第22話

次の日。朝一と言うことで夜明けと共に家を出て冒険者ギルドへ向かう。寝起きのぼーっとした感覚は朝の冷たい水を顔にかけてさっぱりし、腹ごなしにイェスディンを美咲と一緒に一個ずつ食べた。念のためにポーション十個と中級ポーション五個もそれぞれ持った。

 準備は万端だ。護衛任務が初めてなので、昨日の内に食事が提供されなくても大丈夫なようにがっつりと食える量の軽食も持って来た。

「初めてだからって張り切りすぎたかもね」

そう言って笑う美咲に気負いはない。俺も高揚感はあるが、行きすぎていないと自己判断を下し、美咲も肯定してくれた。

 気合い十分、やる気十二分。意気揚々とギルドへ顔を出すと、今までとは大違いの盛況ぶりを見せるギルドの姿があった。

「おう、ハジメにミサキ嬢、いいタイミングだ」

受付カウンターだけでなく、休憩用に置いてあるはずの丸机と椅子まで持ち出して受付しているギルドの姿に唖然としていると、奥の方からアモンドさんが声を投げかけてきた。どうやら俺達の姿を見止めてくれたらしい。

「丁度今依頼を出した所なんだ。おう、ミシェル!二人が来たぞ!」

「あら?お二人ともお早いですね?おはようございます」

呼び止められたミシェルさんは立ち止まって丁寧にお辞儀をしてからこちらに近付いてくる。

「先程、アモンドさんから指名依頼をお受けさせていただきました。話しは纏まっているとの事なので、依頼内容については省略させていただきます。報酬はタロスロを三十個。今日一日の護衛、頑張ってくださいね」

「ありがとう」

今回は指名依頼で、依頼主が依頼書を作成した直後に俺達が来たので俺達の依頼登録は免除になった。と言うか、依頼書を魔具に登録していないので依頼達成報告時にギルドカードへの登録と達成を一緒に処理すると言っていた。

 礼を言ってギルドを後にし、南門からアモンドさん所有の馬車で一路タロスロのなる森へ向かう。片道二時間の行程だ。

 俺達は馬車の左前と右後ろに陣取って歩く。左前が俺で、右後ろが美咲だ。

 自然体がすなわち即応体勢な俺達は他の駆け出し冒険者達と比べて足が早いらしいことをアモンドさんから教えて貰った。

 脚力や体力についても誉めてくれた。駆け出しの冒険者は疲労が溜まりやすく、一時間に一回は休憩を取るのだといっていたが、こちとら車社会の現代で十八年間殆どバスと電車、車を使わずに過ごしてきた身だ。五時間ぐらいはぶっ通しで歩ける。・・・・・・使わなかった理由は、人にぶつかるからだが。

 そんな事を現代社会辺りをぼかして伝えると、たいそう驚かれた。まぁ、隣町まで何日もかかるこの世界において、隣の隣町まで一日で歩いたとか言われたら驚くよな。そこら辺りは誤解無いようしっかり説明しておいた。

 一時間半くらい経つと森が見えてきた。ここは昔の領境とファルムットの行程でだいたい十分の一くらいの距離なのだそうだ。

 ここら辺で出てくる魔物の強さが一段上がるらしいのだが、タロスロのなる森は更に二段階くらい強くなるのだそう。因みに、タロスロ収穫者の護衛はファルムットのギルドで青銅から鉄級に昇格するためのギルド指定依頼なのだそうだ。

