第4話 完全無欠少女、取調!
門兵であるエリックが少女を連れて来たのは、テーブルと椅子が置かれただけの簡素な部屋だった。
この部屋は身元の怪しい者をまず始めに連れてくる取調室であり、より詳しい聞き取りを行う場所である。
「どうぞおかけください。
一応規則ですのでこれから聞き取りを行いますが、今別の者が学院に連絡をいれてます。
確認が取れれば問題なく通行できるので安心してください」
「そうなのね、わかったわ!」
満面の笑みで答える少女。
それにしても、変わった子だ。
育ちの良さをうかがわせる見た目に反して、好奇心を抑えられない子供のような振る舞い。
普通の人間はやましいことがなくても取調室に連れてこられたら不安そうにするというのに、この子はむしろワクワクしているように見える。
これが生来の性格なのか、それとも演技なのか。
まあどちらでも構わないか。
学院からの確認が取れれば通すし、取れなければ身許詐称で取り押さえるだけ。
下っ端の兵士は上の決めた通りに働くだけだ。
「それでは名前、年齢、出身をお願いします」
「ミエリィよ、ミエリィ・マイリング。
歳は15でベーリス王国出身でマイリング子爵家に籍を置いているわ。
好きなことは楽しいことで、もっと好きなのはもっと楽しいことね」
「……そ、そうですか。
では今回この学院都市を訪れた理由は何ですか?」
「ローランド魔術学院には魔法の得意な人がたくさんいるって聞いたの。
そんな人達と一緒に過ごしたら、きっと凄く楽しい生活が送れると思って来たのよ!」
「……なるほど」
うん、話せば話すほど頭が弱い子なんじゃないかって思えてくる。
魔法の天才達が集まるこの街では、天才の数に比例して変人も多いと聞くが、この子もその類いの人種なのか?
「では次に……」
ガチャ
「不審者でもいたのか、エリック?」
取調べ中だというのに、ノックもなく1人の男が入ってきた。
ああ、なんてタイミングの悪い。
この男の名前はギル。
エリックの上司にあたる人物だ。
良くも悪くも根っからの軍人体質であり、規則や命令には絶対に逆らわないが、己の裁量の許す範囲で好き勝手に振る舞うため、仲間内での評判はあまり良くない。
おまけに酒と女にだらしなく、上官であることを盾に部下の女性兵に対してセクハラを行うようなやつだ。
女性兵からは敬遠されているが、問い詰められても本人は指導だと主張し、また上に媚び諂うのも上手いため裁かれることのない面倒な男である。
「はっ、通行証は所持していたのですが少々不審に感じる点があったため聞き取りをしていたところです」
素早く立ち上がり、敬礼をしながらギルの問いに答える。
苦手な相手でも上司にはかわりない。
こちらとしても生活がかかっているので、礼を欠いただとかそんなことで目をつけられたくはない。
「ほう。
おっ?、中々良い女じゃないか!
ガキにしては良い体だ」
舐め回すようにミエリィの体を眺めるギル。
「おい、エリック。
取調べの続きは俺がやるから代われ」
この男の悪い癖だ。
見目麗しい者の取調べとなるとすぐに己の欲望を剥き出しにする。
取調べに託つけて部下相手にはできないセクハラを行うのだ。
いくら裁量の範囲内とはいえ自身の振る舞いが、兵に対する人々の不信感に繋がっているということを全く理解していない。
「ですが、彼女は学院の入学者であり、既に学院へ問い合わせをしているので、後は確認がとれるのを待つだけです。
上官殿のお手を煩わせるほどのことではありません」
「エリック、俺達の使命は何だ?
この街を外敵から護ることだろう。
そのためにできることをしないというのは怠慢だぞ」
もっともらしいことを言っているが、そんなの方便にすぎない。
心からこの街を護ろうとしている者ならば、職務中に欲望丸出しのギラついた瞳をしたりしない。
「はっ。
ですが聞き取りは後少しですし、やはり上官殿にやって頂くことは……」
バンッ
エリックの言葉を遮るように、ギルがテーブルを叩いた。
「くどいぞ、エリック。
もしこのガキが危険物を持ち込んでいたらどうする!
街の住人が被害に遭ってからでは遅いんだぞ!
