第3話
色とりどりというのは、こういう事を言うのかーー
視界が戻ってきて初めに感じたことはそれだった。今こうしていると、色とりどりと表現していたあそこは片手で数えられるくらいの色しかなかった。
それが、此処に来たらどうか。上を見れば爽やかそうな色が、前を向けばどしっとした色の上に落ち着きそうな色が、地面には土嫉妬した色を明るくした上に、落ち着きそうな色を明るくしたような色が覆っている。
俺は何かの境界のような場所に立っていた。どしっとした色は後ろにはなく、開けた気配だけがわかる。
「これが・・・・・・世界か・・・・・・」
二度目になる感嘆の声が漏れる。あそこも美しいと感じたが、こちらを見ると見劣りしてしまう。
ふと、立ち尽くしてばかりでは居られないと思い、どしっとした色に近付いていく。動くにつれて変化する視界というのは、それだけで俺にとって感動モノだった。
この感動を美咲に報告したい・・・・・・!
衝動にも似た欲求が腹の内から渦巻いてくるが、辺りを見渡し、気配を探ったところで美咲は居ないことに思い当たる。
気を取り直して、どしっとした色に振れるとそれが木であることがわかった。そうすると、この色は大枠で茶色だと言うことになる。昔、美咲が教えてくれた。
手を伸ばして落ち着く色を触ってみると、それは葉っぱだった。それも、しっかり水気を含んでいるので緑色だ。美咲が言うには、水気を含んでいると緑色で、水気が抜けていくと段々黄色へ近づき、木によっては赤になったりする種類も有るとのこと。しかし、水気が多い葉っぱは総じて緑色と言うのが普通だそうだ。
木から離れて開けた気配の方へ赴き、しゃがんで明るい茶色に触れてみる。・・・・・・やはり土だ。乾燥した土は大体黄土色になるらしいから、これは黄土色なのだろう。そして、明るい緑色。これは草だった。位置や高さから見てそうだろうとは思っていたが、改めて触ってみて、やはりと言う喜びがある。
「・・・・・・と、そろそろ動き出さねば」
感動を一頻り噛みしめた後、ようやく俺は本来すべき行動を思い出した。寝床の確保である。
辺りを見渡して気付いたのは、何やら辺りとは違う雰囲気のモノ。辺りとの違いを見て推し量れるのは、辺りが自然物と言うのであるならばあれは対極にある。対極にあるならば人工物だろうか。
人工物であるならば、人がいる。しかも、その人工物は数え切れない。これは村か町か都と言うものだろうか。
取り敢えず、そちらへ向かってみよう。
一時間分くらい歩いただろうか。歩く間に見つけた、色とりどりの花をインベントリに仕舞いながら来たので大分ゆっくりだった事は認めよう。
目の前には俺の視界を遮るように壁がそびえ立っている。初めて見る大きな人工物だ。
壁にぶち当たったので、取り敢えず壁を左に眺めながら左回りに回ってみる。これが村や町や都ならどこかに入り口があるはずだ。
程なくして人が立っているのを見つける。俺より上背があるが、俺より痩せているようだ。
「こんにちは」
「こんにちは」
気配察知で距離を測りながら声を掛けると、生真面目そうなその人は朗らかな声で応えてくれた。
「すみません、不躾な質問ですが此処はどこでしょうか?」
「・・・・・・此処はアルスタイン王国の中継街、ファルムットで御座います。ささ、御使い様、どうぞこちらへ」
「へ?御使い?」
「先ほど、我が矮小の身に天啓が訪れたのです。シミュリストル様が、此方にとある者が訪れるのでその者をもてなせと。そして、その者は盲目から立ち直った者なので色に関する質問が有るだろうと伺っております」
わお、シミュリストルって本当にこの世界の神様だったのか。花を摘みながらこの花はなんて色なんだろうと言う疑問もお見通しってわけだ。・・・・・・いや、不思議そうに眺めながら花を摘む俺を見てればそれぐらい予想できるか。
「それはそれは。丁寧にありがとうございます。シミュリストル様にもお礼を言わなければなりませんね」
「是非ともそうして下さると嬉しいです。教会なればシミュリストル様とどこでも交わることが出来ますが、シミュリストル様もお忙しい身。ファルムットの教会で交信していただければ神が御降り下さった教会として箔も付きましょう」
この人は実直な人だな。そう思う。声音に企みや欲というモノがなく、本心で言っている。本当にこの町を想って言っているのだ。そんな人が想う町。是非とも散策しよう。
「教会は是非とも後で訪問させていただきます」
