第6話 創造は幸運を連れて来る…のか? 

 処分の方法を考えていた。

いっそ組織に渡すかとも考えたが、やはり自分の作品を人殺しに使われたくは無い。

それと、その銃を使った事件を渡辺の仕業にされることが最悪の展開だ。

そうか、作品を作り直すことにしてバレルだけでもバーナーで焼き切れば良い。

そうすれば由美にも変に思われまい。

早速作業にかかることにした。

「あ、由美さん。あの作品、ちょっと思いついたことがあるから変更するね。良ければ後で呼ぶからアイデアもらって良いかな」

「やっと作品の創造するところが見られるのね。是非、お手伝いさせて下さい」

「よろしく」

バーナーに火をつけ、バレルを焼き切る。

弾丸の装填部には鋼棒を焼き付け、グリップも焼き切り、そこに鉄クズを溶接し、形を変えてゆく。

人の祈りのポーズをイメージした作品を、片膝をつき、右手を天に向かって延ばし、顔はその先を見つめる希望をイメージした作品に変更してゆく。

「由美さん、ちょっと来て」

デッサンをしていた由美に作品を見てもらう。

「どうかな。もっとこうした方が良いとか、あるかな」

しばらく作品を見つめていた由美が呟く。

「未来をつかもうとしている。受け身だったものが自ら行動を起こすのね。うん、こっちの方が私は好き。でも、足下の台座が平坦な鉄板のままより、荒れ地のような凹凸があった方が良いと思う」

台座のことまで考えていなかった。

が、由美が好きと言ってくれたことがとても嬉しい。

「そうだね、その通りだ」

「それと、前の作品も良かった。前の作品とこれの間にもう一体作って、三体で変化を表現をするのはどうかしら。三部作で一つの作品にするのも面白いかも」

「それは良いね、そうしよう。まず、これの台座を手直しする。手伝ってもらって良いかな」

「良いの」

「もちろん、由美さんのアイデアだもの」

そう言って作品を持ち上げ、横にする。

「…健一さん、力すごいのね」

たかだか60cmくらいの作品だが金属で作ったものだ、重さもかなりある。

「いつもこのくらいのものは自分で運んでいるからね、自然と力ついたのかな。さて、台座を切り離すからあのマスクと前掛け、それと手袋をつけて」

両手が使えるよう、ヘルメット型の溶接マスクを使っている。

溶けてた鉄の粉が飛び散るため、専用の前掛けと手袋は安全上必需品だ。

二人とも芸術家の顔になり、作業を始める。

台座作りは思っていたより大変だった。

鋼板の貼り合わせでは上手く表現できず、由美に型元を作ってもらい、鋳物で作成した。

台座に人型を乗せ、溶接する。

バーナーで溶接部分を目立たないよう程よい塩梅に溶かし、一体化させる。

「お疲れ様。うん、やっぱりこっちの方が良いね」

「ありがとう」

しばらく二人で作品を作った高揚感に浸っていた。

「遅くなってしまったね、付き合わせてごめん。今日はここまでにしておこう」

「でも、楽しかった。明日も手伝わせて」

「もちろん、お願いしたい」

作業で顔も作業服も汚れて着替えるのもためらわれた。

健一にはいつもの事だが、由美はどうかなと思ったが

「製作するのって、結構重労働なのね。結構汚しちゃったな。…このままでいいや、着替えず帰ろ」

汚れた作業着でも、なんとなく絵になるのは若者の特権だろう。

着てきた服は紙袋に入れて持ち帰る。

夕食はコンビニ弁当で済ますしか無いだろう。

家に帰ると、まずシャワーで汚れを落としたい。

先に由美がシャワーを浴び、続けて健一も浴びる。

部屋着に着替えて弁当を食べる。

「そういえば由美さん、作業場で何か書いてたね。見せてもらっても良いかな」

少し迷った様子だったが、健一の顔を真っ直ぐに見てデッサン帳を渡す。

作業をしている健一の様子が描かれていた。

芸大を目指すだけあって、かなり上手い。

ページをめくっていくと、健一の顔のアップが出て来る。

「俺って、作業中こんな顔しているんだ。でも、かっこよく描きすぎていない?」

「そんな事無い。健一さん、結構整ったルックスよ。確かに普段は本当に普通だけど、作品を制作している時はとても素敵。思わず見とれちゃったもの」

「あ、ありがとう」

(ああ、そんな風に言われたら、顔の筋肉が緩みまくってしまう)

「こ、コーヒー淹れようか」

「あ、今日は私が淹れる」

「じゃあお願いしようかな」

コーヒーを淹れる由美の後ろ姿を見ながら、思わず抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。

少し濃いめのコーヒーを飲みながら、無言の二人だ。

飲み終わり、片付けをして

「今日はもう寝るか。おやすみ、由美さん」

そう言っていつものクッション布団にいこうとする健一の手を取る由美。

「今日は一緒に寝よ」

と、うつむきながら言う。

黙ったまま、二人はベットに入る。

由美にキスをする健一。

服を脱ぎ、由美の服も脱がす。

下着は由美が自分で脱ぐ。

「わ、私、男性経験、まだなの」

小声で言う。

「じ、実は僕も初めてなんだ」

(酔った日のことは記憶に無いからって、ええ???)

由美に尋ねようとすると、今度は由美からキスをしてくる。

(ああ、もうだめだ。もうどうでもいいや)

思考は低下する。

そのまま二人は初めての夜をお互いのぬくもりで感じ合う。


 目を覚ますと、もう由美は起きて朝食を作っている。

「おはよう」

と、声をかける。

振り向いた由美は、頬を少し赤らめ

「おはよう」

と返す。

「朝食、ありがとう。食事の前にシャワー浴びてもいいかい」

黙って頷く由美。

シャワーを浴びながら、昨夜の回想に浸る。

(ああ、俺はなんて幸せな男だ。俺なんかがこんなに幸せで良いのか)

と思いながら、ふと山本の言葉が頭をよぎる。

今日のところは”そういうことにしておこう”

山本は由美の嘘に気づいていたのか。

部屋着に着替え、テーブルに着く。

「いただきます」

ベーコンエッグをトーストにのせかぶりつく。

同じベーコンエッグのはずが、由美が作ったものはとても美味しい。

「これ、すごく美味しい。僕が作ったものと、全然違う」

由美の顔がぱあっと明るくなる。

「嬉しい。たくさん食べてね」

二人にとって、これまでで一番幸せな朝なのかもしれない。

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