第21話 日野大地は探りたい
軽い地獄(最高の天国とも言う)からようやく解放された俺はユニ〇ロ前にあるベンチでだらしなく項垂れていた。
「……さっきの光景が目に焼き付いて離れねえ」
雨宮さんの健全下着ドエロ映像。今にも溢れ出てしまいそうな巨乳がとてもとても大迫力だった。あれが一昔前に流行った体感型3Dというヤツだろうか。服屋のくせに映画の要素まで取り入れてくるとは……ユニ〇ロ恐るべし。
「今日の幸せは後世まで語り継ごう……いや、やっぱり独り占めしたいから墓まで持っていこう……」
「何を墓まで持っていくの?」
「そりゃあもちろんさっきのおおおおおおおおおかえり雨宮さん早かったね!?」
「ん、レジが空いてたから。それで、何を墓まで持っていくの?」
「己の邪念と思い出かな……」
「???」
首を傾げる雨宮さん。是非とも純粋なままのあなたでいてほしいです。
雨宮さんは買い物袋を持ったまま、俺の隣にぽすんと座る。
「買い物は終わったけど、どうするの?」
「んー、そうだなぁ。初見の雨宮さんを案内したいところは色々あるけど……」
と。
くぅぅぅ、という可愛らしい音が雨宮さんのお腹から鳴り響いた。
「……まずは昼飯かな」
「……………………はい」
マグマの如く紅蓮に染まる雨宮さんが可愛すぎて生きるのが辛いです。
★★★
雨宮さんの希望により、本日のランチはパスタになりました。
「せっかくのデートなのに微塵もエスコートできねえとは……俺ちょっと不甲斐なさすぎじゃねえっすかね……」
天井に浮かんだシャンデリアに照らされながら、顔を両手で覆うわたくし。もっと男らしくエスコートするべきなんだろうが、ついつい雨宮さんに引っ張られるがまま動いてしまっている。これが経験の無さってやつだろうか。ここに来る前に伊織からアドバイスでももらっときゃ良かったかなあ。
ずぅぅん、と一人沈んでいるとメニューを上から下まで隈なく見ていた雨宮さんが俺の上着の袖を引っ張ってきた。
「日野くんはどれにするか決まった?」
「あー……明太パスタにするよ。明太子好きだし」
「私はカルボナーラにする。ここの一番人気らしいから」
「一番人気じゃなくても一番好きなヤツだから結局頼んでたんじゃねえのぉ?」
「……ばか」
雨宮さんからの貴重な罵倒をいただきました。本当にありがとうございます。
と、マゾヒストみたいなことをしつつも、近くを通りかかった店員に注文を伝え、しばしの間待つことになった。
「そういえば一つ気になってることがあるんだけど」
「?」
「雨宮さんって休日は普段どんなことして過ごしてんの?」
今日は俺の都合でここまで連れてきてしまったが、彼女にだって予定や日課というものがあるだろう。休日は寝て過ごすとか録り溜めたバラエティ番組を視聴するとか、そういう感じの予定が。
「答えたくねえなら別に構わないんだ。ただ、いつも何して過ごしてるのかを知ってれば、今後何かに誘う時とかの参考になるかと思ってさ」
「普段……部屋で本を読むか勉強するか……後は猫の動画を観たりしてる」
「へぇぇ。本ってどんな本読んでんの?」
「……秘密」
ふい、っと顔を逸らされた。おやおや?
「えー。教えてくれよー。俺、もっと雨宮さんのこと知りたいなー」
「ナンパ男みたいなことを言ってもダメ」
「お願いしまっす。誰にも言わないから!」
「ダメなものはダメ」
「今度猫カフェに連れて行くから!」
「(ぴくっ)」
雨宮さんが固まった。これはもしかして、猫でごり押せるのでは?
