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 入学式はスーツで、なんて言われていたから、てっきりとんでもない大式典が行われるのかと思ってた……。事前に案内されていた体育館を列に逆らわないよう後にし、臨時で用意された教室でゼミ担当の教員を受ける。あとは自由解散で、教室に残って弁当を広げる者、さっそく学食に行こうと誰かを誘う者と様々だ。

 高校からの友人は入学式早々サークルに引っ張りだこらしく、先輩たち撒くから先ご飯食べてて! という連絡が入っていた。病弱で休みがち、出席日数の関係で卒業が危ぶまれた自分とは天と地の差だ───なんて。溜め息を吐きつつ、とりあえず皆に倣い教室を出る。

 広い土地を最大まで生かしたこの大学は、四つの学部が存在している。理工学部に心理学部、人文学部、そして園芸学部。一度入ったら学部は変えられないのは他大学と同じだが、学部同士それほど隔たりがあるわけでもない。サークルはもとより、基本的に全ての講義に参加可能だ。卒業要項に当てはまるかはまた別問題だが、かなり自由度は高い。

 が、園芸学部だけは別だ。講義の内容が内容なだけに、学部制限を設けたり抽選が行われたりする場合が多々ある。当然他学部との交流も減るので、謎の学部と謳われることさえあるらしい………。

 まあ、自分の入学した学科なのだが。

「……………す、すみません………すみませーん…………」

 高校の教師にこの学部にすると告げた時、そういえば、なんて聞いた話。彼にとっては大した問題ではなかったのだろうが、自分にとっては大問題である。幼い頃から病弱で、一つ風邪を引いただけで入院騒ぎになるような生活だった。そんな人間が普通の学校生活を送れていたのかと問われれば、答えはノーで。せっかく仲良くなった子も、気がつけばクラスが変わりいなくなってしまう。そんなことをずっと、小学校より前から繰り返してきた。それを、大学でも繰り返せと…?

 学業第一なのはわかっている。それでもやっぱり友達がほしい…! 園芸学部は過ごしていれば話せる人がいるだろうし、何より友人はすでにいる。だけど、他学部だとそうはいかない。今はまだ座学もあるから接する機会もある、とは思うし…。ただ、それも講義中のみになってしまうから、そこから親交を深めるのは難しい。

 つまりサークルに入って、そこで他学部の友達を増やせば………!

 病弱が完全に治っているわけではない。サークルどころか、授業に出られる日も限られてくるかもしれない。それでも私は諦めたくない…! ぐっと拳を握り、昼休みになったからか人だかりが空いてきたサークル掲示板へ目を向ける。まずは、自分が入れそうなサークルから!

 低い身長を生かし、謝りながら最前列へ躍り出る。前に出られたとしてもこの身長なら見えづらくなることもないからだろう、特に嫌な顔もされず済んだ。よかった、もしかしたら先輩かもしれないし…。ほっと一息つき、わざと長めに切っている前髪の隙間から新入生歓迎! と書かれたチラシを一枚一枚見ていく。

 運動部系は無理だから、屋内でやるもの…。吹奏楽とかも呼吸が持たないから却下。となると、ボードゲームとか? 同好会ってことはまだサークルとして認められていないはずだし、少人数なら誰かと話すことも多くなりそう…。あれこれ考えつつチラシを覗いていれば、ふと上の方に貼られたポスターに目がいった。

 園芸サークル。その名の通り植物を育てるサークルです。園芸学部じゃなくても大丈夫です! 経験者の先輩たちとともに、一緒に自分だけの植物を育ててみませんか? …………………気になる、すごく。でも、こういうサークルって園芸学部しか入らなそうだし……けど自分には植物を育てるくらいしか能が無いし………。

 自分の得意分野であれば誰かと話す機会も増えそうだが、それが園芸学部だけとなると話は別。だけど、正直他のサークルに入っても続かないならそもそも意味がないし……。ポスターを食い入るように見つめ、思案してみる。兼部も認められてるみたいだけど、体調的に一つに絞るしかないし。

