第4話
さて、次は教会へ向かおう。シミュリストルと交われると言うから、きっとお話しが出来るんだろう。
去年か一昨年ぐらいの時に宗教用語の『交わる』を聞いた時にはあらぬ想像をしてしまったが、今ではしっかり理解していて、宗教用語の『交わる』とはお話をする事である。若いとは恥ずかしいものだ。
そんな事をつらつらと考えながらそぞろ歩きをしていると、それまでの道とはえらい違う、幅広な道にぶち当たった。
今までの道も馬車(門の近くで実物を見た)が余裕ですれ違えるくらいの道幅が有ったが、この道は四台の馬車がすれ違ってもまだ余裕がありそうな道幅だ。
その道のそこかしこで人々が何かをやっている。話し声を聞く限り、どこもかしこも商売をしているようだ。
一つの店?いや、これは屋台と言うべきか?いや、露天かも知れない。そこに目をやると、赤い物体が山を成していた。ーー美咲が昔教えてくれた情景そのまんまだった。
「おっちゃん、一つくれ」
手に持ち、それが丸いという形なのを確認すると、赤くて丸いと言うことから林檎だろうと当たりをつける。ーー触り心地は梨なのだが。
値段は十五ルクだった。ルクはお金の単位で、一ルクは銅粒一つ。それが十集まると銅貨になる。
しかし、支払いは先程ギルドカードを手に入れたのでこの道に来るまでに金貨一枚をギルドカードに入金しておいた。それで支払う。
支払い方は売り手のカードが要求金額を提示するのでそれに了承し、自分のカードをかざすだけ。・・・・・・うん、便利。
カード内の残高は指定の位置に指定の向きで指を置くとカードから数字が浮かび上がってくる。それが残高だ。
早速買い取った林檎?を齧ってみる。うん、食感は林檎だ。味は梨だった。
あのザラザラした梨のような触り心地の中にある、林檎のような食感。味は梨だ。・・・・・・一本取られてそうで取られてなさそうな、居心地が悪い
「おっちゃん、この実はなんて言うんだ?」
「うん?おのぼりさんか?コイツはナシリゴーって言う木の実だよ。最近じゃ、果物って洒落っ気タップリの部類分けされとるがな」
「おぉ、名前もどっちつかずか。も一個くれ」
「あいよ。十五ルクだ」
「ほいよ」
カードをかざしてから重い物を選んで受け取る。手を挙げて挨拶してから立ち去った。
ナシリゴーをシャクシャクと咀嚼しながら町をそぞろ歩く。偶に景色に見とれて人とぶつかるのはご愛嬌だ。それでも「すみません」と謝れば笑って許してくれるし、その後で「観光の人?」と話しを振ってくれる場合もあった。ここは大分治安が良い。それをひしひしと感じる。偶に路頭に迷っている子供も見かけるが、その子達も住民票を持っており、銅貨分を上げれば嬉しがってついてきた。着いてくるだけでなく、率先してこの家はこう言うことをやっている人の家だとか、この店にはこんな物を売っているんだとか、渡したお金以上に働いていた。子供らも、この町を盛り立てて行くんだと言う気概が見え隠れしている。
此処の領主は素晴らしい善政を敷いているんだと嬉しくなってきた。
そんなこんなでたどり着いた教会。いつの間にか三人に増えていた子供達にお礼を言って、お気持ちを渡そうとするとそれだけは断って、笑顔で手を振りながら楽しそうに駆け去っていった。途端に寂しくなるが、こればかりは仕方ないと割り切り、教会の戸を開けて講堂の中に入っていく。
中は衣擦れの音一つもしない、静謐という言葉がぴったりと合うような雰囲気だった。外の喧騒と、戸を閉めれば静寂が横たわるこの空間のコントラストも栄えている。正面にはシミュリストルを称えるように、着色を施した半透明な板ーーステンドグラスだったか?ーーでシミュリストルが描かれ床にその色を落としている。
横に視線をずらせば、横長の椅子が整然と列を揃えて並び、そこに腰掛けているまばらな人々が熱心に祈りを捧げていた。
誰も座っていない椅子に近づき、腰を下ろす。この椅子は、俺の見立てでは五人は座れると思う。それが前後に十脚、中央を隔てて三脚ずつ並んでいる。そこで周りの人に合わせて両手を組み、頭をうなだれる。
ーーシミュリストル、ここに送ってくれた事、感謝します。
なにせ、降りたって早々に日本と変わらぬ、いや、日本以上に治安の良い場所の近くへ送ってくれたのだ。そこに限って言えば、感謝こそすれ恨み言をほざくなどお門違いだろう。
ーーでも、美咲が居ないと人生の半分くらい欠けてるような気がします。
そこは正直にもの申させてもらう。恋人になってから数瞬しか立っていなかったのだ。こんな仕打ちはあんまりだ。
ーー視力の回復は思っても見ない僥倖でした。この素晴らしい世界を満喫できています。
素晴らしすぎて、多分、シミュリストルの想定していた事の成り行きより大分遅くなっているような気がしないでもない。そこは、多めに見てもらいたい。
ーーそう言えば、冒険者ギルドでギルドカードを取得しました。シミュリストルはその外に持っておいて欲しい物は有りますでしょうか?
