第20話

 私と一は恋人同士になって早三ヶ月になろうとしている。なのに、一は私にお手つきをするどころか手繋ぎさえもしようとしてくれない。・・・・・・あれか?私から行くべき?行くべきなの!?

 ちょっと恥ずかしい。自分から行って痴女とか思われたら立ち直れない。

 しかも、一は視力を得て大分一人でこなせることが増えているし、私が邪魔になって来て居ないかしら?もしかしたら、目が見えないから私の容姿が解らなくて、目が見えるようになって好みの容姿じゃなかったとかでいつ別れようか考えてるとか!?

 あうあう。どうしよう、私、一にフられたらどうやって生きていけばいいの・・・・・・?

 最近、そんな事を悶々と考えることが多くなった。

 だって、聞いた話じゃ恋人になってその日の内にエッチする娘や、遅くとも一ヶ月以内には彼氏にお手つきされてる娘が基本だった。私がいかに女の子として魅力が無かろうと、三ヶ月も据え膳を食べずにいられる男の子が居るのだろうか?いや、一人居た。一だ。

 一は告白のあの時、あろう事かこの私をさして如何に私が彼にとって魅力的かつ安心できる存在か、滔々と、淀みなく語ってくれた。そりゃあもう、マジ泣きしながら彼の告白を受け入れさせていただきました。受け入れた瞬間に一は居なくなりましたけれども。

 それから5日間(らしい)、心此処に有らずで私は部屋の隅っこで一の不在に泣いていた。お隣さんには一と呼ばれる誰かさんが居たけれど、一じゃないのでさらに泣いた。

 もう、一人ぼっち何だと諦めて、天井を見上げようにも体が動かなくなっていた。空腹も感じないくらい衰弱していたらしい。

 そんな時、ウトウトしていると急に周りの気配が穏やかな物に変わった気がしてあたりを見ると、私に向かって土下座しているシミュリストルが居た。そして見知った私の部屋ではなく、あたり一面が真っ白、床が真っ黒のモノトーンの空間に居た。

 どうしてシミュリストルが私に土下座しているのか解らなかった私は顔を上げてどうしてそんな事をするのか尋ねた。理由を途中まで聞いて、怒りが沸々と湧き上がり、それでも抑えていたのだけれどでもやっぱり彼女が全てを言い終わる前に彼女の顔面を蹴り上げていました。後で聞いた話によると、一も最初の邂逅の時、私と同じ様に蹴り上げたそうだ。・・・・・・理由は違えど、ここに来てから始めの行動が一と一緒だったのはちょっとうれしい。

蹴り上げた後、今までの怒りを叩き込むように空中に居るシミュリストルに一足で追いつき、無防備なお腹に踵落としを居れ、空気を蹴って先回りして背中に下から突き上げた拳をめり込ませた。普通なら止まるはずだけど、止まらずにまた宙に飛んでいったので私は地面を蹴り先回りして顔面にまた踵落としをお見舞いし、九十度回ったお腹に渾身の回し蹴りをお見舞いした。

 すっ飛んでいきそうになるシミュリストルの腕を掴むとゴキゴキと鳴りながら肩から手首までの関節が外れるが、構うことなく地面に叩きつけるように投げ飛ばし、それを先回りして発頚を叩き込む。一度では足らないので幾度も、何度でも、飽きるまで叩き込んだ。

 何の話しをしていたっけ?

 そう、その後色々あって、取り敢えず一の元に送って貰ったんだった。そしたら彼から声をかけられて、振り返ったら確かに彼は見えない筈の両目で私を捉えていた。その事がどうしようもなく嬉しくて、一二も堪らず彼の懐に飛び込んでいた。・・・・・・だって、だってだって、あの一が、目が見えずに淀んでいた一の両目が澄み切っていて、あまつさえその両目が私に投げ掛けられていたんだ。嬉しくないわけがない。何度夢想して体が熱くなったか数え切れないくらいの叶えられない夢だったんだ。その時は嬉しすぎて目尻に涙が溜まってしまった。

 ・・・・・・ん?始めに話していた内容と違うかな?

