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 通話が可能になったので、緑がプリントを届ける以外で来ることは無くなった。しかし話す日数は毎日になり、部活が無い休日は朝からでも話すようになった。時には通話の必要ないレベル上げでさえだらだらと話しながらやるようになり、そのせいで必然的に緑が学校にいる時間帯はゲームもしなくなって。

 ああ、よかった。

 あの時、これがチャンスだって―――もう無いぞって、上ずった声を上げてよかった。詳細情報を見て、適当な人をフレンドに選ばなくてよかった。ゲームをやめようと思わなくてよかった。

 学級委員に選ばれたのが緑で、本当によかった。

 ………ひそひそ声がうるさい。こんなことを思ったのはいつ振りだろうか。家の中はいつも静かで、たまに掃除機や宅配便の声が聞こえるだけだった。そこにチャイム音が混じって、緑ののんびりとした声が重なって。一年は長かったが、この半年は、早かった。

 吐きながら拒否したこの場所を、楽しみと思ってしまうくらいには。

「…………は、え」

 妙なほど静まり返った教室に、間の抜けたような声が響く。あの穏やかな声がここまで響くとなると、本当に静かなのだろう。うるさいとは思うものの、彼らにとっては静かなのかもしれない。申し訳なさよりいたずらっ子のような感情が先走り、ゆっくりと頭を振る。

 丸くした目と、しっかり目が合っていた。

「宇治野………ッ!? お前なんでここに、家は、はあ!?」

「驚きすぎだろー。俺お前のクラスメイトなんですけどー?」

「いやだってお前、……………。…事前に一言くらい言ってくれよ、プリント持ってったのに」

「せっかく行くんだから、学校でもらおうと思ってさ」

「じゃあ、明日持ってくるよ」

「頼んだわ。よろしく」

「こちらこそ、よろしくね」

 まだだぼつく学ランの裾をまくり、手を差し出す。見知ったように受け取ると、緑は目を細めた。

 もう一度出会い直した二人は、顔を見合わせて笑った。




「つか緑が前かよー黒板見えねえよーその天パどうにかしろよー」

「天パは関係ないだろ!? 身長も10センチくらいしか変わんないし!!」

「縮めよーあっもう毛根が縮んでるな、悪いな!」

「割と本気で落ち込むし泣くからやめて?」

「いやでもそんな天パは初めて見たわー。……あれ、そういやお前の下の名前何? 連絡網どっかやったから知らねえんだわ」

「え? 知らないの? 知ってるから苗字呼びなのかと思ってた」

「…え?」

「学校で初めまして、宇治野秋良くん。学級委員に選ばれました、緑あきらといいます」

「……あきら? お前も?」

「僕のは日の光で一文字のあきらだけどね。漢字でフルネーム書くと二文字で済むんだよ」

「へえぇ……おっもしろい名前だなー。俺は秋が良いって書く夏生まれだわ」

「夏生まれなのかよ」

「両親が両方とも九月生まれなんだよ」

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