第5話 担当者はやっかい事を持ち込む

 その日は作業をする気も起こらず、早めに帰ることにした。

「ねえ、健一。浩二叔父さんと何を話してたの」

「ああ、男同士の話さ。女性には聞かせられないね」

「イヤラシ」

「そ、そうじゃない。変な意味じゃないよ。お互いの、その、仕事のさ」

「ま、浩二叔父さんが低レベルな話をするわけないし」

「そうだよ。コーヒー飲みながら怖い顔、してたでしょ。そう言う話さ」

「ふふ。でも、浩二叔父さんのあんな顔、初めて見た」

「そうかい。僕の前ではよくしてるけど」

「案外、健一を認めているのかも。だからあなたの前ではいろんな顔を見せるのだわ」

(それは違うと思う。と言うとめんどくさい事になりそうだし、ここは笑っておこう)

「何、その引きつった笑顔。やっぱり、あなた面白い」

(ははは、やっぱ引きつってた?結果オーライでいいや)

「夕食、どうする」

「夕食はいつもあまり食べないの。軽いものが良いな」

「コンビニでパンか何か買っていく?」

「健一はしっかり食べなよ」

「僕も夕食は軽めにしている。昼食はしっかり取るけどね」

「あ、今日はパスタで良かった?おなか、空いてない」

「今日はいろいろあったから。あまり空いてないな」

「明日は健一の普段通りでいきましょ」

「ああ、そうさせてもらうよ」

コンビニを見つけると店の中に入って行く。

パンとおにぎりを買い、デザートも買おうとプリンに手を伸ばすと、同時に同じものを買おうとした由美と手が触れる。

二人してはっと手を引っ込める。

お互い顔を見合わせ、照れたような笑顔になる。

その後の帰り道は自然と手を繋いでいた。


 部屋に着くとすぐにコーヒーメーカーをセットする。

買ってきたパンとおにぎりを二人で食べ、デザートのプリンとコーヒーを楽しむ。

由美と一緒に居るだけでコンビニのパンとおにぎりがこんなに美味しいなんて。

プリンなんて超高級洋菓子店のプリンのようだ。

まだ食べたことは無いが。

この後の時間をどう過ごそうかと思った時、携帯にメールが届いた。

『ネットオークション事務局、渡辺様担当の太田です。作品の件で明日、午後二時頃、お時間を頂きたいのですが、ご都合はいかがでしょうか』

ネットオークションの作品の件、と言うことは組織がらみだ。

『シティーホテル○○のロビーでの待ち合わせでよろしくお願いいたします』

と、返信する。

殺し屋の演技モードスイッチが入ったようだ。

わざわざ会うとはどういった用件か。

予想は二つ三つ考えられた。

それに合わせた返答を準備しておかなければ、などと思考が始まる。

「どうしたの?怖い顔して」

「いや、ネットオークションに出した作品の件で担当者からメールが来てね。明日、会うことになったのだけれど、どんな話かなと思ってさ」

「返品とか、クレームとかかしら。ネットオークションに参加した経験無いから良く判らないけど、不安よね」

「そうなんだ。こんなこと、初めてだからね」

とりあえずそう言うしかない。

変に誤魔化す事は良い結果を生まないことを承知している。

結局、その夜もソファーとクッションに分かれて眠った。


 翌日、午後二時にシティーホテル○○のロビーに行く。

なるべく人の来なさそうな席を選び、コーヒーを注文し太田を待つ。

すぐに太田はやってきた。

渡辺の向かい側に座る。

「さすが、時間には正確ですね。有能な方は皆そうだ。…女性と同居を始めたようですね」

「訳ありでね」

「早急に情報の処理をしておいて良かった。…その方に気づかれないよう、依頼方法は変更が必要ですか」

「そうしてほしい」

「それなら作業場へお届けしましょうか」

「いや、彼女は芸術家を目指している。作業場でも一緒だ。それにあそこには刑事が顔を出しに来る」

「では、どのように致しましょう」

「コンテナ貸倉庫を借りる。そこに届けてくれ。どこに借りようがあんたらには判るのだろ」

「今後はそのように致します。それともう一つ」

「何だ」

「あなたの趣味と申しますか、単発銃の件です」

「あれは依頼には使わない、と言うかそんなレベルのモノじゃないだろ」

「いえいえ、組立式とはいえ、かなりの精度でお造りになっていますね。現場でも十分使えるものですよ」

「出来れば使いたくないのだが」

「実は、興味をお持ちの方がおりまして、是非ほしいと言っておられます」

自分の作品を人殺しの為に利用されたくは無い。

「あれはあくまで作品の一部としてのものだ。自分が楽しむためだけの。売り物では無い」

「そうですか、では今回は諦めましょう。でも、いつかは頂きたいものです」

「諦めた方が良い」

「いえいえ、気がつかないうちにものが無くなっている。と言うことは良くあることです。ご存じかとは思いますが」

「…兎に角、今は時間をくれないか」

「判りました」

そう言って陰を残したまま席を離れて行く。

面倒なことになりそうだ、こっちの方も何か対策を打たねば。

パーツを電気炉で溶かしてしまうのが一番良いのだが、いかんせん作業場には今は由美が居る。

由美の目の前で処分は出来ない。

だが、そのまま放置は出来ない。

気づかないうちに盗られてしまうだろう。

早急になんとかしなければ。

あんなもの、作らなければ良かった、と今更ながらの後悔だ。

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