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オンラインゲームではあるものの、フレンドシステムは使わなかった。「人を笑わせなくちゃいけない」という強迫観念は義務感となり、人そのものに恐怖を抱かせる。それは姿形、声さえ聞こえなくても同じことで。なるべくAIの仲間を集め、シナリオをクリアしていく。
それから何日か。すっかりハマった宇治野の耳に、いつもの時間のいつものチャイムが届いた。
「こんにちはー。届けに来ましたー」
「ちょっと待っててねー」
心なし楽しそうに玄関へ向かう母親を後目に、提示された謎をメモしていく。難しくは無いが一筋縄ではいかない謎解き要素も魅力の一つで、躍起になって解いていた。まだ発売されたばかりで、攻略サイトも頼ることができない。最先端にいる気がして、なんだか鼻が高かった。
プリントが少なかった理由を聞かされて以来、母親はかなり緑を気に行ったようだ。最初の頃の「せっかく元気になった息子をまた壊されるかもしれない」という心配はどこへやら、この時間を楽しみにしだしている。個人的にあの考え方は少し怖いんだけどなー…。暴力的な善人と言おうか、邪気の無い悪意と言おうか。言い表せないが、肌が気持ち悪い。
今週分のプリントと、母親による二言三言の会話。寒くなってきたこの季節、そろそろドアを開けっ放しにするのは冷えるな…。来週からは閉めてもらおうなんて考えたとき、閉まりかけたドアの音が途中で止まった。
呼び止めた日のように。
「…? ……? あの、あれ、あそこにいるの宇治野ですか?」
「――――――」
一気に背筋が凍った。バレて…? いや、向こうからはテレビ画面が少し見えている。だから自分はここにいるとわかるし、いつぞやかも考えた。逃げたと思われたくなくて、わざとリビングでゲームし続けて。でもなんで、今更…?
頷く母親の声が上ずっている。どうしようもできなくて、ただただ固まっていた。
「宇治野! それ、トマクエ10だろ!? 僕もやってるんだよ、面白いよな!!」
声変わり中の、咳交じりの声。初めて自分に向けられたそれに、返事さえ返せない。……やってるから、なんだよ。別にお前には何の関係も無いだろ、いきなり何なんだよ。強がりの軽口さえ吐き出せず、重く胃の中に戻っていく。それが余計なものまで引き連れて来そうで、慌てて口を押さえた。
なんで、どうして、いきなり。
今まで通り放っておいてくれよ、お前の優しさってやつで、なあ。
「あ、すいません、いきなり大声上げて。あのゲームやってる人、全然見かけないもんだから……」
じゃあまた、と。閉まるドアの音に、これ以上ないほど大きく息を吐いた。………、……………。思考がうまくまとまらず、思わず胸を押さえる。吐き気がせり上がり、何もかも零してしまいそうだった。……なんで、今更。お前は学級委員だからプリントを届けに来て、俺は母親を通してそれを受け取る。たったそれだけだったのに、なんで。
俺はまだ、人と会うのが、怖いのに。
「……秋良? 秋良、大丈夫!? 秋良!?」
様子に気付いたのだろう。肩を揺すられ、はっと我に返る。全身が汗にまみれ、気持ち悪い。…ただ、我に返った分、冷静になれた。
今まで緑は、宇治野に何も求めてこなかった。学校への登校どころか、返答さえ。でも―――でも。
さっきだって、何も求めてこなかった。
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