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朝から晩までゲーム、というのは、さすがに自分が許さなかった。小学校から教え込まれた「常識」は、世間的には良い方向に宇治野を縛る。朝の十時から夕方の四時ごろまでは教科書を読み、ノルマをクリアしたらゲームする。母親も初期こそ無理をしているのではと心配そうだったが、そこそこうまくこなしている息子に大丈夫そうだと判断したようだった。
まだ学校に行けるとは思っていない。だが、いずれ行くことになるのは明白。その時に勉強の遅れで困るのは自分だし、他の誰が困ることではない。担任は頭を悩ませるだろうが、年度さえ変われば赤の他人だ。そう考えれば内臓を締め付ける吐き気も収まり、教科書くらいなら読める。二年生だからまだ教科書で事足りるが、三年生になったら週一程度で塾に通わせてもらおうか、なんて。
このままでいい。あの日々は輝かしいものであったし、今も焦がれることはある。だが、それへ無闇に手を伸ばせるほど愚かでもなかった。きちんと回復し、それなりの覚悟を決めてから手を伸ばさないと、あっけなく自分は崩れ去る。…昔はこんなこと、考えなかったんだけどなぁ。苦笑すると、チャイムが鳴った。
「はーい」
後ろで内職をしていた母親が立ち上がる。おそらく宅配便か何かだろう。二年に上がってからはリビングでも動けるようになり、最近はもっぱら自分の部屋より大きいテレビにゲームを接続していた。もちろん父親が帰ってきたら片付け部屋に戻るが、たまに対戦型のゲームを二人でやったりする。幼い頃に戻ったかのようなそれは、きっとこんな状態にならなければもう一生やらなかった。
そう考えると、案外この状況の産物もあったのかもしれないな、なんて。
「あ、えーと、初めまして。宇治野くんと同じクラスになった、
思いかけて、ラスボスの攻撃が宇治野のアバターを吹き飛ばした。
「緑…くん? あの、ええと……」
「あ、いや、わかってます。あのですねー……僕、今年から学級委員を任されまして。プリントを届けに来ただけなんですよ。これ、宇治野くんに渡してください。授業で使ったやつだから、お知らせより重要かも」
廊下の向こうから聞こえる声に、冷や汗が止まらない。手のひらが急にぬめつき、コントローラーを取り落しかけた。ゲームオーバーと表示される画面を見ても、動揺の方が勝ってしまって。………笑わせ、なくちゃ。俺はムードメーカーなんだから、笑わなきゃ。手が震える。うまく言葉が出ない。息が吸えない。苦しい、苦しい、苦しい―――。
「じゃあまた、一週間後。これくらいの時間に、また届けに来ますね」
それ以上何を言うまでも無く、ばたんと玄関の閉まる音がした。無理やり張られた緊張の糸が解け、今度こそコントローラーを落とす。音で我に返ったのか、慌てたように母親が戻ってきた。焦点が合わないまま、呆然とテレビ画面を見やる。
二年に進級してからは、一度も教室に入っていない。クラス替えの時にクラスメイト一覧はもらっているものの、見るとまた吐き気を催しそうなので机の中にしまっていた。……緑。自分を宇治野と呼ぶことから、きっと苗字なのだろう。のんびりしたような声で、自分とは正反対の性格が滲み出ていて。
プリントを、届けに、来た?
「……秋良、大丈夫?」
小刻みに指先が震えている。微かに首を動かせば、それだけでわかったらしい。後ろのソファーが軋んだ音を立てたので、恐らくそこに座ったのだろう。未だ動けないまま、落としたコントローラーさえ拾えない。
「数学、歴史、理科……本当に授業プリントしか無いわ。この時期は文化祭のお知らせとか、色々挟んであるはずなのに」
「………………」
「励ましのお手紙とかも、ね。…………なんか、不思議な子ね。緑くんって」
時間が経ったからだろう、いつの間にかタイトル画面に戻されている。はじめから、つづきから、おわり。つづきからを押そうとして、電源を切った。
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