第10話 美味しい話には裏がある。…は、本当だ

 情報からターゲットの住まいは判っている。

車は駅近くのコインパークに駐車し、電車で向かう。

ターゲットの住まいの最寄り駅に着き、そこからは歩きだ。

ターゲットの住むマンションに近づくと、丁度ターゲットが外出するところだった。

組織から送られてくる予定表が正確なのが判る。

背筋に寒けを感じる。

あまり近づきすぎないよう、気をつけながら後をつける。

素人の尾行だ、距離を多めに取った方が良い。

予定表通りの行動なら、多分歩いて移動するだろう。

行き先も判っている、巻かれることは無い。

おや、っと気がつく。

山本刑事がターゲットをつけている。

さすが優秀な刑事だ。

もう犯人の目星を付けたらしい。

立ち止まり振り向いた時、目が合った気がした。

どうしようか迷ったが、不審に思われるのも面倒なためこちらから声をかけることにした。

早足で山本刑事に歩み寄り

「山本さん、こんなところで何しているの」

「ば、馬鹿野郎、仕事中だ。あっ」

二人に気がついたターゲットが突然走り出す。

山本刑事も追いかけて走り出す。

ターゲットが交差点の角を曲がると数秒してキキーーー、ドン。

と音がする。

その周囲がざわめき出すのが判る。

渡辺も走って音がした付近に行くと、ターゲットが道の真ん中あたりで倒れている。

「お、おれが悪いんじゃ無い。そいつが突然飛び出してきたんだ」

ターゲットを撥ねたドライバーがおどおどしながら言う。

山本刑事がターゲットに近づき、救急に電話をしているようだ。

続けて多分警察にも連絡を入れているのだろう。

「渡辺、お前どうしてここに来た」

「なんかすごい音がしたから」

「そう言う意味じゃない。判るだろう」

「ああ、その先に割と大きな書店があるんだ。専門書も多く、溶接技術の本と美術関係の本を買おうと思って」

本来、ターゲットが向かう予定だった所だ。

(情報を頭に入れておいて助かったかな)

「あの人、大丈夫かな」

「多分だめだな」

見ると頭のあたりから赤いドロッとしたものが広がってゆく。

救急車とパトカーのサイレンが近づいてくる。

「俺はまだ仕事がある。お前は用を済まして早く帰れ」

根掘り葉掘り聞かれる前に救急車とパトカーが来てくれて助かった。

返答を考える時間が出来る。


 書店で本を購入し、作業場に戻る。

「お帰りなさい。あら、どうしたの?」

「本屋に行く途中、交通事故を見ちゃって。人がはねられた」

「ええ!その人、大丈夫なの」

「山本さんも近くにいて救急車呼んだけど、多分だめだろうって」

「…」

「あ、かなり鋼材と鋼棒、作ってくれたね。ありがとう」

と、話題をそらす。

「結構楽しかったわよ。次の作品…そんな気分じゃ無いわよね」

「そうだね、今日はこれくらいにしておこう。たまには早く帰ったって文句言うやつはいない」

「そうね、そうしましょう」

すると携帯がメールの着信を知らせる。

『ネットオークションであなたの作品が落札されました。詳細は渡辺健一さんのMYページでご確認下さい』

続けて着信が来る。

『ネットオークション事務局、渡辺様担当の太田です。作品の件で明日、午後二時頃、お時間を頂きたいのですが。いつもの場所でお待ちしております』


 例によってホテルのロビーに行くと、いつもの場所に太田がいる。

「今回も見事なお手際でしたね。まさか刑事を利用するとは、驚きました」

「確認したいことがある、聞いても良いか」

「お答えできるものであれば」

「今回と前回のターゲット、あいつらも殺し屋だな。入札が高額なのはそれでだろう」

「それはお答えしかねます。理由は…判っておられるでしょう」

「それはまあいい。刑事がいたことを何故知っている。ニュースでは何も言ってなかった。それは組織と警察と、繋がりがあるからか」

「それ以上余計な詮索はお止めになった方が良いかと思います。由美様のためにも」

「由美には手を出すな。俺が依頼をこれからも受ける条件だ」

「判りました。由美様の為にも、今後ともお願いいたします」

「ふん。で、用件は何だ」

「今の件で済んでおります」

「釘を刺しに来たわけか」

「ご理解を頂き、ありがとうございます。それと例の件、お早めにお願いいたします。あなたの行動によっては必要となりますので」

彼が制作する、完全ハンドメイドの単発銃のことだろう。

それで渡辺を殺害するつもりだ。

「…やはり俺はこれまで”始末屋”と話をしていた訳か」

「何のことでしょう」

「約束してくれ。俺がどうなろうとも、由美には手を出さないと」

「承知いたしております」

正体がわかると、これまでの慇懃無礼な応対に納得がゆく。

かなりの手練れということだろう。

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