第17話

 家に帰ると姉がソファーでくつろぎながらテレビを観ていた。

 番組は頭の悪そうなタレントがアホな回答をしてそれを笑うというどうでもいいものだった。実に姉らしい選択だ。

 家での俺はいつもと変わらず風呂に入るよう促されればそれに従い。飯ができれば席に着き。母の小言と姉の大学生活がいかに充実しているかという話を聞きながら飯を食いそれ以外は部屋で過ごす。これと言って何もなくかといってこれを不満とも思っていなかった。むしろ居心地は良かった。他人との会話が嫌いと言う訳ではない。ただ必要ないのだ。必要のないことをするのは疲れる。

 ラノベ研の問題が解決すれば一仕事も終わりきっと先輩は俺に仮入部では無く正式に部員のとなることを進めてくるだろう。だが今回は断ろう。充分に非日常を味わった。そんなことを考えながら気が付けば意識を失い眠りについていた。

 ほら?非日常は疲れる。


 次の日、もう少しで遅刻というタイミングでベッドから飛び起きパンをコーヒーで流し込み家を飛び出す。いつもの電車に何とか間に合う。まだ夏は先とはいえあっという間にやってきそうな季節ということもあり額には汗の粒ができている。

 少し弱めの冷房の効いた車内で空いているスペースを見つけ収まる。

 この時間は同じように通学、通勤をする人で混雑しており座ることは困難だ。それほど長い時間乗るわけでは無いので気にはならないが中には1時間も乗って通う者もいることに正直、尊敬さえ覚える。

 俺だったら無理だな。途中の駅で3回は休憩して毎日遅刻だろうな。

 「葛城君!おはよう」

 振り返ると中山先輩がいた。

 そうかさっきの駅から乗って来てるんだったな。しかし朝、会うのは初めてだ。

 「おはようございます」

 挨拶するのが聞こえたのか近くに立っていたサラリーマンが少し近づけるように体を寄せてくれる。ありがたい。今日、この人にいいことがありますように。

 「朝、会うの初めてですね」

 「私もいつもこの電車混んでるから会うのは難しいかなって思ってたんだけど。今日はたまたまホームから中に君がいるのが見えてさ」

 そういえば今日はいつもと違って遅刻寸前だったからか車両が違う。それが功を奏したのか中山先輩が普段乗る車両だったらしい。

 「昨日は楽しかったね」

 「えぇまぁ」

 朝から部活の先輩。しかも女子というのは経験にない。たまたま横に立っていたりたまたま目があって目をそらされたりはあったかもしれないが敵意のないのは気恥ずかしさを感じる。世のまともな人生を歩んでらっしゃる男子諸君はこれをどう乗り切っているのだろうか。不思議でならない。モヤモヤとした気持ちを抱えながらも何か話さなければと話題を頭の中で探す。

 「葛城君はさ、中学の時はどんな子だったの?」

 「中学ですか?今と変わりませんよ。休み時間も1人で過ごすことが多かったですしこれといって親しい友人がいた訳でも無いですし」

 中学の同級生とは卒業してから一度も連絡を取っていない。正確には連絡先を知らない。おそらくそれぞれ元気に青春を謳歌しているのだろうがそんなことは知ったこっちゃない。

 「星風には同級生も受験してるでしょ?」

 確かにそこそこのレベルの高さの高校とは言え所詮、そこそこだ。俺以外にも同じように星風高校に入学した奴は数名いるだろう。

 「いるでしょうけど覚えてませんね。受験の時は学校も後半は自由登校で通って無い奴も多かったですし。俺も周りを見てる余裕も無かったですからね。割とギリギリだったので」

 「そっか、まぁそういう私も同じ中学の子と元々それほど親しく無かったから廊下とかですれ違った時に軽く話をするぐらいなんだけどね」

 それかなり俺の立場と違いますよね。こっちは軽く会話というイベントすら起こらずイベント回収不可なんですけどね。

 「まぁ心機一転ってことで、俺の場合は」

 「上手いこと言うね。そっか、この高校選んだのは何か理由があったの?桜井先生がいるから?」

 「いや、太一・・・桜井先生はあんまり関係無いですね。うちの親とかは喜んでましたけど。どっちかって言うと星風高校ってうちの学校から進学するやつ少ないんですよ。結構学力が両極端な中学で賢い奴は私立行くことが多いしそうじゃない中途半端な奴はもっと下のランクまで落として受けたりちょうどいいレベルのどっかの私立行くんで」

 「じゃあ君は中学では賢い方だったと」

 「どうでしょうか。俺より上はたくさんいましたし。俺もここ落ちてたら少し遠めの私立滑り止めに受けてましたから」

 「どちらにせよ葛城君が勉強を頑張ったのは間違いないのだからそこは褒めてあげよう」

 年上のお姉さんに朝から頭を撫でられるとはこれはボーナスタイムに入ったのか?いや待てもしかするとこれは夢かもしれない。口の中で舌を噛んで確かめてみるが痛みをちゃんと感じる。現実のようだ。恥ずかしさを感じながらも少し自分を肯定されたことに喜び、またすぐに思い出す。本当に俺は頑張ったのだろうかと。


 昇降口で中山先輩と別れ教室に向かう。

 グランドの方からは運動部の声が聞こえてくる。あの中に氷室もいるのだろうか。

 教室には何人かの生徒が来ておりそれぞれの友人と仲良く昨日観たテレビの話や流行りのアイドルの話題に勤しんでいた。

 ぐるりと見渡しても氷室は当然として正田の様子も見当たらない。文化部とはいえ朝から部活の先輩と打ち合わせをしているのかもしれない。

 たった1日のことだが昨日の騒がしい朝が一転、いつもの朝に変わったことに安堵を覚える。楽だな。やっぱり。

 そう思いほっとしたのもつかの間、背中を思い切り叩かれる。

 「おっはよー」

 あまりの痛さに顔をしかめる。振り返ると予想通り氷室が立っていた。

 「おう」

 「なんだその元気のない返事は。朝ごはん食べたの?」

 どうやら氷室の中では朝ごはんを食べると元気な挨拶が出るらしいがそれは全国の親御さんや教育団体に申し上げたい。朝ごはんで人生は変わらない。

 「いや、痛いし。元気すぎるし」

 「なんだ今日は正田と一緒じゃないんだ」

 「むしろ今日が普通で昨日が珍しいんだ」

 「そう、部活どう?続きそう?」

 「安心してくれ俺は三日坊主には自信がある」

 呆れた顔をしながらも笑っている。全く俺の言葉を信用していないような顔だ。

 「お前こそ頑張れよ」

 「ありがと」

 素直に人にありがとうと言われるのは恥ずかしい。というより人に頑張れとそれもクラスの女子に言うなんて俺もついに高みに上ってしまったか。いや多分これ海抜ゼロだ。

 その後、少し話すと今日も退屈なホームルームが始まる。いつの間にか正田も来ていたようだ。

 忘れないうちにメモしておこう。遅刻がフラグを立てる可能性があると。俺は勉強熱心だからな。ちなみに今のところフラグは立っていない。

 もう一度言おう。可能性があるとはいった。だが立っていない。

 

 可能性だけで言えば人間は壁をすり抜けることもあるらしいぜ。

 限りなくゼロに近いけど。

 



















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