 まぁ、いいか。始めは嬉し泣きするほど嬉しかった一の視力の回復。けれどもそれはこの町に着いてから不安材料になってしまった。冒険者ギルドと商いギルド、それぞれ一を担当した人が美人さんだったのだ。

 冒険者ギルドの担当者、ミシェルさんは年上の女性でふんわりとした緩いウェーブのかかった金髪を肩まで伸ばし、小麦色の肌はきめ細かい。外での活動が好きそうな、活発と言うような言葉がぴったりな女性だ。若干つり目の碧眼は意志の強さも伝わってくる。そんなミシェルさんは普段は澄ました顔で仕事をしているけれど、一が来ると若干相好を崩すのだ。回りの皆はそれを見とれるように見ている。女の私でも魅力的に映るのだから男子など恋に落ちても仕方がないのかもしれない。

 商いギルドのメイヴルちゃんも美人だった。こちらは癖のない、薄い色の金髪をショートカットでまとめ、大きな碧眼は素直さと人の良さが伝わってくる。白磁のような肌は傷なく手入れされていて、若さも合わせて見ただけですべすべそう。そんな彼女が無垢な笑顔を投げてくれれば男でない私もメロメロになりそうだった。

 二人とも私より美人だ。しかも、どちらも魅力的だ。もしかしたら、一もそう思っているかもしれない。

 一度、そんな事をシミュリストルに相談してみた。イエス・ノー枕の時、一が食堂に降りた後の事だ。

「手を出されないのは不安があるかもしれませんけど、彼の生活はあなたを中心に回っていますよ?その悩みは端から見ていると杞憂ですね」

と即答されてしまった。

「後、彼の目に映っているのは美人も醜女も同列に輝いて見えていますよ」

と、彼の公平性を説き始め、

「後、あなたが醜女ならば、世に美人はほとんど居なくなります。それほどの器量をお持ちながらどうしてそこまで卑屈になれるんですか?」

と、何故か私は諭されてしまった。

 うーん、納得できない。

「そう言えば、ハジメ様は奥手で貞操観念も堅いお方ですよね?それなのに、あなたとは抱き合って寝ているじゃありませんか。それだけであなたは彼にとって特別な存在なのですよ」

難しい顔をして押し黙った私にシミュリストルは言葉を重ねてくれる。その時はそれだけで心が晴れた。両頬が緩んで顔が熱くなったのを覚えている。

 それから二ヶ月。未だにキスは愚か手繋ぎもない。

 ・・・・・・私が焦っているだけなのかな?聞いてみたい。でも、聞くのが怖い。呆れられたら、バカにされたら、お前なんて何とも思ってないとでも言われたら・・・・・・、そしたら私、何もできなくなってしまう。

 悶々としていると、寝室に一が入ってきた。家を貰っても、私と一は話し合いをして、同じ部屋で寝ている。さすがに同じベッドと言うことにはならなかったけど。

「ん?美咲、なんか悩んでるのか?」

「一にはそう見えてるの?」

誰の所為よ!って一瞬思ったけど、おくびにも出さずに曖昧に答える。すると、一は私が座っているベッドに上がり込んで私を後ろから抱き締めてくれた。

 おっ!?おうおう!?なに!?なんのサプライズ!?

「美咲に相談なんだが、冬の間はこの町に留まるとして、冬が明けたら、美咲はどうしたい?」

混乱している私を余所に、一はそんな言葉を投げ掛けてくる。

「わ、私?・・・・・・よくわかんない」

一と一緒に居たいとは思うけど、一の問いかけはそう言うものじゃないと思ったから、さっきよりもはっきりと曖昧に答える。

「俺は、この世界を見て回りたい。美咲と一緒に」

「ブッフォ!?」

最後の一言に、思わず吹き出してしまった。さっきまで悶々と悩んでいたのに軽々と私の悩みを吹き飛ばし、あまつさえ私の心をがっちりと掴んでくれる。

「どうした?」

「にゃ、にゃんでもにゃいでふぅ」

悩んでいたのが吹き飛ばされて混乱して、顔が熱くなったり頬が緩んでしまったりでまともに答えられない。

「美咲はどうだ?ついてきてくれるか?」

確認のためか何なのか、一は心配そうな声音で聞いてくる。それだけで、私が断ったら一は自分がやりたいことを諦めそうな事がわかった。

「もちろん、ついて行くよ」

どこまでも。流石にそこまでは言えなかったけど、私の答えに安堵して、嬉しそうに一はため息をついていた。

 嬉しい。自分がやりたい事を抑えてまで私と一緒に居たいと想ってくれている事が。

 どうしようもなく堪らなくなって、後ろ手に一の頭を引き寄せて、その頬にキスをする。こ、これぐらいなら痴女とも思われない・・・・・・ハズ。

 キスを放すと、驚いたように一は私を見つめ、今度は彼の方から私の唇にキスをしてくれた。そのまま、私達は気が済むまで唇同士をぶつけ合い、離して息継ぎをし、求めるままに唇を合わせていた。

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