第23話

帰りの道中で何を話したのか、美咲は町に戻ると何かに悩むように静かにしていた。アモンドさんに聞いても含みのある笑顔ではぐらかされてしまい、俺にはどうする事も出来ない。

ギルドで諸々の手続きをして報酬をもらい、夕食をすませて家に戻る。それまでも美咲は大人しかった。家に戻った後でどうしたのか聞くと、それはもう、やかんが沸騰するくらい顔が真っ赤になった。

「あ、あのね、一・・・・・・その、昨日・・・・・・みたいに、キスしたい」

恥ずかし過ぎてだろう。一向に俺の方を向くことをせず、しかし、しっかりと俺の手をいや、俺の小指を掴んで震えながら美咲がそう言った。

 言い終えると、美咲は吹っ切れたように俺を寝室に連れ込んで俺のベッドに座らせ、押し倒すような勢いで抱きついてきた。言われたことが反芻されてなにも考えられなくなっていた俺は、それを受けて情けなくも押し倒されてしまう。

 互いに呆然と互いを見つめ合う。

 先に我に返ったのは俺の方だった。彼女の両脇に腕を通して抱き締めると、此処まで来て怖じ気付いたのか「待って、待って」とか細く抗議しながら美咲が暴れ出す。しかし、その抵抗も弱々しいものだ。

 彼女の背中に回した両手で彼女の頭を固定してやると、諦めたように美咲は俺を見つめ直した。

「そ、その・・・・・・怖くなったのでキスまでで良いでしょうか・・・・・・?」

「気分による」

「なっ・・・・・・んむぅっ」

驚いたように抗議しようとする美咲の唇を奪い、ぐりぐりと押し付けるように彼女の感触を楽しむ。

 しばらくそうしていると、こわばり気味だった美咲の体からふっと力が抜けた。それを感じて、俺が美咲の口に舌をねじ込むと一度だけビックンと大きく体を跳ねさせ、悲鳴とも嬌声とも判別できるうめき声を上げたがそれ以降はそれまで以上に前進を弛緩させ、俺の舌に自分の舌を絡ませてきた。



「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・あ、あれ?」

しばらく経ってから唇を離し、そのまま余韻に浸っていると美咲が唐突に声を上げた。どうしたのか聞くと、そろそろ俺から下りようとしたが、動けないらしい。

「じゃあ、そのままでいいか」

俺が提案すると、それはダメとの事。ならばと俺はすぐ脇に美咲を下ろしてそのまま抱き枕にして寝ることにした。これなら文句はないらしい。と言うか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 ちょっとの仕草が俺を誘いに来ているのを自覚して欲しい。・・・・・・ともあれ、今晩は最高の抱き枕を手に入れた。



 次の日。午前中に薬草採集を終えた俺達はガンジュールさんたっての希望で領主邸に招かれていた。今日はイッカクさんも同行している。

「幾人か、戦神と武神の噂を聞きつけた者達が勝負か弟子入りしたいと言ってきているんだが・・・・・・」

 客間に通され、挨拶もそこそこにガンジュールさんは本題を切り出してきた。

「冒険者の内、模擬戦をしたいと言ってきているのが三人、弟子入りが六人。貴族の内、模擬戦が五人、弟子入りが三人だ。一応、エリュシアがここまで絞り込んでおいた。後は、君達のやる気次第となるんだが・・・・・・」

「俺達は武神とも戦神とも名乗ってないのですが」

嫌味ではなく本当の事なので淡々と告げると、ガンジュールさんはお手上げと言ったようにため息をついた。

 何分ややこしいのだが、俺と美咲は文化発展のためにシミュリストルに召喚されたのだ。ただ、偶然にも強かったのでシミュリストルの遣わした戦神、武神と人々に見なされただけだし、実際問題人間だ。神じゃない。

 ガンジュールさんはその事を説明はしたのだろう。しかし、彼等は信じなかったらしい。

 しかも、ステータス的に言えば俺達はシミュリストルを凌駕しているらしい。神をも越える身体能力を以て常人かと問われると首を傾げざるを得ないが、不死ではないし不老でもないから神ではないと断言できる。シミュリストルは不老で不死だからだ。