お前は大人しく俺の言うことを聞いていれば良いんだよ」
言いたいことだけ言うと、ギルはエリックから目を離し、ミエリィへと視線を戻した。
ミエリィを見つめるその表情は、好色に歪められた笑みを象っている。
ああ、不甲斐ない。
何故こんな男の下で働いているのだろう。
無垢な少女を辱しめようとしているこんなやつの。
だが、だからといってこの上司に楯突いてまでこの子を毒牙から護ってあげるだけの勇気も力もない。
護れないのなら自分だってこいつと同類ではないのか。
エリックが自己嫌悪に陥っている間も、ギルの魔の手はミエリィへと伸ばされる。
だが、そんなこと一切感知しない人物がこの部屋にはいた。
「まあ!素晴らしいわ!
あなたたちは皆を護るために一生懸命働いているのね!」
下卑た視線を向けてくるギル相手にどうしてそんな言葉が出てくるのか。
この子は本当に頭の残念な子なのではないのか。
こんな純粋な少女すら護れないなんて……。
エリックの自己嫌悪が加速する。
「おう、そうだとも。
俺達はこの街の人々を護るためにいるんだ。
嬢ちゃんも街の安全のために協力してくれるよな?」
「ええ、もちろん!」
ミエリィの素直な返事を聞き、ギルはニヤリと口角を上げた。
「よし、それじゃあ荷物検査だ。
持っているもの全部出してくれ。
隠しても無駄だぞ?
後で俺がしっかりチェックするからな」
ニタニタといやらしい笑みを浮かべるギル。
エリックからしたら邪なことを考えているのは一目瞭然だが、ミエリィはギルのそんな様子に気がつく素振りすらない。
「わかったわ。
でも本当にここで出しても良いのかしら?」
問い返した顔は、いつも笑顔のミエリィにしては珍しくどこか困ったような表情を浮かべていた。
だが、ミエリィの些細な変化にギルが気がつくはずもない。
「ああ、いいから全部出しな」
早く己の欲求を満たしたい、ただそれだけがギルの頭の中を占めていた。
「それじゃあ出すわね。
おっと、その前に」
何を思ったのか突然ミエリィが手をかざしたかと思うと、エリックの体が宙に浮いたではないか。
「うわぁ、何だ?!」
いや、それだけではない。
ギルもテーブルも椅子もこの部屋にある全てのものが宙に浮いている。
「おい!
いったいなんのつもりだ!
早く下ろさないか」
ギルが空中で四肢を振り回しながらミエリィを怒鳴り付けた。
「この部屋に出すには少し狭いかなって思って。
うん、これならギリギリ大丈夫そうね!」
宙に浮いているエリックたちを部屋の隅へと移動させながらミエリィは頷いた。
「何を意味の分からないことを言っている!
早く下ろせ!
おい、エリック。
こいつを取り押さえろ」
(この上司は馬鹿なのか。
自分と同じように宙に浮かされている俺がこの子を取り押さえられるわけがないだろう。
人に命令する前に自分が動きやがれ!)
突然の事態に混乱しているのか、柄にもなく罵倒の言葉が脳内に浮かぶ。
「それじゃあ出すわね!」
怒鳴るギルや慌てるエリックにお構い無く、ミエリィは亜空間に入っているものを取り出した。
「……これは馬車、か?」
いきなり体が浮いたと思ったら、部屋の中に馬車があった。
自分は夢でも見ているのだろうか。
「なんとか入ったわね、良かったわ」
狭い取調室にギリギリ収まった馬車を満足そうに見つめるミエリィ。
「おい、貴様。
いったいどこから出した。
これは何なんだ!」
「これは馬車よ!」
「そんなの見ればわかるわ!
どうして馬車がここにあるのか聞いているんだ!」
空中でじたばたしながら怒鳴り続けるギル。
「学院でできた新しいお友だちとお出かけするときに必要になるかもしれないから持ってきたのよ」
「意味がわからん。
何なのだ貴様は!
とっととその馬車を仕舞って、俺を下ろさんか!」
「分かったわ」
ミエリィの言葉と共に馬車は一瞬の内にどこかへと消えてなくなり、エリックたちはゆっくりと床へ下ろされた。
「おいエリック、こいつを牢へぶちこんでおけ!」
それだけ吐き捨てると、ギルは逃げるように取調室を出ていった。
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