「そうして下さい。それから、この国、いえ、この世界では身分証がお金のやりとりには殆ど必須となっています。ですので、身分証をお作りになられた方が良いでしょう。・・・・・・この様なものです」
取り出して見せてくれたのは光を綺麗に反射する、冷たい色の物だった。断りを入れて触ってみる。
「この大きさに触り心地・・・・・・カード?」
「そうです。これはこの町の住民票や住民カードと呼ばれる物で、此処に住まう者達のための身分証です。行商には商人ギルドが発行するカード、冒険者には冒険者ギルドが発行するカード、総じてギルドカードが与えられます。製造はいずれも神様ですので信用は物凄く高いのですよ」
「この大きさに金銭のやり取り。・・・・・・電子マネーみたいなものか?此処最近の地球を元にして作ったって言うし、そうなんだろうな」
目が見えなくても、持っていたくらいだ。その便利さを理解した上でシミュリストルが普及させたのだろう。
「今後も旅をする予定なので、冒険者ギルドに行ってみようと思います。それでですが、この花の色なんですけど」
身分証の話しもそこそこに、俺は服に付いているポケットに手を突っ込んで一つの花を掴みだした。様々な花を摘んだ中で、一番気に入った花だ。
「ほぉ、これはシンデッチですね。あぁ、色は青紫です」
「シンデッチ?」
「えぇ、シンデッチです。主に種から油を採取して香料にするのですよ。主に女性が好みますね。ここら辺りはとりつくしてしまい、最近では見つけた者は幸運が舞い込むと噂になっているんですよ」
こんな調子で、俺が花を取り出してはその花の名前と色、ついでに一口雑学を交えて教えてくれた。
「あ、そう言えば、自分はハジメと言います。今日は本当にありがとうございました」
「いえいえこちらこそ。退屈な門兵の時間を神の御使い様のご歓談に充てていただき、天に上るような気持ちにございますよ。わたくしはエル=マッカートと申します。旅をするとのご予定らしいので、短い間でしょうが宜しくお願い致します」
一通り聞き終えて一息付き、そう言えば自己紹介がまだだったと思い自己紹介をすると、恭しく礼をしながら門兵さんも応じてくれた。そんなに敬われるような事はしていないので、少しくすぐったい。
エルさんと別れ、別れ際に教わった冒険者ギルドへ向かう。もちろん、身分証を貰うためだ。
冒険者ギルドに顔を出すと、思った以上の熱気に思わずたじろいだ。しかし、良く気配を読むと見栄を張ってばかりの三流やその下ばかりだ。拳でやり合うにしても手加減が必要だとわかる。
おもむろに入っていくと、そこは間違っても命のやり取りをしている者の性か、俺に殆どの者が視線を投げ掛けてくる。それを意に介さずカウンターへ向かい、空いている席の前に立つ。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが、どちらに行けば宜しいですか?」
俺が言葉を発すると、どこからともなく「ぷっ」という音が聞こえてきた。
「こちらで賜りますよ」
俺が聞いた先にいる人は笑顔でそう答え、俺に座るよう促してくる。・・・・・・声からして、女性だろうか?
「こちらの太線内に必要事項を書いて下さい。あ、分かることだけで構いませんよ。・・・・・・あ、代筆が必要ですか?」
紙を差し出してきて俺がそれに触っていると、文盲だと思ったのか代筆を名乗り出てくれた。
「すみません。最近視力を取り戻したばかりでして。お手数おかけします」
「・・・・・・え?最近視力を・・・・・・?」
「はい。ついさっき」
「す、すみません、御使い様!先ほどギルド長に天啓があり手厚くーー」
「あ、先程のままで結構です。特に問題になるような態度では無かったですし、これから自分も一冒険者です。毎回毎回気を張るのも辛いでしょうから、先程の普通の対応でお願いします」
何事か言い募って平伏しそうになる前に、俺は一般人と同じ対応を要求する。どうやらこの町はシミュリストルへの信仰心が強いようだ。
「で、出来うる限りご意向に沿いますよう・・・・・・」
「はい。お願いします。それから、お手数ですが代筆の方を宜しくお願いします」
戸惑う受付の人を宥めつつ、自分のプロフィールを完成させていく。
「スキルの数値はその者の実力を示します。記入する事でその方にあったパーティーに誘われやすくなりますよ。記入されますか?」
「・・・・・・止めておきます」
多少考えたが、悪い未来しか見えない。
「記入しないとなると、ギルド内での立場が悪くなりますよ?」
