら思った。
「よくわからないが疲れているようだね。
働きすぎは良くない。
しっかり休むのも兵の仕事の内だよ」
何故か学院長に慰められた。
◇
その後、ミエリィの魔力波長の検査を行った。
学院に保管されている入試の際に測定されたミエリィの波長のデータと一致していたため、その事をもって本人確認完了とし、問題なく通行許可が降りた。
ミエリィは学院長に連れられ、外壁の検問所を去っていった。
エリックは時々その日のことを思い出した。
ミエリィが出た後の牢には簡素なベッドと壺しかなく、自分はあの日夢でも見ていたのだろうかと不安になる。
だが、時折はちみつ色の髪の少女を街の中で見かけると、ああ夢じゃなかったんだと再認識する。
その少女の回りにいる人はいつも振り回されているし、彼女の通った後には必ず不思議なことが起こっているのだから。
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