第21話

 昨日の夜は夢中で美咲とキスをしてしまった。

 美咲が何かに悩んでいた様なので後ろから抱きしめて、今後の事について話していたら急に美咲が俺の頬にキスをしてきたのだ。堪らずに気付いたら美咲の唇を奪ってしまっていた。でも、そこまででやめられた。獣のように美咲を汚したくなかったからだ。

 で、

 今日は美咲、朝が遅い。目は覚めているようだが幸せそうに口元が緩みつつ、目を閉じて時折堪えきれないように「でへへ」と幸せいっぱいの緩みきった声が聞こえてくる。

 そんな彼女を横目に見つつ、支度を終えて寝室を出た。少しひんやりした空気は清々しい。

 日課にすると最近になって決めた現状確認。ステータスと自在倉庫の在庫確認、それから魔力操作の鍛練と硬鞭の素振り、ついでに直剣の素振りもこなす。今日は久しぶりにまったり過ごす日だ。日に日に涼しくなって行くし、今まで動き過ぎと言われるくらい忙しかったから休養する必要があるとガンジュールさんに言われたためだ。ガンジュールさんやその側近には、シミュリストルの方から俺達の境遇は伝わっていて、こちらでは大人扱いされる年だが地球と同じ様な扱いで落ち着いている。・・・・・・まぁ、俺達二人とも地球の基準で言えば年不相応に家事その他の事はできるらしいが。

「醤油なんかは冬至の後に仕込むんだったか。今やらなきゃならないのは、冬籠もり用の薪割りと食材調達、それから・・・・・・」

思いつく限り冬支度の作業を言葉に出して確認していく。味噌漬けは出来ないが、酢漬けならばできる。薪割りは薪用の木を何本か購入してからだし、昨日、それなりの量の山菜を採集してきたばかりだ。野菜は明日にでも買い出しに行こうと美咲と話している。

 わざと何もしなくても良いようにスケジュールを組んだのだが、逆に今日何をしようか迷ってしまう。地球ならばこんな日は美咲と外にでてキャッチボールや家に籠もってテーブルゲームと洒落込む所だが、此処にはそんな物がなかった。

 一通りやることが終わった俺は、取り敢えず朝食の準備をしようと思い立ち、調理場へ足を向けた。



「おはよー」

準備だけでなく、調理まで終わって漸く美咲が食堂へ顔を出してきた。寝ぼけ眼の割には髪や服は整っている。

「おはよう。今日はやけに遅いな」

「昨日のアレで、よく眠れなかった~」

「その割には朝方、幸せそうだったぞ」

「いやぁ、お恥ずかしい」

挨拶してきたので挨拶の返しにと一言添えると、緩んだ表情がさらに緩む。夢心地を体現しているようだ。そんな美咲に俺の正面の席を勧めて、俺も席に着く。

 今日の朝ご飯はレタスっぽいウルミカとパプリカっぽいアーンスターチ、トマトっぽいカラルクのサラダとハムとウルミカを挟んだ黒パン、ベーコンエッグ、朝届いた牛乳。

「あたし、黒パン苦手かも」

「結構、風味が独特だよな。でも、白パンばっかり食ってたら金持ちに見られるぞ?」

「うーん、それはそれで面倒そう・・・・・・」

「後で対策でも考えようか。・・・・・・あぁ、そうだ。昨日、土鍋とかで思い付いたんだが、庭が結構広いだろ?半分くらい使って窯を幾つか作ろうかと思ったんだ」

「何それ面白そう!やろうよやろうよ!何作る!?」

昨日思いついたアイデアに、美咲は黒パンに食らいつきつつ目を輝かせる。・・・・・・うん、アウトドアな彼女にはいいネタだったようだ。

「考えたのは炭づくり用と土器用。それから、パンとピザ用かな?」

「それなら登り釜が一つに、調理用が一つでいいのかな?あと、この建物、結構おんぼろだから立て直したかったら立て直していいってガンジュールさん、言ってたっけ?」

「あぁ、言ってたな。だが、これから建て直すのは無理だぞ?」

「うぅん、違う違う。世界旅して帰ってきたときに建て直したいなって。きっと、その時には私達も成長してるし、使える素材も豊富になってると思うから!」

先の事は今はまだいいと思うのだが。まぁ、いいか。

「となると、今は庭の半分くらいを使って窯を作るとして、ゆくゆくは・・・・・・楽しくなってきた!」

何を考えているのか解らないが、美咲が楽しそうにしてくれて何よりだ。

「じゃあ、腹拵えしたら町にでて買い物でもしようか」

「うん!そうしよう!」

俺が確認のために提案すると、一も二もなく美咲が首肯し、これからの予定が決まった。



 ライ麦、大麦、小麦、それぞれの収穫時期はとうの昔に過ぎ去っていたのか割高だったが仕方ないという事でそのままの値段で購入。米は丁度収穫時期なのか割安だった。

 大麦は梅雨直前が収穫時期でライ麦は梅雨のさなかで晴天が続いた時、小麦は丁度俺達が来た晩夏辺りが収穫時期なのだそうだ。その時期にそれぞれ大量に購入すれば節約になるな。

