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 一応ライン交換しておいてくれると嬉しいな! という部長の言葉に何も言えず追加された連絡先を見ながら、とぼとぼと帰路につく。友人は引く手数多のサークルの中からすでに絞ってしまったようで、明日から朝練あるからと先に帰ってしまっていた。いいなあ…その決断力……。何度目かの溜め息を吐きつつ、金屋敷はゆっくりと歩を進める。

 上演が終わると、すぐに質問攻めにあった。演劇は初めて? どうしてここにしようと思ったの? キャストと裏方だったらどっちがいい? もちろんゆっくり決めていいからね───。演劇サークルに来るのはすでに決めている人が多いらしく、祈りに祈った「他のサークルも見てみた?」という質問はまるで出なかった。

 どうしよう…どうしよう……。今だってピンクの人と部長が場を諌めてくれなかったら、もっと時間がかかっただろう。それでも一時間半の劇を全部見てしまったから、終わる頃にはほとんどのサークルが解散してしまっていたけれど…。明日は別の劇をやるからよかったら見に来て、なんて渡されたチラシがリュックサックの中に入っている。あれも明日も来てね、という意味だ絶対。よかったらじゃないよね絶対。

 よりにもよって演劇サークルなんて…。もう一度大きく溜め息を吐き、リュックを背負い直す。文化部の中の運動部とも言われているそこに、病弱でほとんど体育に出たことのない自分が? 吹奏楽ですら呼吸器の問題で入れない私が? 絶対無理だよ、例え入ったとしても必ず足を引っ張る…。伸びた影が自分を追い抜き、実際の背より高く地面に映っている。最初から自分を数えられていなかった体育祭、それでもクラス全員で頑張ったと言われた得も言われぬ疎外感。

 ただもし、今度こそ加われるのなら───。

「おーい、金屋敷! お前も方向そっちか!」

「……?」

 小さく振り向くと、眩しい夕焼けの中からこちらに駆け寄る影が一つ。逆光で見えづらいが、背後で揺れる髪の色には見覚えがある。というかありすぎる。思わず立ち止まると、その隙にとばかりに一気に距離を詰めてきた。

「先輩……」

「新入生勧誘中はあまり練習ができないものでな、早いんだ。どうだ? いい部だろう?」

 相変わらずサングラスでよく見えない目元とともに、隣に並び歩き出す。どうしよう、入部なんてできない上年上の人と話したこと本当に無いんだけど……。返事に迷い黙ったのを肯定ととったのか、そうかそうかと嬉しそうに一人で頷いている。

 こうも入部を疑われていないところを見るに、勘違いされていることにも気づかれていないらしい。あのとき呆けてないでちゃんと言えばよかった……私が見てたのは園芸サークルのポスターですって……。劇も最初から最後まで全部見てしまったのだから、もう後の祭り。今更他の部も検討してみたいですって言える? 私は言えない。

 考え事をしているうち、つい俯いてしまっていたらしい。少し顔を上げてみても、まだまだ家は遠い。再度目を伏せれば、追い打ちとばかりに向かい風が長い髪を小さく攫っていった。

「そういえば、お前何学部? 私は人文学部なんだが」

「え、園芸学部…で…」

「園芸? 珍しいな? うちに来るのは人文学か心理学なんだよ、まあ部長は理工学なんだが」

「えっと、その、私………」

 ───言えるだろうか? 今なら。その珍しさ通り、演劇サークル志望ではないと。ただ、同時にふと思いつく。人文学か心理学がよく入部するということは、当初の目的通り他学部の友達を作りやすいということでは…? まだ上演会に参加したのが自分だけということは、後から来る人と話しやすいのでは……?

 懸念材料は、自分が練習に耐え切れるかどうかだけ。あれ…? あれ………?

「…………………その、サークルがある、日って………」

「ああ、週四だが兼部してる奴もいるし、毎回出る必要もないぞ? もちろん大会の演目が決まれば忙しくなってくるが、本番が近づいてくるにつれって感じだな。こんなこと言うのも何だが、大学のサークルだし。本気でやるというよりも楽しむこと重視だ」

「………か、体が弱くて……運動とかも、できないんですけど………」

「ん? じゃあ裏方やればいいんじゃないか? もちろんそっちも体力勝負だが、演じるキャストほど体力が無きゃいけない、ってわけじゃないし。何度も言うが楽しむこと重視だ、楽しんでやれたならそれが一番なんだよ」

 ………参ったなあ、なんだかやれそうな気がする……。裏方という役が何をやるのかさえまだわかってないけれど、大丈夫そうな気がする……。金屋敷からの質問を待っているのか、彼は特に何を言うでもなく隣を歩いている。部長さんもいい人そうだったし、なんだかんだ言ってこの人もいい人そうだし……。大丈夫かなあ、できるかなあ。きゅっとリュックのストラップを握りしめる。

 入って、みようかなあ。

「…裏方って、どんな役なんですか?」

「裏方には大きく分けて三つあってな、音響と照明と衣装、それぞれの班がある。衣装は最近買ったりしてるから、班自体が廃れかけてるけどな。音響と照明はそれぞれ名前の通り、BGMと光の効果担当だ。どっち希望とかは決まってたりするか?」

「えっと……………植物によく曲を聞かせてたりしたので、おんきょう? さんかなって…………」

「音響か! 明日は班長が居るはずだから話を聞いてみるといい。今日は兼部してるもう一個の方行ったらしくてな」

「あ、ありがとうございます、………先輩」

 そういえばまだ名前を聞いていなかった。部長はラインの名前でなんとなく察したが、この人はピンクの人というだけで全然情報がない。多分キャストの人なんだろうけど…。そんな金屋敷の態度に気付いたのか、ああ、と彼は口角を上げる。

「私は路悠じゆうだ。路悠稀惺きせい。特に役職はないが、キャストだ」

「ジユウ……キセイ………?」

「本名だぞ? 教務課に何度も確認はされるがな」

 聞き間違いだと思ったが、まさかの合っていたらしい。けらけらと笑いながら念を押され、そのまま口を噤む。外見も奇抜で名前も一度聞いたら忘れないような名前なんて、この人すごいなあ……。ぼんやりと中身のないことを考えつつ思いつく限りの質問を並べれば、いつの間にか家が近づいてきていて。

 その頃にはもう、どうすればサークルに入っても迷惑をかけないかなに変わっていたことに、気づかないまま。

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