懐古柔録
意舞 由那
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右から左へ文字が流れる。揶揄ではなく、実際に目の前で広がる光景だ。初めて見たときはその新鮮さ、独自性に随分と惹かれたものだが、今となれば身近で欠かせないものとなっている。
真っ黒い画面に、自分へ向けられたメッセージが浮かんでは消える。「放送お疲れ様」「次回も楽しみにしてます」「88888888」「お疲れ〜」…。それなりに多忙であるが故、他の人たちと比べると低頻度にもほどがある定期放送。けれどここまで暖かいコメントで溢れてくれるのも、自分を好いてくれている人々のおかげだ。感謝を忘れずに、拾えなかったコメントも後で読み返そう…。今回は少しゲームに夢中になりすぎた、アーカイブは明日から編集しようかな。
立ち上がり、伸びをする。もうマイクは切ってあり、放送を閉じるアナウンスも流してある。あとはウィンドウを閉じて、パソコン本体の電源を落とすだけ。キーボードに手をかけたところで、労いのメッセージの中の一文に目が行った。
『今度は、お二人の昔話とか聞きたいです』
………二人の、昔話。この放送は一人で駄弁りながらゲームをしたりトークしたりという、恒例のものだ。ゲストも呼んでいないし、途中の乱入者もいなかった。自分一人しかいなかったというのに、あたかも二人でいたような。
文字通り―――昔は、二人だったような。
「…僕たちの、昔話、か」
シャットダウンをクリックして、ベッドに座る。そのまま倒れこ………もうとして、自分の身長を考え横に倒れた。充電していた携帯に手を伸ばし、メッセージアプリを開く。
自分以上に忙しい、もといやることが多い彼は、滅多に予定が合わない。最後に会ったのだって一週間以上前だ。一緒に夕飯を食べに行って、一晩泊まったかと思いきや早朝にはいなくなっていたし。大方緊急の仕事が入ったのだろうが、本当に多忙なやつである。
なんだか無性に、あいつのバカにしたような解説の声が聞きたくて。
深夜ほど遅くはないが、この時間だと仕事かなぁ。まあ不在着信でも入れておけば、気づいた時にかけ直してくれるだろう。それが自分の起きている時間であることを祈るが。ワンコールツーコール…スリーコールの途中で途切れた機械音を意外に思いつつ、口を開く。
「あ、今大丈夫? ダメ? あーよかった、あのさ、
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