第11話 部屋の鍵貸します…て何?
家に帰ると、由美が食事の用意を済ませていた。
「お帰りなさい」
「ただいま、良い匂いがすると思った。食事、作ってくれたんだ」
「食欲を満たすことは、幸福感を得ることにもなるそうよ。食べて元気出して」
ホワイトソースグラタンとバケット、野菜サラダもある。
「美味しそうだ」
手洗いとうがいを済ませ、テーブルに着く。
「いただきます。熱っ、でも美味い。牡蠣のグラタン、久しぶりに食べた。こんなに美味しかったけ」
「嬉しい。牡蠣の下処理の時、塩水で洗った後牛乳で洗うと生臭みが取れるのよ。おかわりもあるから、いっぱい食べてね」
「もちろん。由美さんが料理上手で良かった。俺、幸せだぁ」
「うふ、また締まりの無い顔してる」
「あ、しまった。でも、由美さんと一緒に暮らす事が出来て、本当に幸せなんだ。顔の筋肉だって緩んじゃうよ」
「食欲が満たされるから?」
「それだけじゃ無いよ。同じ時間を同じ空間で共に過ごせる事がだよ」
「私もよ」
(はあ、なんて可愛いんだろう。食欲を満たしたら次に満たすものは…)
「このベット、二人で寝るには少し小さいかな」
「セミダブルでしょ、この大きさでいい」
「寝ていて窮屈じゃ無い?」
「その分、健一にくっつくからいいの」
(やっぱ可愛い)
そして再び愛の行為が始まる。
目を覚ますと、となりで由美がまだ寝息を立てている。
起こさないようベットからおり、シャワーを浴びる。
いつもの朝食を準備する。
携帯に着信がある。
見ると出入り口付近に取り付けた人感センサー付きのカメラからの知らせだ。
異常な状況を検知すると、携帯にメール発信する機能がついている。
クラウドに録画された画像を確認する。
入口の扉に近づき、監視カメラに気がつくとそのまま通り過ぎるが、また戻ってきて何かを確認している人物が写っている。
一分程で立ち去ってゆく。
念のため確認する。
そっとドアを開けるが異常は無い。
滞在時間からして何かを仕掛けた様では無かった。
まあ、こんなマンションに爆発物を仕掛けることは無いとは思うが。
監視カメラに気がつけばそんな事もしないだろう。
それに始末屋ならもっとスマートな手段を執るはずだ。
始末屋クラスの者が何かを仕掛けたのなら、渡辺が調べたところで判るはずも無い。
戻ろうとしてドアの取っ手を見ると、細いひもで何かぶら下がっている。
セキュリティーカード。
それもどこかの出入り用のもののようだ。
そのカードをとり、部屋に戻ると由美が起きてきた。
「おはよう、どうしたの」
「うん、何か外で物音がしたから。でも、何でも無かった」
「そう、シャワー浴びるね」
「パンとベーコンエッグでいい?」
「今日はパンだけでいい」
「了解」
サラダにハムを付け、由美がテーブルに着く頃合いを見てパンを焼く。
丁度コーヒーも淹れ終わった。
が、なかなか由美が来ない。
いつもより時間がかかっている。
しばらく待っているとテーブルに着くが、食欲が無いようだ。
食事を終わらせ作業場に行こうとすると由美が
「ごめん、今日ちょっと休ませて」
と言う。
一緒に暮らし始めた頃は病気かと心配したが、今ではもう理解している。
「いいよ、昼食は採れそう?シリアルなら買ってきてあるよ」
「ありがと」
今回は元気が無い。
今日はやることが多い日だなと渡辺は思った。
昨日の太田との件もあるが、今朝の事が気になる。
作業場に着くと、山本刑事が待っていた。
「あれ、山本さん。今日は早いね」
「ちょっとな、伝言を頼まれた」
「?誰から」
胸の内ポケットから封筒を出し、渡辺に渡す。
「後で読んでくれ。じゃあな」
珍しく昨日の事故現場にいたことについて、しつこく聞かない。
封筒を開き中を見ると、地図に手書きの文字で何か書いてある。
『今日のお昼頃、地図に印のある場所まで来て下さい。1301』
他に何も無い。
文字からして女性っぽいが、これでは意味不明だ。
山本刑事からの手渡しだから組織がらみではなさそうだが。
お昼少し前に地図の場所に着く。
どう見てもマンションだ。
中に入るとセキュリティーの機械がある。
カードをかざすとドアが開き中に入る。
エレベーターに乗り、13のボタンを押す。
13階に着き、1301号室の前に行く。
覚悟を決めてカードをかざすと鍵の開く音がする。
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