第12話 親の愛は離れてから知る…のだろうか

 ドアをそっと開き中の様子を伺う。

人がいる気配が無い。

「すみません。渡辺です」

声をかけるがやはり返事は無い。

上がるか外に出るか迷っていると、ドアが開く。

「やはり私の方が遅くなってしまいましたわね。渡辺健一さん」

「あ、あの」

「どうぞ上がって下さい」

そう言って中に招き入れる。

「私、川原百合子。由美の母です。どうぞ座って」

「渡辺健一です。由美さんにはお世話になっています」

(って、向こうは知っているよな、何言ってるだ、俺。それにその格好)

「お世話になっているのは由美の方でしょう。そんな堅くならず、どうぞお座りになって」

(堅くもなるでしょう。由美さんのお母様だし、その制服、警察関係者?)

ソファーに座ると丁度良い加減で沈む。高級なものなんだろう。

「山本さんから由美さんのお父様が警察官なのは聞いておりましたが、お、お母様も警察にお勤めだったとは知りませんでした。お嬢様に大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」

「警察官の娘がふしだらなこと。もう娘とは思っていません」

「由美さんはふしだらではありません。素晴らしい女性です!」

「あなた、いい人のようね。…あんな娘でも、どのような方と暮らしているか、実際会ってみたかったの。署や外で会って誰かに見られるにも嫌だからここに来てもらったの」

「はあ」

「失礼ながら、少し調べさせて頂きました。あなたのご両親はあなたが17歳の時、事故でお亡くなりになっているのね。その保険金でこれまで生活している。芸術家を自称して主にネットオークションやネット販売で収入を得ているようね」

キリッとした目を向けられると宝塚女優並みに整った顔立ちに、全てを見透かしているような迫力がある。

(やはり由美さんのお母様だ、きれいな人だな。いくつくらいなんだろう。由美さんも将来、こんな感じになるのかな)

「何締まりの無い顔してるの。聞いているの」

(言い方が由美さんと同じだ。親子だなぁ。と、まずい)

「すみません、聞いております。これでもそこそこ収入はあります」

(多分口座も調べてあるんだろうな。組織からの振り込み、別のネット銀行にしておいて良かった。そっちは組織が調べられないようにしてくれている)

以前山本刑事から調べられた為、変更しておいた。

「ほとんど臨時収入くらいにね」

「借金はありません。マンションも両親の家を売ったお金で支払い済みです。保険金もまだ十分残っています。それに作品が売れれば入る額もそこそこです」

「安定収入じゃ無いでしょう。ほとんど綱渡り。売れなくなったら、どうするの」

(確かに綱渡りだな。もう一つの方も)

「コアなファンがおりまして、今のところ定期的に購入してくれています。最近もう一人、ファンが出来ました。余裕のある今のうちに投資をしてみようかと」

「それと貯金もなさい。ネット銀行には高金利のものもあるわ」

ネット銀行の言葉にドキッとしたが素直に頷くことにした。

「そろそろ時間ね。ICカードキーを返してちょうだい」

カードを渡し、帰ることにした。

「由美を、…。何でも無いわ」

振り返ると百合子がうつむき、目の端に光るものを見た気がした。


 監視カメラは百合子を写していたようだ。

しかし、殺意を持って出入り口に細工をされたら。

対策を考えなければ。

落札した件が殺し屋の殺しなら、自分がターゲットになることも考えられる。

自分だけならともかく、由美を巻き込みたくは無い。

(思い切って組織を頼ってみるか)

その反応を見る。

どうリアクションをとるか、それで今後の方針を決める。

(鬼が出るか蛇が出るか。どっちも嫌だな、蛇はどうも苦手だ)

手足が無いのに前に進む。

それにあのにゅるにゅるした動き、想像しただけで悪寒が走る。

問題は組織にこちらから連絡をどう取るかだ。

これまで組織から連絡は入るが、こちらからすることは無い。

こちらから連絡出来無いのは組織に近づけない様するためだろう。

メールも発信先を辿れない。

連絡先から辿られることを警戒しての事のようだ。

例の貸倉庫にメモを置いたらどうだろう。

他に方法が浮かばない以上、試してみる価値はある。

するとその日の内にメールが届く。

貸倉庫と健一を監視している証拠だ。

翌日、いつものホテルのロビーに行く。

太田が待っていた。

「困りますね、あのようなことをして」

「由美に手を出さないと言っていただろう」

「そのお約束は守っておりますが」

「俺をターゲットにしないという保証は?」

「それはお約束できかねます」

「…まあ良いだろう。しかしマンションのドアに爆発物を仕掛けられたら由美も巻き沿いになる。それは約束と違うだろう」

「組織はそのようなことは致しません。そのような程度の低い手段を取るものなど、おりません。しかし、用心することは良いことです。世の中にはバカな輩もおりますから」

「対応策が浮かばない。しょっちゅう引っ越すわけにもいかない。逆にリスクが高くなる」

「出入り口を増やせば良いのですよ」

「マンションだぞ。一戸建てとは違う」

「一戸建ての方がリスクが高い。マンションの良さはございます。ですから怪しい時はお隣から出入りすればよろしいかと」

「他人が住んでいる。そんな事したら、怪しまれるだろう」

「住んでいれば、そうですね」

「?」

「二週間ほど頂きましょう。怪しまれることの無いよう致します。最もマンションごと爆破されればどうしようもありませんが、そんな事はまず無いかと」

「どうするんだ?」

「手配が済みましたら、ご連絡いたします。しかし今後、このように呼び出す真似はご遠慮頂きます」

「判っている。今回の埋め合わせはする」

「では、良い入札を期待しております」

そう言って太田が立ち去ると、ロビーが急に静かになる。

周囲にいた客の多くは組織の者だったようだ。

改めて組織の巨大さが判る。

10日後、さらに思い知らされることになる。

貸倉庫に呼び出され行ってみると鍵が二つ置いてある。

何だろうと思い、他に何か無いか探す。

パソコンも今日は無い。

とりあえず鍵をポケットに入れ家に戻ると、

「お帰り。あのね、今日両隣の方が引っ越すって挨拶に来たの。お世話になりましたってこれ貰っちゃった。私の大好きなお菓子を二種類も」

菓子折を二つ見せる。

嬉しい時に見せる少し跳ねるような歩き方をする。

(ああ、由美さんの笑い声が聞こえるみたいだ。元気になって、良かった)

はっと思い出し、持ってきた鍵と家の鍵を比べる。

同じものだ。

(出入り口を増やした訳か)

翌朝には両隣とも空き室となっていた。

その後、隣に引っ越してくる者もいなかった。

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