第2話 重なる偶然は不幸の始まり?
ただの偶然が重なったのが一度や二度ではなく、五回も重なれば誰も偶然とは思わない。
何故、素人の彼を謎の組織が未だに登録しているのか。
それはそのシステムにあった。
殺しの請負は入札のようなもので、組織からターゲットの情報が届く。
難易度から最高価格と最低価格が出されており、一番安く、または(当然、過去には一度もないが)それ以下の金額で請け負ったものが実行する事になっており、報酬は成功報酬。
失敗すれば支払われない。
警察に捕らわれたり、ターゲットから反撃を受け、拷問などで命を落としても組織は関与しない。
警察の捜査や、ターゲット側からの拷問から組織の特定が出来ないように、いわゆる”始末屋”と呼ばれるエリート集団が、後処理をするらしい。
らしいというのは、初期登録時、世間で言う”誓約書”のようなものにサインさせられた事と、その時に現れたのが多分”始末屋”だろうと思われたからだ。
実際、以前彼が山本刑事に目をつけられた時、自宅から組織に結びつきかねないあらゆるものが消えていた。
ネットオークションの情報さえも消えていたのは、かなり大がかりな組織だと思われた。
そのため、抜けるに抜けられなくなってしまったのだが。
仕方なく彼は高額で請負をして、自分が実行しなくても良いようにしていたが、たまにそれでも彼しか請け負う者がいないことがあった。
失敗を前提に行動する振りをしていたら、ターゲットが死ぬという偶然が五回も重なってしまったと言うわけだ。
初期登録時にやってきたのは郵便局員だった。
実際、彼宛の配達物を持っていた。
彼のポストから取り出して持ってきたわけでは絶対にないと言い切れた。
なぜならいつもの、本当の郵便局員だったからだ。
自分の身近なところに始末屋はいる。
そのため、それらしい生活を演じ続けているだけなのだ。
今回の仕事は、最低価格500万、最高価格は1000万。
当然彼は1000万で請け負うと返事をする。
返答方法は簡単だ。
ターゲットの情報と一緒に、指定の日にち、時間帯と指定の店が書かれており、それに合わせ店にゆき、請け負う金額から万を取った商品を購入するだけだ。
多分、指定の店や日時が人により違うのだろう。
その時間帯に他のお客を見たことがない。
彼は1000円の商品を購入したのだが、今回は彼が実行することになったようだ。
なぜならさらに詳しいターゲットの情報が送られてきたからだ。
そこには半年先までのターゲットの予定までもある。
逆に言えば半年以内に実行しなければならない。
仕方なく今回も振りをすることにした。
問題は、具体的な案がまだ浮かばないことだ。
そんな頃に山本刑事が例によりコーヒーを飲みに来て
「おまえ今度の日曜日、夕方6時頃時間とれないか?」と聞いてきた。
「とれないこともないけど」
「それじゃあフレンチレストランの○○を予約しておくからきてくれ」
「○○って言えば、高級レストランじゃないか。そんなお金ないぞ」
「俺が奢ってやる」
「おいおい、夏に雪が降るんじゃないか?一体どう言う大事件なんだ」
「いいから必ず来いよ」
「○○を奢ってくれるなんて、断るわけないだろう。いくよ」
「待ってるぜ」
渡辺は、はっと思い出す。
今度の日曜日、6時頃レストラン○○と言えば今度のターゲットの予定にあった。
ターゲットがどのような人物か、本人を直接確認する絶好の機会だ。
実際にターゲットを見れば何か案が浮かぶかもしれない。
約束の時間にレストランに行くと、山本刑事は先に来ていた。
となりには女子大生くらいのキュートな女性が座っていた。
「時間通りに来たな。まずメニューを見て注文をしておこうか。酒はどうする。俺はビールを頼むが」
「同じものでいいよ、俺が山本さんより高額なものを頼むのはなんか気まずい」
「遠慮するなよ。食べたいものを注文すればいい」
「いや、実はメニューを見てもどんな料理か良く判らん」