 と言うことで米は買い占める勢いで大量に購入。他の人に売る物が無くなってしまうと泣きつかれるまで購入した。美咲は「そこまで買わなくても・・・・・・」と及び腰だったが、醤油、味噌にみりんを作るのに有るだけ買っても足りないと説くと、乗り気になって反対なく購入できた。よし、これで日本酒が作れる!今は調理用だが。

 一応、この世界では十五歳で一端の大人として扱われ、飲酒に結婚、遊郭への出入りも十五歳から出来ることになっている。と、ガンジュールさんから聞いていた。なので、俺と美咲は住民からおしどり若夫婦と見られてなま温かい視線に晒されることになる。まだ結婚していないが、いつかはきっと・・・・・・。

 と、そんな事よりだ。米を大量に購入し、リュックに入れると案外入るもので二トンもの米が入ってしまった。しかし、これが限界らしい。もう入らないと何故か理解できた。そこで中身の米を自在倉庫の方に接続して中身を落とし、さらに裏の倉庫に回って残りの購入分、二十三トンを二人で頑張って詰め込んでいった。

 終わったのは夕方も暮れる頃だ。店主にお礼を言うと、お疲れさまの代わりに前に頼んでおいた麹病に掛かった稲穂をくれた。結構あるらしく、お疲れさん分は今貰った分だけ。後はこちらが買い取る約束をしていたのでありがたくお金を支払った。

 お礼にと、これから多分、こぞってこれを買い取りに人が来るからもっと集めておいた方が良いかもと助言しておく。

「調子に乗って買ったけど、脱穀作業忘れてた」

「もうっ!バカっ!」

帰ってきて、ハタと思い至ると、美咲はコロコロと笑いながら腰あたりをばしんと叩いた。



 思いの外米の詰め込み作業に時間が掛かったので、次の日は窯づくり用の煉瓦を購入しに町へ繰り出した。ついでに、目に付いた野菜も購入しておく。

「この世界って不思議だよねぇ。レタス・・・・・・ウルミカだっけ?は、見た目通り味も触感もレタス。ナシリゴーは見た目と触感が林檎で味が梨。大根は、・・・・・・なんだっけ?」

「大根は・・・・・・ハーレボウだったか。人参はマイレースだな」

「そうそう。ハーレボウ。ハーレボウは見た目が大根で味が人参。マイレースは見た目が人参で味が大根」

「大根おろしが華やかだよな。オレンジ色で」

「ホッケの開きに乗せたら食欲そそるわー」

二人して野菜を物色しながら焼きホッケを想像をしてしまい、思わず口の中で唾が溢れる。

「・・・・・・醤油は絶対に成功させような」

「任せて。伊達に三年間お醤油作ってないわ。お醤油できたらまずは川魚?」

「そうだな。夏には海辺にいたいな。アジの開き・・・・・・」

「私はいかそうめん」

「「じゅるり」」

食べたい物が色々出てきて気もそぞろになってしまう。これはマズいとオークステークに向かうことにした。

「あぁ、これこれこの味!お魚とかイカとかは仕方ないけど牛肉のサイコロステーキ!それとビーフシチュー!サイコー!」

ほくほく顔でマルディンのサイコロステーキとビーフシチューを食べながら、美咲はとろけ顔で訴える。同意見なので俺は頷くしかない。

 最近は久しぶりにと三食しっかり作っていたが、やはりプロの味は違う。

「毎週、二日は此処に来るか?」

「一日でいいと思う~。私、一の料理、好きよ?」

不意打ちのように美咲に言われて、俺は押し黙ってしまうが、美咲は当然の事を言ったまでと三人前用意して貰ったサイコロステーキと格闘している。随分と優勢だ。

 モリモリ美味しそうに食べる美咲は、見ているだけで幸せになる。目を閉じれば尚小気味良い。口に入れるときの、彼女のため息が、まるでリズムを取るかのようだ。

「ん?・・・・・・ごっくん。どうしたの?目、閉じて」

「いや?視力がなかった時と変わらず、小気味良いなと思ってね。まるでサンバのリズムのようだと思ってつい」

「あぁ、一の表現はよくよくわからないけど、気分が良いなら私も嬉しい!」

ついついでてしまった俺の賞賛には苦い顔で応えられたが、美咲は嬉しそうにサイコロステーキにパクつく。後四分の三くらい残っているので俺もサイコロステーキを一人前追加した。



