第7話 幸せとは…少し痛いかも

 コーヒーを飲みながら健一は由美を見つめる。

(はあ、やっぱり可愛い)

「クス」

「え、何か可笑しい?」

「顔、なんか締まりの無い顔してる」

(やば。表情に出ちまった。ここは素直に言っておこう)

「うん。由美さん、可愛いなって見とれてた」

顔を真っ赤にし、うつむきながら

「ありがと」

と、言ったきりそのままうつむいている。

「そろそろ作業場に行かなくちゃ。その前に昨日の作業服、洗っとかなきゃ」

「あ、もう洗っておいた。その、シーツを洗いたかったから」

そう言ってまた顔を赤らめ、うつむいている。

「よ、よろしくお願いします」

よろしくお願いしますって、何をだ?と思いながら健一も顔を赤らめる。

まだまだ純情な二人であった。

「今日は昨日の続きだ。手伝ってくれるかい」

「うん」

と、うなずき笑顔になる。

(やっぱ由美さん、可愛いな。おっと、顔、顔)

汚れることを前提として、作業着で通う事にした。

作業場に着くと、早速鋼棒や鋼材を大量に用意する。

やっとこ、プライヤーなども2セット準備する。

「昨日の変更前の作品、覚えてる?」

「ええ、デッサンもしてあるわ」

「今日はあれを作ろうと思う」

台座は昨日、3体分を作っておいた。

台座にやっとこでつかんだ鋼材を溶接してゆく。

鋼棒や鋼材を組み合わせ、作品を形にしてゆく。

由美が絶妙なタイミングで健一のイメージ通りの材料をイメージ通りの位置に当ててくれる。

微調整をしながら溶接してゆく健一。

気がつくともう昼過ぎだ。

「ふう。一旦休憩しよう、もう昼だ。食事にしよう」

「そうね、冷蔵庫に何がある?」

「確かサラダ用の野菜と、肉。パンと卵も残っていたかな。牛乳も未開封のやつがある」

「それだけ揃っていれば十分ね。なんだかしっかり食べたい気分」

「同感。手伝うよ」

二人して食事の支度をしていると、後ろから鋭い視線を感じる。

振り返ると、そこには山本刑事が立っていた。

「や、山本さん。今日はちょっと早くない」

「いつもの時間だ」

「浩二叔父さん、いらっしゃい」

由美の顔を見つめ、続けて渡辺の顔を見つめる。

銃で撃ち殺されるのでは無いか、と思えるほどの形相で渡辺をにらみつける。

「渡辺、お前。…手を出すなと釘を刺しておいたが」

(ヤバイ。さすが優秀な刑事、もうばれてる。なんとか誤魔化す方法は無いか?)

「いや、その…すみません。でも、責任は取ります!」

「いや、いい。今からお前を撃ち殺す」

と言って銃を構える。

「やめてよ。私たち、愛し合っているの。その結果そうなったのよ。悪いことしてない」

(愛し合っている。ああ、由美さんが愛してるって!今すぐ撃ち殺されてもいい、わけないか。でも最高の気分だ)

「呆けた顔、してんじゃねぇ。渡辺、一発殴らせろ」

言うが早いかかなりきついパンチをもらう。

「叔父さん!なんてことするの」

そう言って健一に駆け寄る。

「姉貴の旦那、秀一兄貴が亡くなってから俺がお前の父親代わりだ。秀一兄貴の代わりに俺が殴った」

川原秀一は山本の最も尊敬する刑事だった。

上司から嫌われていた山本だが、川原秀一だけは山本を認め、庇ってくれていた。

今でも山本が刑事でいられるのは彼のおかげだった。

「山本さん、食事していく?」

「ああ、食う」


 食事の間中、山本は渡辺をにらみつけていた。

由美の作ってくれた美味しい食事は山本の存在を無いものとしてくれていた。

「ほら、この間言っていたコーヒー豆だ。こいつでコーヒーを淹れてくれ」

そう言って渡辺に投げて寄越す。

「サンキュー。濃いめ普通、どっちにする」

「濃いめで頼む」

豆を挽くと良い香りが心を穏やかにしてくれる。

コーヒーメーカーは使わず、手で淹れる。

十分に蒸らしてからお湯を少しづつ注いでゆく。

まず、山本に渡して次に由美、最後に自分の分を注ぎ香りを楽しんだ後、一口味わう。

「本当に美味しいや。あ、由美さん、濃すぎない」

「ううん、このくらいがこの豆には良いと思う」

二人のやりとりを見てきて山本はふう、と息を吐き。

「そうなってしまったのならもう仕方ない。ただし、半端なことだけはするんじゃ無いぞ。姉貴には俺からそれとなく言っておく」

二人して深々と頭を下げる。

コーヒーを一気に飲み干し、山本は出て行った。

健一は由美の手に自分の手を乗せ、由美の目を真っ直ぐに見つめる。

「君を離したくない。側にいてほしい」

そう言ってキスをする。

由美からもキスをする。

コーヒーなのか、ほのかに甘い香りが漂っていた。

野暮な携帯が着信を告げる。

『ネットオークション事務局、渡辺様担当の太田です。作品の件で明日、午後二時頃、お時間を頂きたいのですが、ご都合はいかがでしょうか』

テープで再生しているかの様にいつも同じ言い回しだ。

「判った。じゃあいつものところで」

「どうしたの、怖い顔してる」

「またネットオークションで何かあったみたいだ。明日、午後二時に会う」

「最近、多いわね。大丈夫」

「大丈夫、心配いらないよ」

そういえばコンテナ貸倉庫、まだ契約していなかったなと思い出す渡辺だった。

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