「猫のぬいぐるみ買ってあげるから!」
「(ぴくぴくっ)」
「おすすめの猫動画教えてあげるから!」
「(ぴくぴくぴくっ)」
「猫耳パジャマ買ってあげるから!」
「それは少し違う」
「あ、はい、すいません」
凄まじい威圧感だった。どうやら自分が猫になることは解釈違いだったらしい。難しいな猫マニア。
雨宮さんは小さく溜め息を吐くと、
「猫に免じて、教えてあげてもいい」
「ほんとか!? っしゃ、猫様様だな」
「でも、その代わり、日野くんの好きなものを私に教えてほしい。等価交換」
「オーケーオーケー」
どんな本を読んでいるのかを教えてもらうことと俺の好きなものを教えることが等価交換になるのかは甚だ疑問ではあるが、彼女がそれを求めているのなら俺が断る理由はない。別に減るもんでもないしな。
俺は頭の後ろで手を組みながら、
「んじゃ、まずは俺の好きなものについてだけど、こう見えて、実はゲームが好きなんだ。特にMMORPGが大好きだな」
「……こう見えても何も、イメージ通り」
「俺そんなにゲームオタクに見える!?」
「日野くんはいつも教室で巡坂くんとゲームの話ばかりしているから」
「あー、なるほど」
伊織も俺と同じゲームをやっているから、確かに会話の流れでゲームについての話題に触れることが多いのはある。特に俺はゲーム以外に趣味という趣味がないから話せる話題が限られちまう。
というか、俺と伊織が話しているのを雨宮さんはこっそり聞いていたのか。俺と仲良くする機会を窺っていたのか、それとも単に席が近いから聞こえていただけなのかは知らないが、彼女が俺の一面を知っていてくれたことが少し嬉しい。顔、ニヤけたりしてないよな……?
「??? どうして顔を逸らすの?」
「ちょ、ちょっとくしゃみが出そうになっただけだ。気にしないでくれ。そ、そんなことより、次は雨宮さんの番だぜ?」
「ん」
雨宮さんは前髪を弄りながら、照れ臭そうに口を尖らせる。
「私が読んでいる本は、その……写真集、です……」
「しゃ、写真集?」
「うん。猫がたくさん載った、写真集……」
「……………………くふっ。あはははははは!」
「……笑うなんて、酷い」
「い、いや、ごめんごめん。予想に反して可愛らしい内容だったからさ。必死に隠そうとするから、もっとこう、恥ずかしいタイプのヤツなんじゃねえかって身構えちまってた」
「猫好きすぎだろ、って言われると思ったから……」
「まあそれは実際思っちまったけどな。猫好きすぎだろ」
「……好きなものは好きなんだからしょうがない」
ぷくーっ、と頬を膨らませて露骨に拗ねる雨宮さん。彼女との関係が明らかになってからというもの、こういう可愛らしい一面をいくつも見ることができて本当に大満足だ。彼女が本当に許嫁になるかはともかくとして、こうして彼女と仲良くなるきっかけをくれた親父達には感謝しておかなくてはなるまい。
俺は片目で俺を睨んでくる雨宮さんに苦笑しつつ、
「悪かったよ。代わりと言っちゃなんだが、今日の昼飯は俺が奢る。だから機嫌を直してくれ」
「……後で猫の写真集を買うこともプラスしてくれるなら許す」
「分かった分かった。じゃあ、昼飯を食ったら次は本屋にでも寄るとしようぜ。時間はまだたくさんあるんだからな」
「ん」
夕飯までには戻ると親父に伝えていた気がするが、雨宮さんとの距離を縮めるせっかくの良い機会だ、少しぐらい遅れても良いだろう。というか、あの親父はいい加減に自分で料理するってことを覚えてほしい。俺が家から出たら本当にどうするつもりなんだろうか――
「お待たせしました。こちら、ご注文いただきました明太パスタとカルボナーラです」
「ありがとうございます」
「ありがとうでーす」
——そんなことを考えていると、さっき注文した料理がテーブルに運ばれてきた。
「ま、とりあえずこれからの予定については食後にもう一度考えるってことで」
「ん。まずはご飯」
「腹の虫が鳴るぐらいだもんなあ。そりゃ早く食べたいよなあ」
「……写真集二冊」
「まさかの増量キャンペーン!?」
「ふふっ。ご飯も本も、いただきます」
目を見開く俺に微笑みつつ、雨宮さんは両手を合わせた。
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