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 奇妙な関係から始まった友情は、驚くほど長く続いた。ムードメーカーであった宇治野の変わりように周囲が困惑したのもあり、常に二人行動となっていたのも大きいが。笑わせることをやめ、けれどそれを気にしない緑といるのは心地良い。また、何かを許されている気もして、一種の心の拠り所となっていた。

 それは人生の選択にも影響を及ぼしていく。学校の勉強を怠らなかったこともあり、宇治野の学力は緑とほとんど変わらなかったのだ。一部の人間には「今までサボっていたくせに」と疎まれたが、サボっていた人間に負けたのは彼らなのだ。負け犬の遠吠えにも程があると、緑と同じ高校を受験した。

 内申がよかった緑は前期で、学力しか取り柄が無かった宇治野は後期で。高校の勉強も難易度がかなり上がったが、緑との「ゲーム」だと思えば苦にならなかった。国語や現代社会が苦手な緑と、数学や理科が苦手な宇治野。互いを補い合いながら、その付き合いは大学まで続いていく。

 「ゲーム実況」というジャンルを知ったのは、新しく始めたゲームの攻略を探していた大学二年のときだった。

「ん? なんだこれ…」

 テンポの良い掛け合いと、ゲームだけでなく語り手も魅せる編集。もともとお祭り騒ぎが好きなのもあり、すぐに夢中になった。

 ゲームは楽しい。やるのも見るのも好きだ。中学の時緑にゲームを見せて以来、たまに自分がやっているのを見せていた。つまり、ゲーム関連ならなんでも好きなのだ。欲を言えば作り手側に行きたいと思ったこともあったが、数学がダメなため早々に諦めたし…。そういうものに強い大学に来たものの、宇治野はどちらかといえば情報系がメインとなっていた。むしろ緑の方がプログラム系に進んでいるくらいだ。

 そんな矢先に、こういう風にゲームを魅せる方法もあるなんて。最初こそ「面白い」と見ていた動画も、いつしか「作りたい」に変わっていた。

 相方―――誘う相手も、当然一人しか思い浮かばなくて。

「緑! ゲーム実況やろうぜ!!」

 恒例となった徹夜ゲーム大会イプ。コール音が切れたと同時に叫べば、数秒応答が無くなった。

「…………げーむじっきょう?」

「やっぱ知らないのなお前。あれだよ、ゲームしてるとこ動画に録って、編集して、ネットに上げるやつ! ちなみにゲームのキャプチャだから俺たちの姿は入らないぜ?」

「ふーん………面白そうだし、やってみたら?」

「やろうぜっつったろ。お前も道連れだわ」

「えー…? 僕ゲームヘッタクソなの知ってるだろお前…」

「だからだよ、やろうぜ!!」

「えー……………えー?」

 面白い、というのは伏せておいた。ムードメーカーを演じることで周りに人を集めていた宇治野とは違い、緑は優しく穏やかな性格ゆえに周りから集まってくるタイプだ。だからこそ宇治野が隣にいられたのだし、そのいい人すぎる性格で損をさせるような友人はいなかった。聞けば学級委員に選ばれたのも、「緑なら大丈夫」という安心感からだったらしいし。そんな緑が、自分から笑いを取りにいけるはずもない。

 ただ、こいつには。

「人に見られるってことは、僕何も言えないじゃん」

 狂気じみた武器があるから、大丈夫。

 緑の家族構成はごくごく普通なもので、懐きに懐きまくっていた祖父が病気で亡くなった以外、特に問題があるような家庭ではなかった。二人いるらしい弟との仲も良好で、たまに祖母と喧嘩するくらい。そんな一般家庭で育った温厚な青年にしては、時折酷く猟奇的になることがあった。

 これが成長過程で培われたものでないとしたら、おそらくサイコパスというやつなのだろう。水面下で狂っている緑はそれさえ無自覚で、誰にでも優しい。ただ蓋を開けてしまえば、ひどい時は一言一句が狂気の沙汰だった。本人としてはそれが100パーセント優しさなのだから恐ろしい。いつだったか彼を暴力的な善意と例えた記憶があるが、あながち間違っていなかったかもしれない。

 宇治野としてはそんな部分が面白くて好きなのだが、バレてしまえば交友関係に支障が出てしまう。貴重な友人の人生を考えゲームに対する反応を禁止したものの、ああいう世界なら、この天然野郎は立派な武器で。

「いいからやろうぜ! 通話だと音質クソだから、今度の休みお前ん家遊びに行くわ!! 一人暮らしにしてはデカい家を有効活用しようぜ!!」

「すげえ、僕の返事何一つ聞いてねえ。わかったよもう……部屋片付けとくわ」

 この優しさも、穏やかさも。うちに孕んだ狂気の産物なのかと思うと、これからのことが酷く面白くて楽しかった。




「あ、いや、でも、ネットってことは世界中に見られるんでしょ? 本名じゃまずくない?」

「俺はもう名前考えたぜ、おっそいなー緑」

「そりゃあ五分前に言われたばかりですからねえ。ちなみに何?」

「すっげーイカした名前だから驚くなよ。俺の名前は……そう! 宇治うじ金時きんときだ!!」

「………………………」

「おっちょこちょいでうっかりなお前がおっちょこちょいでうっかりして本名を呼んだとしても誤魔化せる、という宇治野特製の優しさもあるぞ。どうだいい名前だろー」

「……………………………………僕はそうだな、平々凡々な名前がいいなぁ………」

「お前なんか宇治抹茶でいいだろ」

「それ絶対宇治金時からきてるよね!? 僕のアイデンティティ消え失せてるうえに何も関係ないよね!?」

「宇治→金時じゃねえよ、宇治↑金時だよ! 宇治が苗字で金時が名前!!」

「いらねえよそんなこだわり!! ていうかお前と同じ苗字とか絶っっっ対嫌だわ!!!」

「照れんなよ抹茶くーん。あ、抹茶ってめちゃくちゃ呼びづれぇな。アイデンティティ消えるの嫌なら抹茶って書いてみどりとでも読ませとけよ」

「適当!! 僕の名前になった途端めちゃくちゃ適当!!! そのくせそういう読み方結構好きなのが悔しい!!!」

「苗字はー…………そうだな、秋良って名前やるから、冬関係にしとけよ。お前冬生まれだろ」

「あ、え、うん。…………名前が抹茶でみどりなら、苗字もちょっと変わった読み方するのがいいな」

「冬だろー? 冬といえばこたつ……みかん……雪……暖炉……んー…………ああ、あらゆきってのはどう? 新しい雪、つまり新雪って書いてあらゆきって読ませんの。かっこいいだろ」

「え、普通に格好いい。僕それがいいや」

「どうもー! 宇治金時です!」

「あえ、わ、んー、新雪あらゆき抹茶みどりです!」

「………まあ、お前の性格通り、親切ともかけてるけどな」

「ん? 何?」

「いや、なんでも」


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