『商いギルドのギルドカードを手に入れよ』
「え?」
心の中で丁寧にシミュリストルへ語りかけていると、唐突にどこからともなくシミュリストルの声が聞こえてきた。思わず、祈りの体勢を解いて辺りを見回してしまう。目端に移るのは、呆気にとられて俺と同じように辺りを見渡す熱心な信者達だ。
『我が遣わした凩 一、貴君の知識を生かし、世界の発展に務めよ。そのために商いギルドのギルドカードを取得し、レシピを全世界に広めよ』
『実際はのんびりして良いぞ』
最初は響きわたるような威厳のある口調で語られていた声が最後だけ内緒話をするように、口調も変えて聞こえてきた。シミュリストルのこの世界の為の配慮だと思う。
見慣れない俺を目に留めた信者達は、俺に傅いて頭を垂れていた。
自分は大した者ではないと傅くのを止めさせ、何度も言葉を交わして緊張を解し、ついでに商いギルドの場所を聞いて教会を出ることにした。
これで、この教会にも箔が付いたのだろうか?いや、御使いが現れシミュリストルが降りてきたと言っていたから箔なんてモンじゃないのかも知れない。
さて、やってきましたシミュリストルご要望の商いギルド。入ると、外の喧噪もかくやと言うほどの喧騒でごった返していた。「急げ、急げ」と言うかけ声のほかに、「おぉ、神よ・・・・・・!」と言う感極まった声が時々あがる。
あ、此処にも天啓をもたらしたのか。と言うか、商人もシミュリストルを崇拝してるのか。
「あ、いらっしゃいませ!儲かってますか?」
「あ?えっと・・・・・・?」
しばらくごった返しているギルド内部を見学していると、受付の人ーー声からして若い女性ーーの一人が俺を目に留めて声をかけてきた。
「あ、初めての方ですね?どんなご用件ですか?」
俺の反応で察したらしい。愛想良く、テンポよく俺に用件を促してきた。
しかし、俺が用件を伝えるとズガァン!と雷を落とされたように一瞬だけ身震いして固まった。
「も、もしかして、コガラシ・ハジメ様でしょうか」
ややあって、無言のままでは失礼と思ってくれたのか、大分ぎこちないながらも身元の確認をして来た。こちらとしては合っているし、何の問題もないので首肯する。
そこからは冒険者ギルドとほぼ同じ様な手順で商人登録をした。事ある毎に泣きそうになる彼女を宥め賺すには骨が折れたが、最後の方は打ち解けて明るい声音に変わっていった。調理スキルの内容を確認した彼女は「是非!是非是非是非!試食させて下さい!」と食ってかかるような大勢でお願いしてきた。周りの職員が慌てていたが、俺が笑って了承すると、安堵のため息がそこかしこから一斉に聞こえてきた。
俺の調理スキル、実は甘味づくりに特化している。
美咲が喜ぶのもそうだが、食事関係ではどうにも美咲に太刀打ち出来なかったので美咲が苦手な計量関係に特化したのだ。ケーキ作りなど計量でほぼ味が決まるしな。
と言うことを掻い摘まんで話していると、受付のお嬢さん、メイヴルはよだれが垂れそうな勢いで目を輝かせた訳だ。
ちなみに、この世界では特許の概念が浸透している。これもシミュリストルが地球から持ち込んだもので、管理はシミュリストル。レシピを作り、商いギルドに持ち込めばシミュリストルへ奉納されて問題無ければ各地の商いギルドに拡散され、それを使った物が売れればロイヤリティとして売上の数パーセントがレシピ申請者へ還元されるらしい。しかも、その時代の重要なレシピ程ロイヤリティは増えていくらしい。・・・・・・実はシミュリストルは有能なのかも知れない。
シミュリストルが商いギルドでも崇拝されている根拠を垣間見つつ、商いギルドを出て宿へ向かう。メイヴルからオススメの宿を聞いておいた。
一番広い道に戻ってきて、赤い屋根と青い屋根がはす向かいにある十字路で青い屋根を右に見て左に曲がる。次に曲がった先の直ぐの十字路を左。それから三件目にあるのが宿屋オークステーク。ここがメイヴルオススメの宿屋だ。
店内にはいると、受付の人が視線を投げてきた。
「商いギルドのメイヴルさんにお勧めされたのですが、ここってオークステークでよろしいですか?」
無言のままもいけないと思い、名乗ってからここに来たいきさつを話す。
俺の言葉に、受付の人は目を見開いて両手で口を覆っていた。話していると何かの拍子に見かけるが、流行っている仕草なのだろうか?
「確かに、ここはオークステークですよ。宿泊なさいますか?」
「えぇ。宿泊します。取り敢えず、一週間分お願いします」
宿泊を希望すると、受付の人はーー声からして壮年の女性ーー嬉しそうに微笑みながら丁寧にこの宿のシステムと料金を提示してきた。一日に必要な額は三鉄貨。銅粒、銅貨、青銅貨、鉄貨だから三千ルク。一週間ならば二鋼貨一鉄貨だ。
了承を示して先程金貨を入金した商いギルドの方のギルドカードで決済をする。念の為、メイヴルさんと面識があるのを示すためだ。
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