 オークステークを後にして、最初に向かうのは、決まってアモンドさんの木の実屋だ季節が変わったから、品揃えも変わっている。ナシリゴーとベリナナ、イエスディンがなくなり、新たに出てきたのはフォッカという梨に良く似た木の実。その他にはタロスロと呼ばれるフォッカが真っ赤になった木の実とクルーヤと呼ばれる柿に似た木の実。

 取り敢えず二つずつ購入し、先ずはフォッカから。

「おぉ!これぞ林檎!あいしんく林檎!」

梨のような見た目は見た目だけで、食感、風味共に林檎だった。隣で何か喚いているが無視しておこう。

次はタロスロだ。これだけ、アモンドさんから

「最初にガブッとやるのはやめときな」

と注意されたのでそれに習う。

 皮を噛み切ると、途端にそこから果汁が溢れてきた。慌てて果汁が落ちないように吸い込んで飲み込む。まろやかな甘みにくどくない酸味。めちゃくちゃ美味しい。俺が例えがたい味を堪能している横で、美咲はタロスロを四つ買い足していた。

「これは、美味しいですね」

アモンドさんに感想を言うと、嬉しそうに笑った。

「これは口外しないで欲しい物なんだ」

「ん?訳ありそうですね?」

「あぁ。この果実はファルムット近郊でしかならない木の実でな。イエスディンを王都に差し出すことで隠れ蓑にしている特産品だ。ここら辺は娯楽が少ないからな、この甘味が庶民の娯楽って訳よ」

「そんな物を・・・・・・ありがとうございます!」

「おっちゃん、太っ腹!」

「良いって事よ。さすがに無料じゃやれねぇのがこちとら申し訳ないんだ。だから、せめてこの町の最高の味を堪能して貰うくらいさせてくれ」

俺と美咲がそれぞれ謝意を示すと片手を振って大らかに笑った。美咲が言うように太っ腹だ。

「おう、美咲嬢、クルーヤを食べるならタロスロを残しとくと良い」

「へ?なんで?」

最後のタロスロに口を付けようとしていた美咲に、アモンドさんは待ったをかける。それに不思議そうにした美咲だったが、アモンドさんの言葉に素直に従う。俺はその様子にピンと来てタロスロを一個購入してから美咲と一緒にクルーヤを頬張った。

「~~~~~っぱぁぁぁい!!」

最初の内は声にならず、暫くしてから力いっぱい叫んでいた。うん、酸っぱい。これは、レモンかな?

クルーヤの食感は見たとおり柿だったが、味がクエン酸モリモリのレモンだった。聞いたところによると、レモン汁ならぬクルーヤ汁が出回っていて、いろいろな料理に振りかけるのが最近流行っているらしい。・・・・・・うん。扱いがレモンだ。

 美咲の反応にアモンドさんは大満足だったのか大いに笑っていて、それどころではない美咲は無理してクルーヤを頬張りつつ、地団駄を踏んでいる。

「おっちゃんおっちゃん!タロスロもう二個!酸っぱい!」

「そこまで酸っぱくないだろ?ただのレモンだぞ?」

自分の頭をポカポカと叩きながらじっとしていられないように地団駄踏み、両手を差し出してとっておいたタロスロをねだる美咲。可愛い。・・・・・・じゃない。

 要求されたタロスロを渡してやり、アモンドさんに謝りつつタロスロを二つ購入。・・・・・・美咲の奴、タロスロ気に入ってるよなぁ。買い占めは米と違って良くないし、どうしたものか。

「タロスロなら南のちょっといったところにある森の中だぞ。イェスディンみたいに多くはないが、それなりに生ってるって話しだ。取りに行くならクエスト出すぞ?今回は護衛して貰うことになるがな」

「おっちゃん!乗った!」

俺が何に悩み出したのかを察してか、アモンドさんが提案してくる。その提案に、俺ではなく美咲が食いついた。

「じゃあ、明日の朝一に頼むぜ!結構人気のクエストだから指名依頼で出しておくよ!」

「なら、指名料はこちらから払いますよ。少し多めに収穫していただいて、その分を買い取らせてください」

「そこまで世話にはなれねぇよ」

「いいえ、予約料と言うものですよ。アモンドさんの信頼に応えるためです」

「そこまで言われちゃぁ・・・・・・でも良いのかい?」

「大丈夫ですよ。国王からちょっとしたお礼を貰いましたから。ファルムットで使えるなら俺達としても嬉しいよな?」

「そうだよ!おっちゃん、貰っちゃって!」

「いやぁ、悪いね。指名料は二百ルクだ」

「明日、お願いします」

「こちらこそだ」

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