第3話 完全無欠少女、出立!
ローランド魔術学院。
人族領に存在する魔術師育成機関の最高峰に位置し、数多くの魔術師を排出している名門校である。
学院は政治的に不干渉の地とされ、各国からの援助によって成り立っている。
15歳を越え、才能のあるものならば貴賎を問わず誰でも受験することができるという懐の広さを持ち、各国に受験会場を設けることで才能の見逃しを防いでいるほどだ。
人々の憧れであるローランド魔術学院に入ろうと、毎年数多くの志願者がこぞって受験する。
だが合格の門は狭く、わずか180の椅子しか空いていない。
数多の志願者の中から選び抜かれた才ある者たちは、3年間の学院生活で切磋琢磨しながらその腕を磨き、将来は自国の魔術師団へと入団するなど、エリートとしての将来が約束されている。
そして今年もまた、選び抜かれた才ある者たちが学院の門戸を叩く。
◇
「お嬢様、そろそろ出発のお時間ですよ!
早く降りてきてくださーい!」
晴れ渡る空の下、屋敷の屋根の上に立つ少女に向かってメイドのミアが声をかける。
はちみつ色の髪を風になびかせ、空を見上げる少女―――ミエリィの姿は思わず溜め息が出るほど美しかった。
ミエリィは15歳になった。
幼い頃から魔法の才能を見せてきた彼女は、両親の勧めでローランド魔術学院を受験、見事合格を果たした。
受験の際、一悶着あったがそれはまた別の話。
ミエリィはメイドの声を聞き、重力を感じさせない軽やかな跳躍で屋根から飛び降りた。
空中で捻りを加えた、鮮やかな跳躍だ。
普通の貴族令嬢が屋根から飛び降りでもしたら悲鳴を上げるところだが、マイリング子爵家では日常茶飯事の光景である。
初めの内はミエリィが何かをする度に悲鳴を上げていたミアも、今ではすっかり慣れてしまっていた。
「お嬢様、荷物はこちらにまとめてございます」
「ありがとう!
ねえミア、ローランド魔術学院はどんなところかしら?」
「ローランド魔術学院はお嬢様のように優れた魔法の才能を持つ方々が研鑽を積むために訪れる場所です。
きっと学友の方々と充実した日々を過ごすことができると思いますよ」
「それは楽しみね!
こうしちゃいられないわ、もう行くわね」
「はい、お気を付けていってらっしゃいませ」
ミエリィは荷物を亜空間へとしまうと、学院のある方へと足を踏み出した。
マイリング子爵家が籍を置くベーリス王国は大陸の端に位置する小国であり、そこから人族領の中央にあるローランド魔術学院までは馬車で一月以上かかる道のりだ。
貴族なら護衛を雇ったり、高価な魔道具を使用したりして盗賊や魔物から身を守ることができるが、それでも過酷な旅になるのは想像に難くない。
だがそんな道程もミエリィの前では関係なかった。
踏み出した足で地を蹴り出した瞬間、ミエリィの体は音をも置き去りにするスピードで飛び出した。
そんな速さで移動しようものなら踏み込む度にクレーターができ、周囲は衝撃波で大惨事になりそうだが、ミエリィの通った後は穏やかなままだった。
魔法に造詣の深くないミアには詳しくはわからないが、おそらくお嬢様の魔法で被害がでないよう調整しているのだろう。
護衛もお供もなく貴族令嬢を送り出すなど、他の貴族が聞いたら信じないだろうが、1人で行くことを許可した旦那様の判断に異を唱える者はこの屋敷にはいなかった。
(お嬢様に手を出せる存在がこの世にいるとは思えませんしね)
ミエリィが15歳になり今日旅立つまでの間、それはもう驚きの連続だった。
おとぎ話に出てくる、地を裂き海を割る神様が可愛く思えるほどのハチャメチャぶりだった。
ミエリィが神様の生まれ変わりだと言われても、ミアは信じるだろう。
そもそも今日だって脚で移動するのはミエリィが散歩したい気分だったからであり、効率だけを考えるなら転移魔法を使えば一瞬のはずだ。
それだけ絶大な力を持ちながらその力に溺れず、優しく元気に育ったのはある種の奇跡であろう。
ミエリィが悪の道に進んでいたとしたら、人族も魔族も関係なく滅んでいるに違いない。
そんなとんでもスペックを持つ愛しのお嬢様は、少々好奇心が旺盛で人を疑うことを知らないので、誰かに騙されるのではないかと一抹の不安はある。
だが、騙された程度でお嬢様が傷つく姿は想像できないので、余計な心配だとゴミ箱に投げ捨てた。
どうか学院での生活がお嬢様にとって楽しいものになりますように。
ミアは既に見えなくなったミエリィの背中を静かに見送った。
◇
ミエリィは寄り道をしながらも、その日の夕方にはローランド魔術学院に到着した。
ローランド魔術学院とはいうものの、実際には各国からの援助によって学院の校舎を中心に飲食店や服飾店などがいくつも並んでおり1つの街、学院都市を形成しているといっても過言ではない。
基本的に学院の生徒は、校舎近くの学生寮で生活をすることになる。
だが、生徒の中には様々な身分の者がおり、お抱えの使用人や護衛、家族などの生活を送る環境が必要だという意見があり、少しずつ発展していき、現在の形に落ち着いた。
学院都市の周囲は見上げるほどの高さがある外壁に囲まれており、中へと入るには学院が発行している通行証を提示する必要がある。
「次の方、通行証の提示を」
「はい、これでいいかしら?」
「学院の生徒の方ですね、ん?
失礼ですが、ベーリス王国の出身ですよね。
馬車の姿が見当たりませんが、こちらへはどのように?」
「今日はと~ってもいい天気だったから、1人で歩いてきたわ」
「歩いて、ですか。
近隣の村に宿でもとっていたということでしょうか?」
「いいえ、昼食をとってから家を出たわね」
「家?というのは、お知り合いの方がこの近くに住んでいるということでしょうか?」
「違うわ、私のお家のことよ」
……いったいこの子は何を言っているんだ?
通行証が本当にこの子の物なら、この子はベーリス王国の出身ということになる。
身なりから察するに、裕福な商人か貴族の子女といったところだろう。
だがベーリス王国だぞ?
ここから急いでも馬車で一月以上かかるはずだ。
そこから徒歩で、しかも昼から半日もしない内に来ただなんて信じられるわけない。
確実に嘘だろう。
だが、いったいなんの目的でそんな嘘を?
成り済ましや偽装ならもう少しましな嘘をつくはず。
荷物を何も持っていないし、近くに滞在場所があるか、関係者がいることは間違いないと思うが。
……はあ、悪人には見えないが、不審人物をそのまま通す訳にもいかないしなぁ。
「少しお時間を頂いてもよろしいですか。
あちらで詳しい話をお聞かせください」
「わかったわ!」
……普通、検問で捕まったら無実の人でも動揺くらいするはずだが、どうしてこの子はこんなに目を輝かせているんだ?
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