「あ、因みに諸処の劣化は取り除いておいたのでハジメさんとミサキさん、長生きできますよ。それでなくても魔力の影響で老化はすこぶるゆっくりになってます」

という爆弾発言が飛び出したのはいつの頃だったか。それでも、人である以上老化、死は免れない宿命と言っていた。

「なんなら、神の一席ご用意しますよ?ガンジュールさんは確定ですが、気心の知れた神が近くにいると良いって地球の神様から聞いたことがあります!」

軽い提案だとでも言うように何気ない口調ながら、その実、懇願でもするかのように俺に視線を据えて訴えてくる雰囲気がある。

「ハジメと永遠に一緒に居られるっ!よろーー」

「保留で」

美咲の考えで俺も喜んで受けようか少し迷ったが、今の人生、半分も楽しんでないので早々の選択は後悔を呼ぶ。そう思い返事は保留させて貰った。

 閑話休題

 模擬戦はできればやりたくないし、弟子とか・・・・・・。まだ教えるほどに芯ができあがってもないと思うのだがなぁ。

 どうする?と美咲に目を向けると、美咲はのほほんと紅茶に口を付けていた。俺の視線に気付いて小首を傾げる。

「取り敢えず、会ってみたいかな?私たちを見て、侮るなら模擬戦も弟子にも取らない。やってみたい人が居たらやってみれば良いんじゃない?」

案ずるよりも生むが易しとでも言うように美咲が口に出すと、俺も、それもそうかと思い直して三日後に面会することにした。

 その後は新しい料理のレシピの催促が来たり、逆に町で聞こえる不満の声をガンジュールさんに伝えたりしてお開きになった。



 三日後、再び領主邸に招かれた俺達は客間に通されず中庭に通された。

 通されたそこには、既に十七人の男女がおり各々準備運動をしていた。その中で目を引いたのは黒髪黒瞳で黒い服で肌を隠す少年と少女だ。金髪碧眼、若しくは金髪青眼が多いこの国では珍しいし、何より若かった。幼さを残した顔立ちはメイヴルと同じか、それよりも若く見える。そのほかの男女は壮年にさしかかっている者ばかりだったのでそう言った面でも目立っていた。

「こんにちは」

その、目立つ二人に美咲は突撃していった。何やら面白そうと思ってしまったらしい。

「こ、こんにちは・・・・・・」

応じたのは少女の方だった。少年は警戒するように少女を下がらせて美咲の前に立ちはだかるように立ち、少女はその背に隠れるように縮こまっている。応じた声も蚊の鳴くような小声だ。

「あなた達は模擬戦の希望者?それとも、弟子入り希望者?」

「え、えと・・・・・・両方・・・・・・」

「ほへー。そう言う人もいるんだ。やっぱり、実力が解ってからの方が弟子入りしやすい?」

「そう・・・・・・言うわけでは・・・・・・ないのですけど・・・・・・」

「あり?そうなの?」

「は、はい・・・・・・。で、弟子入り、できなくても・・・・・・ちょっと、ぐらい・・・・・・教えを請えたら・・・・・・と・・・・・・」

そろそろ限界が近付いてきたと全身で訴えるように小刻みに身体が震え始め、少年の服を掴む力を次第に強くしていく少女。

「ふむふむ?・・・・・・なになに?ふむ?ちょっとお二人さんギルドカード見せてもらってもいい?私らのも見せるから」

俺が少女への助け船として、美咲に二人のギルドカードを見せてもらうことを提案すると、すぐにその提案に乗ってくれた。鑑定で二人の能力を見ることもできるが、それはマナー違反で反撃されても仕方がない事らしいので了承を得る前ならこちらの方がいいだろう。



ハマナ・ミライ(13)

スキル:

気配察知:二一

剣術:一〇

拳術:五

棒術:四六

調理:六七

鑑定:二五

見切り:三八

天候予知:三

称号:

罠設置者



イヌヅカ・マサツグ(12)

スキル:

気配察知:四三

剣術:三三

拳術:二八

棒術:二二

鑑定:五五

魔術目視:四二

見切り:三六

称号:

近接の玄人



 おっと、日本みたいな国があるんだな。詳細を聞いてみると、ずっと東の方の出身で、十才の頃から二人で武者修行をしているらしい。

 で、最近伸び悩んでいてどう伸ばしていけばいいかわからなかったところに戦神、武神の噂を聞きつけてアドバイス、あわよくば弟子入りしてさらに強くなりたいとのこと。

 俺と美咲がお礼にギルドカードを見せると、名前と年齢、それから称号しかわからないそれを見て驚いていた。ミシェルさんが言ったとおり、何ができるかわからない人物はパーティーが組みにくいばかりか公衆の面前で笑いものにされることもあってはじめは二人も記載していなかったがそういった経験を経て記載することにしたらしい。

 その事を教えてもらったので、俺と美咲はステータスを開いて光魔法で表示を偽装し、それを見せてあげた。大体百前後に数値を偽装しておいた。

「ざ、座頭市・・・・・・」

そんな俺の努力はスルーされて、反応されたのは称号の部分だった。なんでも二人の師匠が盲目で、この称号を持っているらしい。

 そして、称号の効果が話の中で判明した。何らかの状況下で何割かの感覚、身体能力の向上が見込めるらしい。

 座頭市は視界が失われる、目を閉じた場合や盲目の場合、後は極度に近眼で眼鏡をしていない状態であったりすると聴覚、触覚など感覚的な部分が飛躍的に向上するらしい。

 美咲が持っている剣闘士は武器を持たない状態で身体能力の向上、癒しの歌い手はゆったりした歌を歌うと聞き手の心を癒やし、活力の歌い手は元気な歌を歌うと聞き手に気力を沸かせるらしい。

「へぇ、歌、そんなに歌ってないけど何でついたんだろ?」

中学の頃、合唱祭でソロパートを三年連続で歌ったのを忘れているのか、美咲はそんなことを言う。それでなくても気分が落ち込んでいるときや高揚しているときはよく適当な歌を歌っているのだが、それも気づいていないらしい。

「それにしても、剣術、棒術、拳っていろいろ出来るのね」

「そ、それは・・・・・・その・・・・・・いつの間にか・・・・・・」

いろいろあったらしい。ハマナちゃんは俯いてしまった。犬塚君の方は苦虫を噛み潰したような表情になっている。

 それを察知した美咲は謝りながらそれ以上は聞かないと約束し、お詫びにイェスディンを二欠片ずつ二人にあげていた。

「おいしい・・・・・・」

一口、口にして思わずというようにハマナちゃんは感想を述べる。それに気を良くした美咲は毎日買い溜めていたベリナナやナシリゴーを少しずつ二人に与えていた。



「皆さん、お待たせしました。これからハジメ殿とミサキ嬢から模擬戦を受けるかどうか、弟子を取るかどうかの発表をして貰います」

その他の人とも交流し、丁度陽が天辺にさしかかった頃、ガンジュールさんが現れてそう言った。

 なにも告げずに交流を続けていた俺達に驚いたこの場にいる者は、ガンジュールさん達が認めるしっかりした者達だったから不快に思うこともなかった。しかし、弟子を取るのは気が引ける。

 俺が美咲へ目を向けると、美咲はコクリと頷いて息を吸い込んだ。

「私達はまだ修行中の身ですので弟子は取りません。その代わり、一人一人と戦いましょう」

そう言った後に美咲は棍をアイテムポーチから取り出して見せる。俺は硬鞭を取り出した。

 そこに至って、ようやく此処に集まった彼等は色めき立った。歓喜に吼えるもの、跪いて祈りを捧げるもの、慌てたように鞘から得物を引っ張り出すもの、様々だ。そんな中で最年少二人組は途方に暮れたように呆然となっていた。

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