「ウチら、まだ銅級だから先の話だねぇ」

と、美咲が相槌をつくとアモンドさんは「お前さん達まだ銅級だったのか!?」とひどく驚かれた。

「えー?だって、まだ薬草採集の依頼、指定数量に到達してないし、討伐依頼もやったことないよ?一つ一つ確実にこなそうって一と話し合ったんだ!」

俺と話し合ったことを嬉しそうに語る美咲に、二の句が継げなくなるアモンドさん。

「それに、収入の面では困ってないんですよ。商いギルドにレシピをおろしたロイヤリティが結構入ってきますし」

「あ、そう言えばそうだったな。確かに俺もハジメのレシピ、代筆したことが有った」

「その節はお世話になりました」

「いやいいんだ。仲間の商人にベリナナの売上が伸びたって喜んでる奴も居たからな」

「喜んでいる方が居るなら頑張り甲斐がありますね」

「そうだな。今日も喜んでくれるお客のために頑張るか」

話している内に森の入り口に到着したので、もう一踏ん張りすれば目的地に到着だ。此処からは魔物の出現率が高くなるので美咲と一緒に気合いを入れ直して元の位置に着いた。



「流石、戦神様と武神様だ。危険のきの字も感じねぇ」

八体目のワイルドボアの頭を落とすと、アモンドさんは感心したように呟いていた。

「その呼び方、やめてくださいよ。恥ずかしいですから」

笑って咎めると、「おっとすまねぇ」と笑い返してくる。解体も血抜きもせずに頭と胴体を直ぐにリュックサックに詰めると、アモンドさんは不思議がっていた。

「普通、冒険者は最低でも血抜きぐらいするモンなんだが、どうしてしないんだい?」

「へ?そうなんですか?このリュック、勝手に血抜きしてくれるんですけど」

「ほ!?そりゃあ、大した機能ついてるな?結構高かったんじゃないか?」

「うーん、二百ルクでしたけど」

「そりゃあ、完全に掘り出し物だな」

アモンドさんは言外に普通の価格だと知らせてくれる。元々リュックサック型のアイテムボックスはあまり出回らないので珍しいのだが、俺が買ったのはその中でも特に珍しい物だったらしい。自分の激運に今更ながらに驚く。

「どれぐらい入るんだ?」

リュックサックの高機能ぶりに興味を引かれたのか、アモンドさんは更に質問を重ねてくる。

「一つの種類で米ニトン入りましたよ」

答えると恨めしそうな眼差しが返ってきた。・・・・・・まぁ、商人だとそうだよな。

「ねぇ、ハジメ?アモンドさんだから魔法使って荷馬車改造してみない?」

何かを思い付いたように、美咲が声をかけてくる。

その言葉でハッとなった。

 アイテムポーチ、アイテムボックスは空間魔法を用いて指定した物品の内部空間を拡張する魔法。空間魔法は闇の魔法だ。やりようによっては美咲ができるかもしれない。それから、木の実の鮮度を保つための冷蔵は水魔法だ。火魔法でも出来なくはないが、水魔法より数十段難しくなる。そして、自在倉庫に使われている鮮度を保つ方法は時間停止。これは光魔法の領分だ。

「美咲は空間魔法練習してたな」

「水魔法で氷も作れるようになったよ」

「時魔法は練習中だ」

「できそう?」

「停止は割と楽だった。進める方が難しいんだよ」

「おいおい、どうしたんだ?急に空間魔法とか氷魔法とか」

いきなり相談を始めた俺達に、聞こえてくる単語で何を始めるのか察したアモンドさんが相好を崩しながら最初から言ってくれと言ってくる。

「アモンドさん、この馬車、いつも使っているようなので俺達の魔法の実験台にさせてください!八割九分くらい成功すると思います!」

そう言いながら美咲と一緒に頭を下げる。対して、アモンドさんは大喜びしてくれた。

「御使い様の加護を施してくれるならこちらに拒否はねぇ!初めての実験だって?喜んでさしだしまさぁ!」

と言うことで、この幌突き馬車の改造実験が幕を上げたのだった。



「まずは、空間魔法で品物が置けるスペースを確保すればいいんだね?・・・・・・えいっ!」

幌突き馬車の荷台に乗り込んだ美咲は、何も考えずに荷台と幌が区切る空間を、魔法によって押し広げる。軽くキロ平米レベルの空間が出来た。

「阿呆、これじゃ荷物取り出すとき時間が掛かるだろうが。荷馬車の揺れであっちまで転がっていったら取りにいけないだろう?」

「おぉ!失敗失敗。戻すねー」

俺達の軽いやりとりに、アモンドさんは無言で立ち尽くしていた。

「この樽なんか良いんじゃないか?樽の中にさっきと同じくらいの空間を用意して、欲しい物を念じると適当な物を手に持ってくる機能を追加して、後、空間を有効活用できるように並べる機能も欲しいか。で、食べ頃には冷やしてから時間停止の魔法をかけて、早熟の奴はそのまま」

