第3話 重なる偶然は幸運の始まり…で、あって欲しい

 目を覚ました渡辺がうーんと両手を上げ、伸びをする。

「おはよう」

と、となりから声がする。

となりを見ると由美がいる。

な、なんで。

と思う間もなく由美が両手を渡辺に回しキスをする。

「ん、…お、おはよう。あ、あの、朝食はパンでいい?」

(何言っているんだ、俺は。この状況は何だ?)

大分頭がはっきりしてくる。

はっと気づく。

二人とも裸だった。

と、言うことは…。

例の男情報、テーブルの上に置いたままだ、と思い出しテーブルを見ると何もない。

由美が片付けたわけでもなさそうだ。

すると始末屋が処分した?

(そうだ、昨夜例の男が手洗いで)

いつもの事だが、事が終わるといつの間にか送られてくる情報が全てなくなる。

処理ミスがあった場合、そこから組織の関与を知られなくするするためのようだが、自分の部屋に知らぬ間に入られるのはあまり気持ちの良いものではない。

「し、シャワー、先に浴びるかい」

「ありがとう、そうさせてもらうわ」

「バスタオルは手前の棚にあるものを使っていいよ」

「ああ、これね」

渡辺は昨夜のことを必死に思い出そうとするが、全く覚えていない。

状況から見れば、二人はそう言う関係になったと言うことだが、残念ながらその記憶はない。

由美に聞くわけにもいかない。

兎に角、彼にとって非常事態なのだけは確かなようだ。

とりあえず、朝食の用意だ、朝食は大事だ。

部屋着をつけ、二人分の朝食の準備をする。

「お先」

と下着だけの姿でバスタオルで髪を拭いている由美をちらっと見、後はなるべく見ないようにする。

「じゃ、僕もシャワー浴びるから、先に食べていてもいいよ。あ、パンでいいよね、それとベーコンエッグ、好きじゃないかな」

「大丈夫、好きよ。速く浴びてね、一緒に食べたいから」

早足でシャワールームに行く。

部屋着を着替えてテーブルに着くと、由美も渡辺の部屋着に着替えていた。

「これ、勝手に借りちゃった。ちょっと大きいけど」

(はあ、なんて可愛いんだ。大抵の男が夢見るシーンだぞ。これは夢か?それとも俺の妄想か?)

「いただきます」

と言って、うふっと笑う。

つい見とれてしまう。

「い、いただきます。て、テレビつけてもいいかい」

「昨日の事、気になるものね。かまわないわよ」

(もっと気になることが今朝あったけど。ニュースではやらないよな)

テレビのスイッチをつける。

丁度ニュースの時間だ。

しばらくすると、昨夜の事をいっている。

『昨夜レストラン○○に置いて、○○大学、医学部、部長の西川晴彦さんが急性心不全の為、お亡くなりになりました。西川さんは、次の国政選挙で野党の○○党から立候補する予定でしたが、党幹部は議席獲得の有力候補だっただけに、非常に残念だとコメントをしております。医学部、部長の仕事と、立候補の準備のため、大変忙しく、疲労が原因と見られています』

党の幹部がその事について話している映像が流される。

「あの人、結局お亡くなりになったのね。かわいそうに」

「そうだね」

と相づちを打つしかない。

「そうだ、食事の後、一旦家に帰ってから作業着と着替えをもってまた来るから。待っててね」

「判った」

(って判っていないだろう。どうなっているんだ。何があったんだ。誰か教えてくれ。始末屋でも誰でもいいから昨日のこの部屋での事を説明してくれ。俺は一体、何をやらかしたんだ。どうやって由美さんをこの部屋に連れ込んだ?記憶よ、よみがえってくれ)

どうも昨夜、由美と出会ってから調子が狂いっぱなしだ。

殺し屋らしい演技どころではない。

(…待てよ。事が済んだって事は)

渡辺はネットオークションの情報を確認する。

渡辺の作品が1000万円で落札されている。

(またかよ。俺は何もしちゃいないって。…とりあえず今回もお金はもらっておこう)


 二時間ほどで由美は戻ってきた。

大きなスーツケースを二つ持ってやってきた。

「そんなにたくさん持ってきたのかい」

「まだあるわよ。これは当面の着替えと生活雑貨。食器類はあなたのを借りるわね」

「え、ここに住む気?」

「何言ってるのよ。あなたが来ないかって言ったんじゃないの。今更だめだって言うの」

「いや、だめじゃないよ。本気なのかなと思ってね」

「じゃ、これからよろしくね」

「よろしくお願いします」

「フフ、あなたって面白い人ね」

「あんまり言われたこと、ないけど」

(これは覚悟が必要だぞ。いきさつは追々探るとしてだな、ベットはひとつしかないぞ。

まあ、大きめのベットだから二人で寝れないこともないけど。実際寝てたし)

今度は正気の時に行為を、と願うのは男として当然の思考だろう。

由美の持ってきた荷物の片付けにその日は潰れそうだ。

一人住まいにしては広めの部屋を借りといて良かった。

と、真剣に思う渡辺だった。

今日の分の作業は終わりそうだ。

突然、由美の携帯が鳴る。

「はい、由美。…何、あなたが出て行けって言ったのよ。私がどこにいようとかまわないでしょ。じゃ」

と通話を切ってしまった。

「何よ、私が受験に失敗したのが近所に恥ずかしいから、もうここに居られないって怒っていたくせに。だから私が家出したのに。高級官僚だからって世間体ばかり気にして」

少し思い出した。

由美が家に居づらいと涙目で訴えるからここに来るかって、酔った勢いで言ったんだ。

でもその後の記憶はない。

かなり残念だ。

「健一さんこの部屋、荷物置く場所に使っていい?」

「いいけど、健一さんて」

「一緒に暮らすのに渡辺さんじゃ、変じゃない」

「そ、そうだね」

「どうしたの?昨日の健一となんか違う。でもなんか面白ーい」

このくらいの女の子は何でも楽しむことが出来るようだ。

それに健一さんからもう健一になってる。

「いや、正直女性と暮らすのが初めてだから少し緊張してきたのかな」

「健一、可愛いー!」

そう言ってまた抱きついてくる。

(ああ、夢なら覚めないでくれ。出来れば一生。でも、やっぱり今夜もアルコールに頼ろう)

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