「俺も同じなんだがな。まあいいか、お勧めでいこう。それでいいか。由美もそれでいいか」
彼女の名前は由美と言うらしい。
「私もそれでいい」
可愛らしい声だ。
「ああ、この子は由美。俺の姉貴の子だ」
「初めまして、渡辺と言います」
「川原由美です、初めまして」
渡辺は手を伸ばして握手をするべきだろうか迷っていた。
結局立ち上がって挨拶をして、また座っただけだった。
山本がホール担当の従業員を呼び注文する。
由美の存在に落ち着かない渡辺は、前菜と共に運ばれてきたビールを一気に飲む。
「おまえ、結構いける口か?」
実はそれほどアルコールは強い方では無い。
普段飲む習慣もないため、一気に酔いが回る。
「付き合い程度には飲める」
「それじゃ、もう一杯頼むか」
次の料理と共にビールも運ばれてきた。
今度は手をつけず、山本に尋ねる。
「ところで今日の用件は」
「単刀直入に言うと、この子をおまえのところに置いてやってくれ」
「は?」
「この子、由美は芸術家志望なんだが、芸大受験に失敗してちょっと落ち込んでてな、お前の話をしたらネットでおまえの作品を見て面白いってな。それでおまえの作成しているところを勉強がてら見たいんだと」
山本の口ぶりと様子から由美をかわいがっていることが見て取れる。
置くって、そういうことか。
と思いながら心臓の鼓動は速くなっていた。
「ちょっと待って。突然言われても」
「邪魔はしません。お嫌でしょうか。それでしたら仕方がないのですけど」
(こんな可愛い子にそんな目で見られて嫌と言えるわけ無いでしょ。でも、例の仕事もあるし。待てよ、山本刑事が俺の事探るために?でも、そんな感じではなさそうだし…)
といろいろ考えていたが口から
「いいよ」
と声が出ていた。
「良かった。よろしくお願いします」
と満面の笑みで渡辺に手を差し出す。
渡辺が右手を出すと、由美は両手で握り返す。
渡辺の心臓は早鐘を鳴らすように鼓動する。
ふう、と深く息を吐き座ると、例のターゲットが入店してきた。
もう頭の中は全く思考回路が働いていない。
とりあえず落ち着こう。
「ちょっと失礼」
と言って渡辺は手洗いに行く。
顔を洗い頬を両手でパンとたたく。
「何が起こっている?どういう展開だ?俺は一体どうしたんだ?」
独り言を呟く。
用を足す為、小用のところに行くと例のターゲットが入ってくる。
「全く。今日はゆっくり食事が出来ると思ったのに。あのバカ、自分で判断出来んのか。ああ、済みません」
と言いながら渡辺のとなりで小用を足す。
用を足した渡辺は軽く頭を下げ、手を洗いテーブルに戻る。
「何だ、おまえ。頬が真っ赤だぞ」
どうも先ほど強く叩きすぎたらしい。
「ちょっと酔ったみたいで、でも大丈夫」
大丈夫なんかじゃない。
例の男も手洗いに来たせいで頭の整理が出来ていない。
またビールを一気に飲むことになった。
酔いも周り、もうどうでもいいやと開き直り食事を続ける。
途中からどんな話をしたのかも判らなくなってきた。
するとなんだか店の中がざわつき始める。
「大変です。洗面所で男性が倒れています。い、息をしていません。救急車を」
渡辺は酔って真っ赤になった顔と、とろんとした目でその様子を見ていると、例の男が通路に出され横たわっている。
あれ、あの男どっかで見た男だな。
まあ、いいか、今日は久しぶりに上手い料理とビールを楽しめたし、可愛い子と友達になれそうだし。
などとぼぉっとした頭で考えていると、山本が刑事の顔になり例の男を調べている。
店員に警察手帳を見せ、誰かに電話している。
電話が済み、戻ってきて
「由美、渡辺。済まん、仕事だ。先に帰ってくれ。会計は済ませておく」
由美と共に店を出てタクシーに乗ったところまでは覚えていたが、気がつくと自分のベットの上だった。
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