「大方、書けないスキルしか持ってないって笑われるだけだろう。それぐらいなら、笑われた方がいい。・・・・・・書けないスキルしか持ってないのは事実だしな」
「失礼ですが、ステータスを見ても宜しいですか?」
俺の物言いに何かを感じ取ったのだろう。緊張した面もちでそう答えてくる。
「スキルだけで良いなら」
「構いません。・・・・・・失礼しますっ!?」
状態確認で能力値を呼び出し、頭に浮かんだ操作をすると、スキルのみが表示された。その状態で手招きをすると一言詫びた瞬間に受付の人は固まってしまった。
「・・・・・・確かに、笑われた方が良いかも知れませんね」
「あぁ。この事は内密に」
「えぇ、冒険者ギルドの機密管理はどの国よりも、例え商いギルドと比較されても負けません。この私も、シミュリストル様に誓って口外いたしません」
「そうか。そいつは重畳。・・・・・・ちなみに、後で連れがくるんだがそいつにもあなたがギルドカードを作ってやってくれないか?」
「もちろんです!・・・・・・あの、その時はお連れ様のスキルも見せていただけませんか?」
「なんでまた・・・・・・」
「ただの好奇心です」
そうか。それなら仕方ない。
「俺は構わないが、そこら辺はしっかり本人に許可を取ってくれ。・・・・・・まぁ、アイツはそこら辺おおざっぱだから大丈夫だと思うが」
一応念押しのために言葉を紡ぐ。こうして言葉のやり取りをして居ると、いつの間にか先方も肩の力が抜けていっている様だ。重畳重畳。
幾分か待つと、茶色いカードを渡された。
「冒険者ギルドでは何者もこのカードから始まります。これは銅(カッパー)クラスを示しまして、その上が青銅(ブロンズ)、鉄(アイアン)、鋼(スチール)、紅玉(ルビー)、青玉(サファイア)、金剛石(ダイヤモンド)、金(ゴールド)、白金(プラチナ)、黒曜石(オブシディアン)の順に高いランクになっています。俗称ですが、銅ランクからあ、青銅をい、鉄をうと呼ぶ者も居ますのでご留意下さいませ」
「わかりました」
了解の意を告げると、受付の人は顎を引く。そこからは完全に素人の俺に対するレクチャーだった。基本、冒険者と言えども客商売。対面する依頼主には丁重に対応する事や、犯罪を依頼してきたらギルドに報告の上で潰して良いとなっている事。(事後承諾は受け付けない。が、場合によっては受け付ける事もある。受け付けない場合は生涯奴隷に落とされる)
ギルドカードは記録機にもなっているので横柄な態度で依頼主に接していると、とある回数でランクダウンする事もあるらしい。俺が受付の人と話しているような雰囲気ならば問題ないそうだ。
冒険者の仕事は主に薬草採取と魔物の討伐で、偶に盗賊の討伐もあるそうだ。まぁ、初心者の俺にかかれば全てが大冒険だ。
「依頼書はあちらの掲示板に掲示される物を見て、自分が受けたい依頼書を剥がしてこちらの受付に示せば受注完了です。その際に詳しい内容や、依頼地の説明が聞けます」
聞いた方へ目を向けると、大きな木の板が立てられ、底に白い線で区切りがしてあった。
「一番左が銅クラスが受けれる依頼です。その隣がアイアン。と言う順番で区切られています。依頼書でごった返しているギルドでも大体の位置は合っていますので、この位置を覚えるまでは一旦全て目を通すのが良いでしょう」
「なる程。分かりやすい」
「ですよね。この様になったのは最近なんですよ。それまで依頼書の左上にランクを示す判子を押さないといけなかったので、画期的な改革でした」
俺が感嘆の声を上げると、昔を思い出したのか、しみじみと目を細める受付の人。
「そう言えば、名前を伺っていませんでしたね。自分は・・・・・・名前を書いてもらったのでわかると思いますが、凩 一と申します」
「あ、・・・・・・これはとんだご無礼を。私はミシェルと申します。しがない町娘ですので姓はあありませんが」
「あぁ、やっぱり姓があるのは御貴族様だけでしたか。自分の国では平民も姓を名乗るので自分は平民ですよ」
「へ?あなたが平民ですか?」
「えぇ、平民です。連れも平民ですよ」
「ほへぇー」
「ま、まぁ今までありがとうございました。これから宜しくお願いしますね」
あまり出してはいけないであろう地の彼女を引き出してしまい、俺は慌てて席を立つ。思い出したように彼女も取り繕って笑顔で送り出してくれた。
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