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 夏期講習は主にワークを中心にやるようで、初日に重そうな数冊の参考書を持ってきて以来、夏休みに緑が宇治野を訪れることはなかった。友達どころか、話したことさえないので、来る理由が純粋に無いのだろう。何となくでも来ない辺り、一貫しているというかなんというか。

 冷たい、というわけでもない。学校に来ていない宇治野の意思を自分なりに汲み取り、そのように行動したのは優しさのはず。けれど、それ以外がほとんど読み取れない。律儀に毎週同じ時間に通うのも、正義感なのか惰性なのか。よくわからないし、わかりそうにもない。

 九月に入り、二学期が始まる。それでも宇治野は、緑の顔さえ知らなかった。

「あれ、父さん、何これ?」

「あー……いつも通り店員さんにお勧めを教えてもらったんだが、それが無いとできないって言われてな。買ってみたんだ、試してみなさい」

 宇治野のゲーム好きは両親からの物でない。むしろゲームとは無縁の人生を送ってきた二人の間に、どうして宇治野が産まれてきたのか不思議なくらいなのだ。自慢の息子が好きな物ならと寛容ではあったが、それでも種類に関してはサッパリだったらしい。かろうじて覚えていたクリスマスプレゼントのゲーム機を店員に伝え、勧められたものを買う。いいカモになってるだけじゃとも思ったが、家から出られないため探しに行けない。

 渡されたゲームショップの袋には、カセットとともに何か妙な機械も付属していた。専用アダプター…? 詳しいことは説明書に書いてあると思うが、何だろう。コントローラーでも無さそうだし…。とりあえず母親に夕食を呼ばれたので、今まで遊んでいたゲーム機を片付ける。

 食べ終え、さっそく二階に新しいカセットとアダプターを持っていく。道中説明書を見やれば、オンライン接続するための機械だった。

「へー…オンライン……のめり込んだらやべえやつだ………」

 チャット機能もついているというし、廃人製造機の一種だろう。特に自分のような不登校児にとっては。店員さんも妙なものを勧めるなーと思いつつ、アダプターをセットし、カセットを入れ電源を付けた。

 トマリアクエスト。通称トマクエ。魔王によって攫われたトマリアを救うシリーズもののゲームだが、オンラインは今回が初めてらしい。それにその特徴を生かし、サイドストーリーや新しい武器、ミニゲームなども後から追加されていくようだ。へー、これなら何か月も持ちそうだな…。せっかくアダプターも買ってもらったのだ、今までのように一ヶ月で終わらせては勿体ない。

 自分好みのアバターを作れるようで、とりあえず自分に似せてみる。プレイヤー名に今まで通り「ミドリ」と入力しかけたところで、声しか知らない男をふと思い出した。

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