選別の魔法は光魔法が有効だ。鑑定の魔法は光と闇、両方有る。負担を考えると俺が担当する。複雑なのは俺の方が得意だしな。

 在庫が見えるようにしようと思うが、まだ俺は覚え切れていないので数字をミサキに書いてもらい、光魔法でステータスのようにディスプレイを作り上げて桁ごとに該当する数字を表示するように組み込んだ。そのついでで、この樽全体の何割何分何厘使っているかも表示できるようにした。

 取り敢えず試作品が完成したのでアモンドさんに見て貰う。テスト用のダミーも作っておいたので使い心地も確認できる。

「一応、今はテスト段階ですので石ころを入れるとタロスロの絵の横の数字が増えます。収穫した時を想定して石ころを入れてみてください」

俺が言って、適当に落ちていた石ころをアモンドさんに渡す。アモンドさんは子供のようにきらきらした目で試作品の在庫管理付きアイテムボックス(仮)の中にゆっくりと石を入れていた。

アモンドさんの見やすい角度に調整されたディスプレイが浮かび上がり、タロスロのアイコンが表示され、その横に

冷0

凍0

完1

と表示された。うむ。想定通り。

「ほぉ、こりゃ大したもんだ。しかし、見にくいな。小さすぎてぼやける」

「む、それは聞き捨てなりませんね。ちょっと調整してみます」

「もうちょっと・・・・・・もうちょっと・・・・・・おぉ、そのくらいだ。見やすい!」

少しずつ文字とアイコンを大きくしながら直接アモンドさんに見やすい大きさを申告して貰う。それからアモンドさんに言ってもう一度石ころを、今度は乱暴な感じに入れて貰うように言った。

 アモンドさんは言われたとおりに数歩下がって石を放り込んでくれる。

 その後俺はすぐに風魔法を使って樽の口にメガホンの大きい方をくっつけるようにして耳に神経を注ぐ。微かな音もない。

「乱暴にいれても木の実が痛まないようにしておきましたけど、現状は確認できませんね。一応、面白がって美咲が入ったときに振ってみたりして確認はしたんですが」

「そんな事までできるんですか!?ありがたや・・・・・・ありがたや・・・・・・」

アモンドさんに拝まれてしまった。取り敢えず、完成でいいだろう。

 石ころを取り出してもらい、物を取り出す感じも確認して貰ってからダミーを外して元の位置に納める。一仕事終えた気分だ。

 その後は収穫場に来てアモンドさんにタロスロの収穫の仕方を教えてもらい、三人で和気藹々と収穫して過ごした。イエスディンほど多くないと言っていたが、それでも三百個は収穫したが全体の五割程だった。十分に多い。

 一応、自動で食べ頃の物は冷やしてから時を止めることを説明し、使わないと思うが冷凍もできることも話すと、ちょっとやってみようと言う話しに流れて冷凍タロスロを作ってみることにした。

 うん。凍らせることでほんの少し味と風味が落ちる。

「これ、夏真っ盛りの時に食べたいね!味も風味も落ちないでしっかりシャーベットになってる!」

・・・・・・俺の味覚はおかしいのか?美咲は嬉しそうにタロスロを食べる。

「常温にゃ負けるな。冷やしたから当然だ。だが、思ったより風味も味も薄まらないな。これは、売れる」

難しい顔をしているアモンドさんは真剣に評価していた。新しい食べ方を見つけられた事で次第に晴れやかな表情になっていく。

「うん、うまい。他の木の実も試してみるべきだな」

最後にそう評したアモンドさんは商人の顔になっていた。アモンドさんもこういう顔をするんだなと感心する。

「旨い食べ方が有るなら広げなきゃならんのが商人だ。そしたら客が喜ぶ。俺も嬉しい」

俺が感想を漏らすと、笑いながらアモンドさんのモットーを教えてくれた。

 その後は行きと同じように帰るだけなのだが、配置を変えることにした。右前が美咲、左後ろが俺だ。こうすれば行きはそこまで話せなかった美咲の気晴らしになるだろう。

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