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 雰囲気を読むのが得意だ、という自負がある。

 その場のノリと言おうか、「今はこうした方が面白い」とか「この場面は失敗しなくちゃいけない場面だ」というのが、なんとなく昔からわかっていた。その場の空気をつかむのがうまいというやつなのだろう。流れを読み、変えて、必要とあれば乗っかり、静観し、「面白い方」へと導く。たまに当事者になってみたり、盛り上げ役になってみたり。そういうのが好きで、自分に向いていると思っていた。

 小学校を上がり、中学校に入るまでは。

 宇治野のいた地域には二つの小学校があり、中学校は一つしかなかった。そのため、中学に上がると同時にもう一つの小学校の生徒と合流する形になる。昔からの風習のようで、母親や父親の時代はクラスが25もあるなんて珍しくもなかったらしい。市立のため自動的に入れるものの、確かな環境の変化が起こる。それを狙っているのだろう。

 ただ、それに適応できるかどうかは、個々人の性格に委ねられていて。

 馴染めないどころか大歓迎され、中学校でも変わらないムードメーカーを期待された。居場所や存在意味があるのは喜ばしいことだし、それこそ隅の方で三年間を過ごすよりもずっと楽しいはず。自分を必要としてくれる友人たちと、楽しさを約束された日々を。

 少しだけ、本当に少しだけ―――拒絶してしまったのは、一体何故なのだろうか。

 最初の一週間は平気だった。単なる強がりだったかもしれないが、まだ大丈夫だった。普通に話せたし、会話を盛り上げられた。

 次の一週間から、聡い周りが気づき始めた。元気なさそうだけど、大丈夫? いつもの宇治野らしくないよ? 大丈夫大丈夫と笑い続け、最終日にはトイレで吐いた。

 また次の一週間で、やっと自覚症状が出た。ああ―――ああ、こんなの、俺らしくない。わかっている。わかっているのに、止められない。会話に混ざれなくなり、机に突っ伏すことが多くなった。ふざけて絡んでもらっても、うまく返すことができない。頭ではどう返せば面白くなるのかわかっているのに、口が言うことを聞いてくれない。

 そして、最後の一週間。

 学校に行こうと思った瞬間吐き気を催し倒れた宇治野を、無理やり学校に行かせようとする両親ではなかったのが不幸中の幸いだった。

「…………………」

 おそらくきっと、自分はただの「優しい奴」だったのだろう。ちょっとだけ周りに気を配れて、ちょっとだけ考えていることがわかってしまって、ちょっとだけそれをどう扱えばいいのかわかる、ちょっとだけ「優しい奴」だった。全部に答えようとして、無茶して、それを自分だと思い込む、バカな奴だったのだ。だから壊れてしまった。ちょっとで済まない環境の変化に耐えきれず、懸命に張っていた糸は切れてしまった。

 言葉を出すのが億劫で、人のために何かするのが嫌になった。問いかけに答えることも、何も反応しないのは相手が傷つくからと考えていた自分がバカらしくなった。なんでそんな、人のために。どうしてこんな、「優しい奴」でなければいけない。

 俺は、俺は、どうして。

 部屋に引きこもり、毎日を眠って過ごす。眠りは絶対に自分のためで、人のためにすることではない。それが心の支えで、唯一縋れたものだった。ボロ雑巾のようになった心は、潤いを吸収する力さえ残っていない。

 そんな日々を続けていくうち、なんとなく持ち直したような気がした。これなら大丈夫、もう学校に行ける。すでに二ヶ月も休んでしまっていたが、病気だったとかはぐらかせばいい。なんならそれも冗談に変えて―――。皆の笑顔がよぎった瞬間、床に膝をつきながら吐いた。

 まだ、ダメだ。

 音を聞きつけた母親へ気丈に振る舞うこともせず、ただただ呆然と胃液交じりの朝食を見つめる。まだダメだ、こんなので学校に行ったら、どうなることか。押し上げるような吐き気に、衣服を汚すなんて考えは捨て腕に縋る。何も言わずガラス玉のような瞳で母親を見つめていると、ゆっくりと首を振られた。

 無理して学校に行かなくていいから。

 応援もしない、頑張れとも言わない。ゆっくり休んでいいよ、秋良あきら

 両親なりに、何かを感じ取ってくれたのだろう。息子がどんな状態で、どうしてここまで拒否反応を示すのか。あんなに楽しいと言っていた学校へ行くたび、死んだように帰ってくるのか。探らず、けれど理解はしてくれた両親に、初めて涙が溢れた。

 休もう。もう学校なんて考えないで、休もう。こんなちっぽけな自分が一年や二年休息に使ったところで、世界は回る。もちろん俺の世界も回る。ならもう、いいじゃないか。全快するまで休んで、それからまた新しい俺を。

 母親が電話で何か言ったのか、たまたまなのか。その日帰ってきた父親は、一つ土産をくれた。今話題だとかいう最新作のゲームで、宇治野も持っているハード。ああ、なんて今更思った。

 俺、そういえば、ゲーム好きだったっけ。

 好きなものさえ思い出せなくなっていた。闇の中に意識を落とす日々は甘美で安らかで、ただただ穏やかだった。部屋の前に置いてくれる食事も、何の味も感じることができず胃の中に流し込んで。好きだったおかずも、好きだった飲み物も。闇の中に溶け込んで、なにもかもわからないまま。

 もらったゲームをハードに入れる。一ヶ月に一度父親が買ってくれるゲームをしていくうち、シナリオに感情を動かせるようになったのは、宇治野が学校に行けなくなって一年が経った頃だった。

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