 どうしよう、とりあえず見学に行ってみる? 話だけ聞くのもいいよってチラシに書いてあるし…。あれでもないこれでもないと唸っているうち、とんとん、と肩を叩かれた。

「え?」

「入部希望か? うちのポスター見てただろ?」

「………え?」

 振り向けば、何故か人だかりが若干引いていて。否、文字通り「引いている」のだ。野次馬のように一歩引いて、皆呆気にとられたかのようにこちらを見ている。え、わ、私何かしちゃってます…? 慌てて後ろを振り向けば、野次馬に囲まれた彼女以上に目立つ人物がそこにいた。

 まず視界に入ったのは濃いショッキングピンク。確実に地毛ではないのは目に見えてわかる綺麗なピンクは、それがぶちまけられているのがキャンバスでないのが非常に惜しいほど。元々の髪質だろうか、それがストレートのショートカットに切られているのはまだわかる。だが、ショートカットにされているはずの後ろから二つ結びにされた髪が見えるのはどうしてだろう………? 長さも私くらい長いよね? どうなってるのあの髪型? ていうか声からして男の人だよね? あれ?

 ぱっと目を引くのが髪だっただけで、顔も服装も負けていない。しかし、慌てた脳内を真っ白にさせるには充分だった。呆気にとられるうち、抵抗もできずに腕を引かれどこかへ連れて行かれている。そこでようやく見えた後頭部もやはりどうなっているのかわからず、さらに混乱を深めていった。えっえっ、もしかして大学ってこういう人がいっぱいいるとこだったの…?

 どこか大きめな建物に連れて来られ、ピンク色の誰かが普通の誰かに軽く挨拶して。座布団の上に正座したところで、はっと我に返った。

「えっあっ、あれ………」

「キャスト志望かな? それとも裏方? あ、まだ決まってなくてもいいからねー。両方掛け持ってる阿呆もそこにいるし」

「はっはっは、やりたいことをやってこそサークル活動だろう! なあ部長?」

「はいはい」

 雰囲気からもわかるようなしっかりとした女性に軽くあしらわれ、では茶でも準備してくる! とピンク色の誰かは奥の方に消えていった。壁の方に座布団が何枚か置かれており、そこと反対側を仕切るようにカーテンのようなものが垂らされている。キャスト? 裏方? ここどこ………? 怯えるように小さな体をさらに縮こませれば、先ほどの女性が苦笑いしながら隣に座ってくれた。

「びっくりしたでしょ? そんなに怯えなくてもいいよ、あいつが変なだけでうちの部は普通のサークルだから」

「え、あ、あの…」

「ああ、私はここの部長。舞監も兼ねてるけど一応キャストだよ。あなたは?」

「その……………金屋敷かなやしきこころです」

「意ちゃんか! よろしくね」

 部長というからには三年生なのだろう。新入生は入学式でスーツ姿が基本だからだろうか、フランクに話しかけてきてくれる。ただ、ブカン? ますますここは一体何部なのだろう……?

 カーテンの向こうが少し騒がしくなってきた。お茶を持ってくる、ってことは部室だろうし…今更何部なんですかって聞くのも失礼だよね……。そもそも上級生とお話したことなんてほとんどないし……! どうしようどうしよう、なんて考えていると、お盆に三つ紙コップを乗せピンク色の人が戻ってきた。

「今日の上演会はこいつだけみたいだな」

「初日だしねー。じわじわと増えてくれることを祈るよ。去年なんて入部届け提出ギリギリになってから入部したのもいるしね」

「まあ仕方あるまいて。ほら」

「あ、ありっ、ありがとうございます……」

 受け取った紙コップには緑茶と氷が入っており、外から触れただけでも冷たい。小さく口をつけながら、ふと先ほどの会話を思い出す。上演会…? 上演ってことは、お芝居か何か? まさかここって……? 確かめようとピンク色の人を見ても、部長の向こう側に座ってしまったため小声で話しかけることさえできない。ど、どうすれば、絶対私には無理だよ………! きゅっと拳を握りしめた瞬間、閉じていた幕が開く。

「「ようこそ! 演劇サークルへ!!」」

 予想通りのサークル名を、高らかに叫びながら。

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